第3話 とあるお地蔵さん

 「はぁ…」


 「なーに、もう疲れてんの?」


 最近はもっぱら将来の自分に悩める中学生お姉さんことスズさんが、ゲーム内のいつものたまり場でゴリマッチョなキャラクターに可愛らしいダンスを踊らせてそう言ってくる。

 

 俺は今、ある意味疲れてると言える。それは昨日の夜、母さんが家にやってきたからだ。

 俺は爺ちゃん子だけど、母さんの事は嫌いじゃない。むしろ大好きだ。ジジコンでもあり、マザコンでもあると断言する。

 

 「ねえねえ、聞いてる?」


 「え、聞いてるよ。昨日、母さんが久しぶりに家に来て賑やかになってね。それで少しだけ疲れてるかも」


 昨日は爺ちゃんが髪を短くしたナナカの画像をスマホで撮って母さんに送ったら、その日の夜に凄いテンションと共にやってきた。

 母さんはナナカを揉みくちゃにする様に抱きしめていた。

 目に涙を浮かべながらナナカとの再会を、まるで友人との再会を楽しんでいるようだった。そんな様子を見ていた爺ちゃんは漏れそうになる声を必死に堪えていた。



 この人達は今もきっと戦っているんだと思った。

 悲しい過去ときっと戦っている。



 ナナカとの再会を堪能した余波は当然の如く俺の所にもやってきた。正直ナナカの前だと恥ずかしい。でも、悪くはない。だって母さんの事は好きだしさ。

 

 「マキト君の家ってちょっと変わってるけど、なんだか憧れるな~」


 親に口うるさくあれこれ言われずに爺ちゃんの家で伸び伸びと暮らしているという自覚はある。ただ、我がままし放題という訳ではない。

   

 「成績下がったら…ただじゃおかないらしいよ」


 「うっ…」


 「あとね、それなりの自由を得るってことは平等を失うらしいよ…」


 「マキト君のお母さんって結構きびしいの?」


 どうだろうか。爺ちゃんも母さんもとても優しいと思う。単身赴任続きの父さんは久しぶりに会う度に元気がなくなっている様な気もするけど、そういえばこの前なんか父さんに電話したら「帰りたい…でも帰ったらお義父さんが…」って嘆いてたな。


 父よ、頑張れ。俺もゲームと勉強頑張るからさ。



 そんな話をしているとナナカがコンビニから帰ってきた。満面の笑みと期間限定で販売されているお菓子と共に。そしてナナカもゲームにログインする。普段通りにヘッドセットを着用してボイチャに加わる。


 「髪が痛い」


 どういう事だろうか。隣を見ると髪をわさわさしている。髪が痛い?

 不思議そうに見ていると「髪を短くしたから毛先が当たって痛い」らしい。


 「ナナカちゃん髪短くしたの?」


 「うん。結構切ったよ」


 「私も髪短くしよっかなー」


 「夏だしね。短いのも良いかもね」


 気の利かない発言だったのだろうか。ナナカが何も言わずにじっと睨みつけるでもないけれど、ただじっと俺を見る。

 その視線に耐えられなくなり、ナナカが買ってきた『期間限定北海道産旨塩ポテトチップス』の袋をさっと開け、中から『北海道のどこら辺で採取したのか分からない旨い塩が振りかかったポテチ』を一枚取り出してナナカの口へ入れる。

 

 「カッ」っと目を見開くナナカ。まじかよそんなに旨いのかこれ…と、俺も一枚食べてみたらごくごく普通の塩味だった。


 「そういえばね、またお地蔵さんの所に人いたよ」


 「あー、前にも言ってたよね」


 まるで七不思議みたいな扱いを受けるお地蔵さん。

 いつ頃からなのかは分からないけれど、近所のお地蔵さんへ拝む外国人男性の姿をたびたび見るようになった。

 別に悪い話ではない。ただ、あのパツキンダンディがお地蔵さんにどんな想いを送っているのか気になって仕方がない。


 「気になるけど流石に聞けないし」


 「なにかご利益あるのかな~」


 「そういう相手に礼をするって事は、とっくにご利益を得たでしょうね」


 「ほほん?」


 彼女曰く、うやまう相手に礼をする姿勢がご利益だとか。


 「礼をする、その姿勢、結果的にその心構えをその人が得た。それがご利益?と私は考えるけどね。まあ拝んでいる人は別のモノを求めているでしょうけど。お金とか、お金とか、お金とか?」

 

 そういう考えがあるのか…大人だなぁ。お金お金ってちょっとしつこいけど。


 スズさんと出会ったのは三ヶ月程前の事だ。ゲーム内で知り合い、ボイチャをしてみたら中学一年生のお姉さんだった。五月の誕生日にPCを買ってもらってネトゲを始めたとか。

 中学生だと知った時に若干戸惑いはあったけれど、こうして頻繁にゲームしながら雑談をする仲になれて今では嬉しい限りだったりする。


 「大人な考え方だね」


 「しっかり者に育ってくれて、わたしは嬉しいよ」


 「なっ、ちょっと恥ずかしくなるからそういうの止めてよ」


 スズさんとはネトゲを一緒に楽しむだけの関係ではあるけれど、俺やナナカはそんなスズさんの事を優しい姉の様な感じで慕っていた。


 俺達の当たり前な日常が、こうしてごくごく普通に過ぎて行く。

 きっと明日も、明後日も、その日常がいつか終わりを迎えるなんて事は当然考える訳も無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る