第一章 魔力を持つ者

第4話 異世界で死んだ魚のような目をするナナカ

 ナナカによるどうでもいいお誘いで起床する。


 「コンビニ行こっ!」


 いやだ…まだ起きたくない。切実に願う。


 「もう少し寝かせて」


 大体何時に寝たと思っているんだ。無理やり引っ張って俺を布団から出そうとするナナカ。しかし俺の必死の抵抗に勝てないと悟ったのか、今度は意味もなく体の上に乗っかってくる。


 「お、重い…なんで朝までゲームやっていたのにそんなに元気なんだよ」


 「もう十時過ぎてるぞ」


 その声を聞いて布団から勢いよく起き上がると、爺ちゃんが部屋のドアから顔だけを出して俺を見ていた。


 気まずい空気が漂う中でナナカはしてやったりな顔で「早く起きて」と催促が激しい。仕方ない…夏休みが始まった早々にゲームで徹夜したなんて事を母さんにバラされても困るから起きるとするか。


 「ご飯食べてからね」


 「食べないで行こうよ!」


 ただただ酷い。睡眠も妨害され、朝ごはんも与えられないのか俺は。

 起床後すぐに絶望というとんでもない夏休みが始まったもんだ。とか思っていると「お金もらったからハンバーグ食べに行こっ!」だとさ。

 それを聞いて勢いよく爺ちゃんを見ると既にいなかった。甘い、爺ちゃんはナナカに甘い。俺にも相当甘いと思うけれど、ナナカには俺以上に甘い。

 

 「帰りはコンビニね!」


 「コンビニで何買うの?」


 「アイス!」


 家では自動的にお菓子は補充されるけどアイスは補充されない。それは爺ちゃんがアイスを食べないからだ。

 最後に爺ちゃんがアイスを食べたのは一年くらい前だ。それは母さんを含めた四人で出かけた時の事。

 ソフトクリームを販売している移動型店舗を見付けたので四人で食べたのだけど、そこで爺ちゃんはキレた…ソフトクリームに向かって。

 

 「まどろっこしいわ!!」と。滴るソフトクリームにキレる人を初めて見たし、その怒り具合にちょっと引いた。


 「そういえば…お爺ちゃんってソフトクリームにキレた事があったよね」


 「う、うん…ナナカもそれ思い出したんだ」


 「あの時びっくりしたよね…んー、お爺ちゃんにはアイスいっか」


 問題ない。わざわざ人が怒り狂う材料を与える必要はない。

 

 「あっ!あの人いるよ!!」

 

 あの人、それは俺達の中で今話題のお地蔵さんに拝む人だ。

 普段は学校帰りの午後を過ぎ、夕方に差し掛かるくらいに見かけていたから、こんな時間に出会えるとは思ってもみなかった。


 「指を差すな」


 ナナカの左手で差した指を押さえると、今度は右手で指を差す。反抗期なのか?反抗期故に先日俺の首を絞めたのでは?

 だったらまだ納得がいく。抑えきれない感情のせいで俺の首を絞めたんだな?


 少し遠くからでも見えた拝み人に近付き…そしてまた近づき…しまいには通り過ぎた。


 「まだ拝んでるよ」


 止めなさい、拝みの所要時間なんて人それぞれだ。あとそういう事は小さな声で話しなさい!

 ナナカは歩きながらちょろちょろと後ろを確認していると「あ、終わった」という報告が隣から届いた。

 今までポージングタイムは一切気にした事は無かったけれど、随分と熱心なんだなと思う。

 

 それから程なくしてよく来る定食屋さんに到着した。ナナカはチーズインハンバーグ定食にしていたけど、俺は唐揚げ定食にした。

 「なんで同じのにしないの」なんて不満げに言われたけど、此処の定食屋さんのソースが嫌いだからと何度説明しても納得してくれないナナカに俺は「唐揚げな気分」と適当な事を言ってやり過ごす。

 

 その後、何事もなく食事を終えて定食屋を出た俺達はアイスを買って家に帰ったのだけど、爺ちゃんが自分の分のアイスが無い事を知って悲しそうな顔をしていた。


 面倒くさい爺ちゃんだな。と、ちょっぴり俺は思う。



▽▼▽



 ゲーム、勉強、ゲームゲームみたいなゲームする為に生きてる様な日々を過ごして夏休みの一週間が経過した。


 「コンビニ行こっ!」


 「へいへい」


 連日コンビニに行ってはアイスばかり買ってるナナカだけど、そんなにアイスを買うんだったらある程度は買い溜めしておけば良いのにと誰しもが思うだろう。しかし、何故かアイスは決して買い溜めしないという謎の縛りに俺は理不尽にも付き合わされている。


 うだうだしながら家を出ていつものコンビニへ向かう俺達。その慣れ親しんだ道中で、とある違和感を感じた。


 「あれ?天気悪い?」


 「晴れてると思うけど、なんとなく悪い気もするね」


 雲一つない。夏休みになって初めてこんなに空が青々としているかもしれない。

 しかし、違和感を感じる。どこか白々しい。雲一つ無いのに、どうしてこうも曇っているように感じるのだろうか。

 その違和感の正体が分からずスッキリしないまま俺達は歩いていると目の前で不可解な現象を目撃した。 


 「「は?」」


 気付けば例のお地蔵さんがいる付近まで俺達は歩いていて、そのお地蔵さんの正面にはいつもの拝み人がいた。ここ最近ではよくみる風景と化し、きっと俺達以外の人でも何度も目にしているだろう。


 しかし、今日のそれはいつもの風景ではなかった。

 お地蔵さんを中心とした空間が大きく揺らめきながら渦を巻いていた。その様子は歪で気味が悪く、この世の物とは思えない。


 周りを見ると、通りすがりの人は何事もなかったかの様に平然と歩いている。まるで何も気付いていない様に。


 「あれって…」


 そのまま立ち尽くして様子を見ていると、揺らめきの中心の渦が光を放ち、お地蔵さんに拝んでいる人を飲み込んでしまった。


 「消えちゃった…」


 「えええぇぇぇぇぇぇ………」


 周りの人はこの異常な現象に見向きもしていない。


 「ねえ、ナナカ。おかしいんだよ今日」


 「なにが?」


 「空見て、雲がないんだよ。それなのになんだか暗く感じるんだよ。」


 俺に言われてナナカは力なく「ほんとだ…」とだけ言って立ち尽くす。それから俺達はその場から動けないでいた。恐ろしい者に狙われ、気付かれない為に息を潜めるかの様に。

 そして俺は自分達が恐ろしい何かに狙われた様な恐怖を感じた。


 「ナナカ!離れるぞ!!」


 ナナカの腕を掴んでその場から離れようとした時、足元に円形の何かが現れ、それが俺達二人を包み込んだ。



▽▼▽



 気が付けば俺は自分の家ではない所で仰向けに寝転がっている。空があり、流れる雲があり、太陽がある。

 左手に触る何かがひんやりしている。それを掴んで引きちぎって確認すると、ただの草だった。


 「草って…」


 右手には久しぶりに握ったナナカの手があった。そうだ、ナナカは右側左手派だった。俺だって右側左手派なのに。


 静かに体を起こして辺りを確認すると、不思議な事に俺達は草原で横になっていた。隣で倒れているナナカを見て、口元に耳を当てると寝息の様な小さな呼吸が聞こてくる。


 「ナナカ、ナナカ!」


 昔、母さんに倒れている人を無理に揺らして起こしてはダメ。なんて事を聞いた記憶があったから我慢して声だけをかけてみる。

 

 「ナナカ、ナナカってば」


 「んー…ぅ~…ん……」


 「アイス買いに行くぞ」


 「はっ!」



 アイスに釣られて起きやがった。



 「大丈夫か?」


 「うん?」


 「とりあえず、ゆっくり起き上がってどこかケガしてないか確認して。ゆっくりね、ゆっくり」


 ゆっくりで良いって言ってるのに勢いよく起き上がるナナカにちょっとムッとする。立ち上げって何故かぴょんぴょんと数回跳ねてから、くたっと座ると同時に抱き付いてきた。


 「マキトは大丈夫だった?」


 「俺は大丈夫だよ」


 「ほんと?嘘ついてない?」

 

 本気で心配して俺を見るナナカは今にも泣きそうだった。俺もつられて泣きそうになってしまう。


 俺に抱き付きながら、きょろきょろと辺りを確認する様にナナカが顔だけを左右に振る。


 「なんか草原?っぽいよ。よく分からないけど」


 「なんなのこれ…」


 「なんだろうね」


 ナナカの瞳に溜まった涙が溢れ出しそうだ。弱々しいナナカはとっても可愛らしくてしばらく堪能したい気持ちもあるんだけど、こんな時は俺がしっかりしないといけない。


 「ナナカ、大丈夫だ。とりあえず様子を見ながら何か探してみよう」


 「うん、分かった」


 立ち上がり、「ほら」と右手を出して手を握らせると温かさを感じる。

 俺達はたぶん何処かに飛ばされたんだ。という事は、これからも飛ばされる可能性がある。離れ離れになんてさせてたまるか。ナナカは俺の大事な家族だ。


 「あれって川じゃない!」


 少し先を見ると確かに川がある。ていうか、その先に山も見える。緊張からなのか全く気が付かなかった。

 俺達は少し歩くペースを早めた。たかが川に向かって。ただ、そんなたかが川がキラキラと輝いて見える。

 気付いたら走っていた。そして川にたどり着くと、川の水が光輝いている。


 「凄い…綺麗だね」


 「この足元にある小石もなんか綺麗じゃない?新しいっていうか作り物みたいでさ」


 「本当だね。白くてまん丸い石が沢山だね」


 足元にある綺麗な丸い石。北海道に住んでいる叔父さんが家族旅行で家に寄った際に、何故か「川で拾った石だ」と言って渡してきたそれは黒曜石だった。

 丸くはあったけど、今足元にある石の様に丸くはない。石の事はよく分からないけど、此処は人が気軽に来てはいけない場所のように感じる。

 そんな事を考えていると、俺達に予想していなかった出来事が起きた。


 「誰なの?」


 少し離れた所から声をかけられた。白いローブの様な物を着た俺達よりも背が低くて年下と思われる少年がいる。


 少年には警戒心がないのか、すたすたと俺達に向かって歩いて来る。そして、俺達の正面に立ち、「どうして此処に居るの?」と聞いてきた。


 栗色の髪に左一か所だけとくせっ毛なのかカールしている。顔を見るとイケメン寄りの可愛げのある顔。おまけに優しく穏やかな声。

 

 うん、大人になったら男の敵にもなるし、女の敵にもなる感じだ、マチガイナイ。さてどうしたものかとナナカを見ると、何故か死んだ魚のような目をしながら少年を見ている。


 「どうしたナナカ」


 すると耳元でこっそりと、「大人になったら女の敵になる奴だ」と言ってきた。

 うん、やっぱり将来敵だらけになるのか…ちょっと可哀そうだねキミ。


 目の前の少年を無視してナナカの相手をしていると、少年はとても寂しそうな顔をしていた。


 「んとー、なんか分からないけど俺達は転移的なやつで此処に飛ばされちゃったみたいなんだ」


 「え!そうなの!どこから?」


 「ワカラナイ」


 「ちょっと待てナナカ、落ち着け。ええと…何処からと言っても…俺達が居たのは東京なんだけど、東京にこんな草原と山があって、こんなにキラキラした川があるなんて知らないし…あと、そんな白い服を着た人も見た事が無い」


 「そうなんだ…もう少しするとヴァーちゃんが来るから聞いてみるよ」

 

 婆ちゃんが来るのか。こんな自然の中で勝手に動くと危ないだろうし頼ってみるか。 


 「ナナカ、この人の婆ちゃんが来るまで此処で待っていよう。だからね、そんな顔しないでお願いだから」


 「マキトがそうしたいと思うならそれで良いよ」


 「うん、そかそか」


 「あの…僕はユリウス。ユリウスって名前なんだ。君達の名前はマキトとナナカで良いんだよね?」


 ユリウスだと!それって外国人なわけ?ずるくない?イケメンで外国人とかずるくないか!


 「ずるい」


 「え?」


 生まれて初めて心の声が漏れたそんな瞬間だった。

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