風前の灯火②


 ――復讐したいなら、おいで。

 俺は、エレっていう名前だから。

 

 アレッタが、エレを追い求めてやってきたのは。

 姿を隠してまで、やってきた理由は……。



「は……ははっ」



 人並みの幸せを願っていた――

 国を危険に晒した、国賊ヒールの俺が?


 あの長い旅路を無駄にした、俺がか?


 自分が助けたらしい神官に同情して、

 連れて出て、

 新たなスタートを切ったつもり――

 それが結局、こうなるなんて。



「…………なんだよ、それ」


 

 生気のない笑顔を浮かべる。

 それは、自嘲。


 紛らわせていた気持ちを、すべて思い出した。


 これほどまでに、滑稽な話はない。

 これほどまでに、馬鹿だと揶揄されるような話しなんてない。



「……馬鹿みたいだなぁ、おれ」



 その言葉を口にすると、体の力が抜け、雪道の上に膝を落とした。

 腹部からドボッと血液が落ちるように流れた。

 けれど、もうエレにはそんなことどうでもよかった。


 アレッタの言葉も、

 唱喝の詩人の言葉も、

 耳に入ってこない。


 ただ、その頭にあるのは、自らの行為に対しての寂寥感。

 


「……あぁ……ほん、とに」



 魔王を倒さずに味方を庇いながら帰国した。

 それは、自分の判断に任せた結果だ。

 だが、悪い判断だったとは思ってはいなかった。

 自分の中にある確たるものに基づいて判断したから、後悔だけはしていなかったんだ。


 けど、それは、自分がそう思ってるだけだったらしい。


 助けようとした老爺からの言葉や、辛うじて助けたルートスやモスカからの言葉――いや、帰国したあの日から聞こえる声は全部、心を抉る言葉ばっかりだ。



 ――お前が、死ねば良かったんだ!

 ――お前なんか仲間じゃない……!



 無数に番えられた矢を浴びる。

 その覚悟はしていたつもりだというのに。


 


 あぁ、でも、やっぱり、痛いなぁ。




 エレは、自分でも気が付かないほどゆっくりと顔を伏せていった。


「…………」


 王の勅命を受けたあの日と、追放を言い渡された日と同じ光景だ。


 白い床、

 赤い絨毯、

 その上に膝をついて頭を垂れている自分。


 この光景で全て始まって、全てが終わるのならば。

 裏切り者の終わり方としては、これ以上ない幕の引き方ではないだろうか。



(もう、誰かのために傷を負う必要はない……から、ここで終わってもいいのかな)



 自分が息絶えていくのを綺麗事で飾りつけるように。

 エレはゆっくりと、目を閉じていく。



(……何のために、俺は、耐えてきたんだろう)



 諦めたように、肩を落とし――



【《無創ノ唄アルカナトゥス》】



 エレの体は創り出された【無】のなかに消えて行った。

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