4・生まれるー

「みなさぁん。これから持ち物検査を行うわよぉん。鞄の中身を机の上に出しなさぁい」

 不自然にエロティックな言い回しの、担任の上永先生の言葉に、教室がざわついた。

 持ち物検査は抜き打ちで行われるのが通例だが、どうしたって抵抗がある。

「静かにしなさぁい。いまから検査に回るからぁ、おとなしくするのよぉん」

 上永先生は二年前に音楽大学を卒業したばかりの若い音楽教師なのだが、教師の威厳だとか、そう言ったものはイチミリたりともない。

 男子生徒を誘惑しようと不自然に色気を醸し出すスーツを着用し、一々それっぽいポーズをとっているが、成功したという話は未だに聞かない。

 一応、美人でスタイルも良いのだけど、男子生徒全員の意見を端的にまとめると、上永先生は有毒食虫植物にしか見えないとか。

 だから男子生徒はみんな全力で上永先生を避けている。



 まあ、それはともかくとして……

 吉祥院さん、持ち物検査と聞いた途端、なんか顔色が悪くなったんだけど。

 まさか、持ってきているのか?

 学校に持ってきているんですか?

 吉祥院さんは殺人事件の容疑者にされたかのような真っ青な顔色。

 持ってきている。

 確実に薄い本が鞄の中にある。

 なぜに学校に持ってきてるんですか?

 見られたら秘密がバレるでしょうに。

 いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。

 このままだと吉祥院さんが腐女子であることがこの場でクラスメイトに判明する。

 そして、高貴なる令嬢が腐女子だと言うことは、好奇の視線と共に一日と経たずに学校中に知れ渡ることになるのは確実。

 これ、まずいんじゃ?

 助けた方が良いよな。

 助けないという選択肢もあるけど、三日前の吉祥院さんの泣きそうな顔。

 腐女子だと知られることを恐れている理由は、あの時に話したことだけが理由じゃないのは察しが付く。

 男なら女の子を守らないでどうする。

 ましてや それがリアルの美少女ならば!

 よし、行くぞ。



「すいません、上永先生。出そうなので トイレ行ってきて良いですか。俺の検査は終わったんですし。ホント 漏れそうなんです」

 俺はあえてデリカシーのない発言をする。

 上永先生は舌なめずりして、

「検査が終わったからってぇ、トイレでいったいなにを出してくるのぉん? 白い物? 白い液体? ラーメンの頭文字をザに変えると大変なことになっちゃうものかしらぁん。それだったら 私が出してあげるわよぉん」

「それじゃあ トイレ行ってきます」

 上永先生は相手にしないで教室を出ようとする俺は、教室を出るルート上にある吉祥院さんの席に近づくと、

「ちょっと ごめん」

 転びそうになった振りをして、吉祥院さんの机に倒れかかった。

「きゃっ」

 小さな悲鳴を上げる吉祥院さん。

 吉祥院さんの机の上の物が床に散らばる。

 そして俺は吉祥院さんの鞄の中に手をつっこみ、一つだけ残っていた本を手の感触で判断すると、鞄から素早く取り出して、制服の内側に入れる。

「吉祥院さま! 大丈夫ですか!?」

「あんたじゃまよ! さっさとどきなさい」

「吉祥院さまから離れなさい! 汚らわしい!」

 周囲からはそんな声しか上がらず、誰一人として俺を心配する者はいなかった。

 ちくしょう。

 一人くらい心配してくれよ。

 上永先生が身体をくねくねさせながら、

「あぁーん、たいへぇん。若いエナジーがほとばしって教室でくんずほぐれつぅしちゃってるぅん」

 とか言っているが、俺は無視して、

「う、う、生まれるー」

 俺は薄い本を隠したお腹を押さえながら早足で教室を出た。



 俺はトイレの個室に入ると制服の腹のところから薄い本を取り出す。

 吉祥院さんがアニメショップで購入した物と同じ物。

 BL同人誌。

 腐女子であることはみんなに知られたくないのに、なんでこれを学校に持ってきたんだろう?

 俺は中をパラパラとめくって見る。

 男同士なわけだが、しかし美少女マンガ風に描かれているせいか、そんな拒否感なく読める。

 これが、

「うほ、いい男」

「やらないか」

「すごく、大きいです」

 的なリアル系で描かれていたら引いただろうけど。

 話の内容は、美少年同士の幼馴染みの恋愛。

 読んでいて思ったのは、この話の内容、男女に置き換えても問題なく面白いと思う。

 女子って どうしてBLが好きなんだろう?

 男にとって謎だ。

「……あれ?」

 薄い本に楽譜が挟んであった。

 音楽と言えばカラオケで熱唱する程度でしかない俺には、オタマジャクシが盆踊りをしているようにしか見えない楽譜。

 そんな俺でも、これが普通の高校生には弾くことが極めて難しいことが理解できた。

 そういえば吉祥院さん、中学の時に世界ピアノコンクール ジュニア部門で優勝したことがあるって聞いたことがあるけど、こんな凄いものを弾いてるのか。

 俺は吉祥院さんの才能に感心し、楽譜を薄い本に戻そうとして、

「……」

 楽譜の端に人喰い熊の絵を発見した。

 クマという優しい表現などできない、熊と漢字で書くのがふさわしい絵。

 人を十人は食い殺していそうな熊だ。

 餓えた眼は血走って、尖った牙からは血が垂れ流れ、腕から鋭い爪が生えている。

「……」

 どういうことだろう?

 こんな凶暴な熊の絵を楽譜に描くなんて、吉祥院さんは もしかして 心に深い闇を抱えているか?

 俺は疑問に思いながら、楽譜を薄い本に挟み直すと、懐にしまった。



 放課後、薄い本をどうやって吉祥院さんに返そうかと考えていると、その吉祥院さんに呼び止められた。

 皆のいる廊下で。

「あの、屋上に来ていただけますか」

「ああ、わかった」

 俺が返事をすると、周囲は、

「どういうこと? 吉祥院さまが男に声をかけるなんて」

「あの野郎、どうしてくれよう」

「……青酸カリ」

 ヤベエ。

 このままだと確実に俺に危険が及ぶ。

 殺気が肌で感じる。

「早く行こう、吉祥院さん」

 俺は吉祥院さんの手を取ると、俺はこの場から離脱するべく、全力で走り出した。

「おい、なんだあいつ!?」

「吉祥院さまと馴れ馴れしく手をつなぎやがったぞ」

「なにぃ、手をつないだだとぉ!」

「ちくしょう! 許せねぇ!」

「てめぇ、顔は覚えたからな」

「今度見かけたら簀巻きにして屋上からつるしてやる!」

 すげえ物騒なことも聞こえてきたりもした。

 そいつらの額に、

「吉祥院・セルニア・麗華・親衛隊」

 と書かれた真っ赤なハチマキが巻かれていたのは、俺の目の錯覚だと思いたい。

 っていうか、錯覚であることを祈ります。



 続く……

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