第5話 俺の詠唱ぐぬぬぬぬ

 目覚めたら草原。そして目の前に川があり、その先には山が見える。

 足元には沢山の綺麗な石が転がり、その上に立つナナカはこの状況を楽しんでいる様に見える。


 何でこんな事になってしまったのか。

 

 「川の中に魚がいるよ!あれって美味しいのかな」


 「あれ美味しいよ!食べてみたい?」


 「うん」


 「そっか。じゃあ獲って来てあげるよ」


 「お、おい…」


 「川の中に走って入っちゃった」


 川魚を一目見て食べたいと思うナナカもどうかと思うけど、服を着たまま川に躊躇する事なく飛び込んでいくユリウスもどうかしている。


 「結構原始的なんだな」


 「意外だね」


 じゃばじゃばと川の中を走っていくユリウスを呆然と眺める。

 その甘いマスクと巧みな話術で将来多くの女性を誑かすであろうと思っていたユリウスへの印象が少しだけ変わった様な気がした。

 

 「見てみてーーー!」


 魚の口の中に親指を入れて掴み獲り、ぐるんぐるんと頭上で振り回しては満面の笑みで漁獲の成功を喜ぶユリウス。


 「此処にいる魚の警戒心の無さがヤバいのか、それともアイツがヤバい奴なのか」


 その後、30分程でユリウスは魚三匹を手掴みで捕まえてしまった。


 「あんな獲り方で三匹も…」


 「ユリウスって凄いんだね…」


 「そ、そうかな…へへへ」


 くそ!可愛いじゃないか!

 と言いながら照れる男なんて初めて見たけど…あ、そうやって誑かす気か。


 「なんかさ、マキトって僕に対して変な事を考えてない?」


 「たぶん考えてる…でも、マキトは良い子だから大丈夫」


 「そうなんだ」


 「へへへ」


 

 まさか自分がなんて照れ方をするとは思わなかった。



 「ねえねえ、あそこに木があるでしょ。あの木の下の落ちてる枝を集めてくれないかな。落ちてる枝が少なかったら生えてる枝折っちゃっても良いからさ」


 あれ?さっきまであんな所に木なんてあっただろうか。まあいいか、魚を手掴みで捕まえるなんて事は俺には出来ないけど、木の枝くらいなら集められる。


 ナナカの手を握り、木に向かって走る。間近で見ると立派な大木である事が分かる。


 「なんか綺麗な木だね」


 「たしかに、街路樹なんかと比べると立派で綺麗な木だ」


 とりあえず木の下に落ちてる枝を適当に拾う。拾うには拾ったけどあまり落ちてはいない。そういえばこの枝って何に使うのだろうと考えていると「たぶん燃やすんじゃない?」とナナカは言う。

 

 そうか、魚を焼くのか。俺達の日常ではありえない事だから考えが追い付いていないようだ。そうこうしていると、ナナカが木にしがみ付き、驚くことに木登りを始めた。

 

 少し登った所の太い枝に手をかける。まさかそのまま枝をもぎ取るのかと思ったけど、そうではなかった。太い枝を力いっぱいに揺すると、小さな枝や葉っぱが落ちてきた。


 「ナナカって結構大胆なんだな…木に登る事さえ凄いのに」


 「なんとなくやってみた」


 枝や葉っぱを大量に抱えてユリウスの元に戻ると、ユリウスは驚いた顔をしていた。そして満面な笑みで喜ぶ。それはもう大げさに。


 「木に登ってあんな事するなんて凄いね!」


 「う、うん…ナナカが木に登れるなんて初めて知ったよ」


 「僕は体が弱くて木に登れる力なんて無いから少し羨ましいよ」


 笑顔から一転、寂しそうな顔をするユリウスだけど、あんな原始的な魚の獲り方をするのに体が弱いだと?


 「体が弱い?。そうは見えないけど」


 「最近になって前よりも外に出て遊べる様になったけど、今まではお家の中にずっといたし…」


 「そうだったのか。てっきり俺はユリウスは普段から元気いっぱいで不自由のない暮らしをしているお偉い所のお坊ちゃんだと思っていた」


 俺はユリウスの見た目らから察した感想をそのまま口にする。


 「不自由…は無いかもしれないね」


 「そっか…そういえば、これ燃やして魚を焼くのか?もしそうだったら火はどうするんだ?」


 「火は大丈夫だよ。そこの石で囲った真ん中あたりに枝や葉っぱを置いてくれないかな」


 「分かった、任せておけ」


 焚火なんて庭の枯れ葉を適当に集めてやったことがあるだけで、何が正しいのか分からない。ただ、その時一緒にいた母さんが「何をやるにも美的センスをもってやらなきゃダメよ」なんて言っていた事を思い出す。


 適当に準備はするけどなるべく綺麗に丁寧にして「流石だね」と言われるように。というか、この葉っぱって全然枯れ葉じゃないけど燃えるのだろうか。


 少し前の事を思い出しながらユリウスを見ると魚の口に枝を豪快にぶっ差していた。


 「ユリウスって…ある意味、見た目で損していると思う…」


 「え?なになに?」


 「なんでもないよ。ユリウスって意外と面白い奴なんだなって」


 「そう…かな?へへへ」


 「豪快だね」


 ナナカのユリウスに対する印象は更新されたらしく、あの死んだ魚のような目は向けていない。目の前の命を狩り獲られた魚はまさに死んで目でユリウスを見ているけど。

 とりえあずユリウスの婆ちゃんが来るまで俺達にはどうしようも出来ないから、ここでサバイバルごっこをして過ごす事にしようと思う。


 「よし」


 「うん、なかなかの良いだったけど、この後どうするの?ライターなんて持ってないから火なんて着けられないけど」


 「ちょっと待ってて」


 火の事はユリウスが何とかするらしく、どうするのかと見ていると両手を胸の前に持っていき、掌を合わせる様にして唸り始めた。


 「ん、んんん~」


 突然拝みだしたユリウスに「お前やっぱヤベー奴じゃん」と言いそうになったけど、そんなヤバい奴認定されたユリウスの掌の間に小さな光が現れた。そしてそれは小さく弱々しいけれど徐々に火の玉へと変わっていく。

 

 想定外すぎる出来事に俺達は驚いたけど、目の前で肩で息をする様なユリウスに駆け寄った。


 「大丈夫かユリウス!」


 「ユリウス!」


 「大丈夫だよ。それよりも火が消えちゃうから、僕の体を支えてくれるかな。この火を枝に移すから」


 「分かった。でも無理はしないで」


 「大丈夫だよ」


 俺達に体を支えられながらユリウスは掌の間にある小さく弱々しい火を枝や葉に移す。その火が優しく燃え広がっていく様子を俺達は静かに見守る様に眺めた。

 ユリウスはそのまま地面に腰を落とし、「これで火は大丈夫だね」と屈託のない笑みを浮かべてそう言う。


 「魔法か…魔法があるのか。ユリウスは魔法が使えるのか」


 「体が弱くて魔力も少ないからこれくらいしか出来ないけどね。二人は使えないの?」


 「魔法なんて初めて見たし、どうして此処に来たのか分からないけど、俺やナナカは…此処じゃない世界、魔法のない世界で暮らしてるから…たぶん使えない」


 「そうだったんだ。違う世界から来たんだね」


 違う世界から来たと言ってもユリウスに大きく驚いた様子は無い。


 「私達、帰れる?」


 「それは大丈夫だと思うよ。僕がヴァーちゃんに頼むから絶対大丈夫!」


 「そっか。なら、折角ユリウスが火の用意をしてくれたんだから魚焼こうか!」


 「うん!」


 最初は何が起きたのか分からなかった。いつもよく見る拝む人が目の前で消え、その後に俺達が此処に飛ばされた。そして知らない景色の中に現れたユリウス。

 ナナカが魚を食べたいと言ったら迷うことなく川の中に飛び込み、自分の体が弱いと知りつつも、無理をしてその願いを叶えようとする。

 

 「ユリウスは弱くなんかない…じゃないか」


 「僕は弱いよ」


 「川に入って魚を手掴みで獲るくらいだからその体が弱いってのは疑わしけど…でも、ナナカが魚を食べたいって言った事を叶えてくれたじゃないか」


 「僕は…これくらいしか出来ないんだよ」


 魚は生焼の所もあったり、やけに焦げ付いた所もあったりと、お店には決して出す事が許されない仕上がりのになった。

 

 「美味しいねこの魚」


 「良かったな」


 「うん!」


 ウチのナナカさんは目の前で起きた信じられない光景よりもお魚さんを食べる事の方が大事らしい。

 そして、お魚さんを食べたナナカは満足したのかと思ったけれど、「私、木に登ってくる!」と、この短時間で引きこもりゲーマーから野生児へといつの間にかジョブチェンジしていた。はて、こんなに逞しい女の子だっただろうか。

 

 「あのさユリウス」


 「なに?」


 二人で地べたに座りながら石を掴み川に向かって投げ入れる。

 ちゃぽんと音を立てて川底に消える石を見ては、また石を投げ入れる。なんだかこれから俺がユリウスに愛の告白するみたいになってるけど断じて違う。


 「俺は魔法の無い世界から来たけど、そんな俺でも魔法を使えるようになるかな」


 「どうだろう…」


 「この世界の人達はみんな魔法は使えるの?」


 「魔法が使えない人もいるよ。マキトはなんで魔法が使いたいの?」


 「恰好良いだろ、魔法って」


 「恰好良い?」


 「それと俺が魔法を使えたらナナカが喜んでくれるかもしれないし、ナナカに何かあった時に助けられる手段になるかもしれない」


 「マキトはナナカの為に魔法が使いたいんだね。ナナカの事が大好きなんだね」


 「べ、別にそんなんじゃない!」


 焦る俺を見てユリウスが大笑いする。


 「ナナカはその…ちょっと色々あってさ。俺達は兄妹じゃないけど一緒に住んでいて、そこにあるナナカの平穏を失わせる訳にはいかない。だから、もし可能性として何かあった時に魔法を使って守れるなら俺は守ってあげたい」


 「そっか。大事な家族であり、それ以上でもあるんだね」


 「………うん」


 「魔法が無い世界から来たのにマキトは魔法の事を知ってる。それはどうして?魔法の事はどこまで知ってるの?」


 ふとナナカを見ると、木によじ登って今は大きな枝に座りながら辺りを見渡している。俺とナナカが知ってる魔法。それは人が描いた物語の中の事だ。


 人を守り、敵を葬る魔法。逆もしかり。知ってる事をユリウスに語る。そして、俺の話にユリウスは驚く。魔法が無い世界でどうしてそんな魔法が人々に知れ渡っているのかと。

 

 「たぶん…想像が膨らんだ結果なんじゃない?」


 「想像か…魔法はね、想像なんかじゃないよ。そこにあるんだ。魔術は創造した者の想いを誰かに託し、それを形で現し後世に残す物が多いけど、魔法はそうじゃない。魔法とは魔法使いが自分の想いを他者に委ねず自分自身が発信する物なんだ。云わば魔法というのはもう一人の自分だね。だから、僕の魔法は弱々しく、そして小さいんだよ」


 魔法はもう一人の自分、か。


 「顕現した魔法の姿は自分なのさ。想像や空想の様な無い物ではなく、有るんだよ。だって自分の力なんだから…全部ヴァーちゃんに教えてもらった事だけどね」


 「ユリウスの婆ちゃんは凄いんだな」


 「うん」


 俺は立ち上がり、ユリウスがやったみたいに両手を胸の前に持っていく。そして左右の掌の間に何かが現れる為の隙間を作る。

 今の俺は漫画やアニメに出てくる異能者の真似をする夢見る少年って所だ。

 でも俺は目の前で見た。魔法は存在するんだ。


 「ぐぬぬぬぬ…」


 これが俺の詠唱だ!と、ばかりに力を入れてみるけど何も現れない。視界の端に見えるユリウスは真剣な顔をして俺を見ている。

 

 「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…」


 魔法が使えたらナナカは喜んでくれるかな。俺はナナカにはいつも笑っていてほしい。親がいない事を馬鹿にされてほしくもないし、そのせいでナナカが落ち込んでほしくもない。


 俺が魔法を使えたら、ナナカを守ってやれるかもしれない。

 こんな俺でも、ナナカを支えてあげられるかもしれない。

 

 浅はかな一方的な願い。でも、実際に俺にそんなことが出来るだろうか。俺なんかがナナカの傍にいて良いのだろうか。もっとナナカを大切にしてくれる人がいるんじゃないだろうか。


 誰かにナナカを託した方が、ナナカは幸せになるんじゃないだろうか。


 「マキト!!」


 いいや、冗談じゃない!あの日突然母さんに連れられて来たナナカは何故か俺を見ると俺の腕を抱きしめ泣いていた。それを見た母さんも驚いていた。

 あれは四歳になる前の微かな記憶、しかし確かな記憶だ。そして何でこの子が家に来たのかを母さんに聞いたんだ。そこで俺は何を思った?


 俺はちゃんと覚えているぞ。誤魔化すな。



 『何が誰かに託すだ!』



 俺が守ってやると思った。俺が傍にいてやると思った。小さく、お人形の様な女の子を。


 「すごいよマキト!それ魔力だよ!」

 

 心の中でこっぱずかしい事を叫んでいたら掌の間に小さな光が生まれていた。おぅ、なんてことだ。そしてその光はぐるぐるとゆっくり回っている様にも見える。

 それにしてもユリウスの興奮がすごい。可愛らしくぴょんぴょん飛び跳ねるとか見てる方が恥ずかしいから止めてくれ。


 「こんなに綺麗な魔力の光を出せるなんて…」


 「はあ…はあ…」


 「もうその辺にしておいたら?すごく疲れるでしょ?」


 たしかに疲れる。体中から汗が吹き出しているのが分かる。そしてすごく怠い。

 でもこんな結果に満足なんてしない。

 

 揺れ動く小さな光が僅かに膨れ、一瞬だけ微かな火に姿を変え、またそれは光に戻って今度は橙色の輝きを放つ。

 

 「ぐぬぬぬぬぬぬおおおおぉおおおおおお」


 分からない。自分でも何をしたいのか分からない。ただ、このまま終わっても良いとは思えなかった。俺は唸る。と、そんな行動は突然終わりを告げる。

 ぽとっ。と、掌の間にあったそれは地面に落ち、俺は力尽きる様に地面に座った。そして地面に落ちたそれを掴み取る。


 「ははははは!ユリウスこれ見ろよ。凄くないかこれ!」


 「なに…それ。何なのそれ!」


 地面に転げ落ちた橙色の丸い物を掴み、それをユリウスに見せるとナナカが駆け寄ってきた。


 「ナナカこれ凄いだろ」


 「なにこれ綺麗だね」


 それは俺が作り出した火を物質化した石のような塊で、あるいは宝石の原石のようだった。

 この力が何に使えるか分からない。分からないけど、俺は今日という日を一生忘れないだろう。


 「何やら楽しい事をしている様だな」


 突然声がした方に振り向くと、そこには見た目は俺達より少し年上くらいの、そして白髪とは違う綺麗な白銀の髪の毛の少女がいた。

 その目は優しく、写真の中でいつも微笑んでいる婆ちゃんの笑みに似ている気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る