不死者の襲撃④



 死霊術士は、死体を操る。


 失った心臓の変わりにマナを与え、死体を動かす。

 なにも心臓を作り出すことなどできはしない。

 肉体の保持は最低限であるため、肉は腐り落ち、骨は脆くなる。

 生前のものと比べるとどうしても見劣りしてしまい、防御力は駆け出しの冒険者の基準にも満たないことが多い。



(の、はずなんだが)



 何度も死霊と戦ってきたエレだが、その先にいる死霊はどんな記憶にも当てはまらない。



(あれは、どうみても普通の死霊じゃない)



 あの唱喝の詩人ムシクスの姿は、生前の血肉ではなく、マナで作り上げられているように見える。


 マナでその存在を維持させることなどできるはずもない。

 ゴーストの類を考えたが、アレは実際に生前の技こえで攻撃をしてきた。


(となると……少し、情報が欲しい)

 

 不可解なことばかりだが、詰めずに事が始まる訳もなし。

 エレは倒れ込むように体勢を屈め、グッと足に力を込めて雪を巻き上げながら、一直線に向かっていった――





【素晴らしい身のこなしだな! 黒髪の只人ヒューム




 その声を聞き、エレは足を止めた。


【大勢の気配がこの村から消えたんだ。お前がしたのか?】


 ――会話をしたがる個体。


【どうした? 間が抜けたような顔をしてるぞ?】


 喋らないと思っていた者から、若々しく生一本の性別不明の声が突然聞こえてきたのだ。驚くのは当然だ。


「……」


 エレはチラと唱喝の詩人ムシクスを見やった。

 依然として影のような体を揺らめかせているだけで、攻撃をする素振りはない。


 今度はエレよりも身長の低い男か女か分からない術士に目を向け、息を鋭く吐いた。


「…………」


 おそらく今まで喋らなかった理由は、事務的に対処できると思っていたから。

 先ほどまで村人を好き勝手蹂躙していたのだ。

 仕方がないと言えば、そうだが。



(……出会ったばかりの敵相手に余裕そうだな、随分)



 敵を知らずに油断をする相手ならば、仕事が楽だ。

 真っ直ぐに正していた背筋を少し曲げ、煽るように手をヒラとさせた。


「やー……すまんすまん。てっきり、戦闘にビビり散らかして声が出ないんだと思ってたんだ」


【誰が、誰に?】


「お前が、俺に」


 ムッとした様子の術士はスッと視線を逸らした。

 

【……それにしても、こいつの攻撃を食らっても立ってる奴なんて初めてだ。どうやったんだ? この村を守っていた衛兵なぞ、先の技で震えながら泣き出したというのに】


 苛立ちは見えたが、言い返す言葉が見当たらずに話題を変えた。

 エレはコロリと表情を変える。

 舌戦は幾らか効くと見た。


「そーか。持ち駒自慢は楽しいな! パパにでも買ってもらったのか?」


【待て待て。会話になっていないぞ?】


「先に話題を逸らしたのは誰だ?」


 術士が口を閉ざしたのを感じる。


【何故、私がこんな辺境の地まで来たか知ろうとしないのか?】


「どーでもいい」


 術士はグッと体を動かすが、手を出すのは早いと思ったのか。雪の上でグラと揺れて、肩を落とした。


 しばし沈黙が続く。


 術士はエレの言葉を待っていたのだろうが、一向に口を開かないのを見かねて。


【私がこんなところまで来た理由は! 勇者一党に感謝を伝えに来たのだ!】


 勝手に喋りだし、勝手に頭を下げてきた。


(なんだこいつ、きもちわる)


 その仕草は無作法ではあったが、冒険者は顎を突き出すだけで「頭を下げました」と言い出す者もいる。それを思えば、なるほど確かに理性はあるような気もする。


 けれど、性格に難ありな気がして、エレは気怠げに体勢を変えた。

 話が長くなりそうな気がしたのだ。



只人ヒュームの代表である勇者らが同胞に大量に死を配って行った。そのおかげで、私はこうして彼らを従えることが出来るのだ! 本当に感謝をしている! 感謝をしてもしきれない程だ!】



「へぇ~」



【感謝してる!】



「へー」



【感謝をしてるのだ!】



「はー。しっかり勝手に感謝しとけよ」



【……いまいち感謝が伝わっていないようだな、ならば……】



 スッと両手を動かし、両隣に出てきた影を紹介するように見せた。



【これなら、感謝が伝わるか?】


 

 揺らめいていた影が形を安定させると、エレは遊ばせていた体を止めた。

 見覚えのあるその二体は、いつぞや勇者一党が倒した魔族だったからだ。




     ◇◆◇




「……はぁん、そう」


 左に現れたのは大楯を持っている巨漢。


 エレの記憶を辿ると北東の凍土にいた、難攻不落の城の玉座に座っていた大男だ。

 魔法、物理、それら全てを弾く大楯を片手に持ち、もう片方の手では大鉈を振り回す。


 絶対的な防御力と破壊的な攻撃力を持つ魔族だった。



 右に現れたのは両手に捻じ曲がった剣を持っている軽戦士。


 北北東の山中で奇襲をしてきた魔族の族長であり、山賊が身に着けるような軽い装備で、手数重視の武器を握っている。

 最初は弓などを使っていたが、従えていた者達が消滅すると狂戦士となって襲い掛かってきた。


 その二体ともが、唱喝の詩人ムシクスと同じように節々に燃ゆる炎を宿して立っている。

 纏う気配というのは唱喝の詩人ムシクスのソレよりも何段階か弱い気がするが……定かではない。



【お前ほどの強者なら分かるだろう? こいつらの溢れんばかりの強さが! 勇者が道中で殺していった魔族の中でも優秀な奴らを手駒に加えたのだ! そして……これで、どうだ?】



 術士の後方にゆらりと立ち上がった人影は肌着に身を包み、それらが破れている箇所からは柘榴色のものが見えている。


 歩く速度も遅く、人数も多い。動く死体。

 けれど、装備もつけていない彼らは……



「先ほど殺したばかりの村人……ねぇ?」



 あの爺さんを転移させておいて良かった、と呟く。

 かつて、共に過ごしていた者達のなれ果ては、人の原型を留めているだけの動死体ゾンビとなっていたのだから。



【ん? どうだ? すごいと褒めてもいいんだぞ!? 私の力は倒した者を不死の軍団の一員として迎え入れることができるのだからな! 死体が無くとも、こうして影として連れてくることが出来る!】



(の割には、数が少ない。村の規模はそれなりだったはず)



 さすがに殺戮をした村人全員を動死体にしたわけではなく、人の原形を留めていた者に術をかけて動かしているらしい。その数は数えて二十ほど。



(アレに加えて、村を襲った大群と狼が数匹。後は術者の死霊術士と唱喝の詩人ムシクス、凍土の城主と山窩の長……か)



 言い換えると、敵戦力は魔族四体――術士一体と、召喚魔族が三体――と、不死者の軍勢に村人動死体が二十。


 今、目の前にいる戦力だけでも中ぐらいの街ならば機能停止、ないしは潰すことが可能だと思えるほどの揃い踏み。



「……趣味が悪いが、いい術だ」


【だろう?】


「で?」


【で……?】


「なんで、俺に感謝を伝えるんだ? 俺は勇者の仲間じゃないんだが」


 伝えるべきは俺じゃないだろう。

 そう言うと、術士はぽかんとして笑い出した。


【別にお前に感謝をしている訳ではない! 身の程を弁えろ、私が感謝してるのは勇者の一党で……】


「だから、それを俺に言ってどうしたいんだって言ってんだろ」


【いや……そうだな。そうだ、確かに――……あぁ、違うぞ!? そうだ! いや、そうじゃない! 勇者一党に感謝を伝えたいから、場所を教えてほしいのだ!】


「なら最初からそう言えよ。アイツらは今は……」


【そして、だ! お前は強い! 強いお前を見込んで聞くが――】


 術士は、グッと溜めて、胸元に手を当てて鼻高々に。




【私はまさに勇者一党に相応しいと思わないか!?】


 


 突然として売り込みだした術士に、エレは信じられない物を見る目で術士を見た。

 会話で揺さぶろうとしているのか、勇者一党に所属をしていた者だと知った上で話をしているのか。



「勇者一党に入りたいんだー……?」



【そう! もちろん! 最近の只人の造語で言うなれば、もちのろん、という奴だよ! 私の持ち駒のほとんどは彼らのおかげだからな。勇者一党がいなくば、私の術はこうも機能をしていない!】



 会話をしたい個体ではなく、とち狂った個体だったか。


 勇者一党は魔族の敵。

 その敵の仲間になりたい彼は、何か特別な感情――敬意に似たようなものを勇者に抱いているのだろう。


【いやいや、話をしてみるというのはいいことだな。会話に値しない者ばかりだったのだが、お前のような強者がいて良かった。

 で、どうだ? 手合わせをしてみたお前に聞きたいのだ。私は勇者一党に相応しいと思わないか?】


 思わない――と言ってしまいたい欲を抑えつつ。

 後ろ髪をポリポリと掻きながら。


「まぁ、いいんじゃないか?」


【やはりお前もそう思うかっ! これほどまでに完成された術士も他にいないと思っているのだな!】


 あくまで冗談でいったつもりなのだが、腰をくねくねとさせて上機嫌な様子。

 エレはなんとなく術士の性格が分かってきたような気がした。



(変なやつ。目覚めたてノービスか)



 勇者一党に入りたいというのは演技でもなんでもなく、本心。

 不思議な話だが、そんなこともあるか、と変わり者を見つめる目でエレは眺める。



【そうかそうか……。やはり人里に来てよかった。一党の仲間の一人を追放したと聞いたから、少し心配していたのだ】



 ピクリ、とエレの瞼が痙攣する。



「……おー、よく知ってるな」



【誰が追放されたかまでは追いきれていないがな。お前は知っているだろう? 教えてくれないか? 私的に魔法使いが有力かと思っているが……、重装騎士……かな?】



「さぁな」



【なんだよぅ、教えてくれたっていいじゃないか!】



 目の前にいる者がそうであるとは、露知らぬよう。


 魔族にしてはなんともお喋りで、俗物。

 情報収集能力があるのは分かった。

 が、魔族が人族にどう思われているかは知らないのだろうか。

 それとも気にしていないだけか。


 そして、なにより――エレが武器を取り出しているのも気が付いていないほど、隙だらけだ。



「――お前には、関係ない話だ」



 冷やなか声で、エレは武器を振るって死霊術士の首を飛ばした。

 ストッとほとんど音もなく、雪の上に術士の頭部が落ちていく。


「さてと、仕事は終わり……」


 振り返ったエレの背後と握る手に、すぐに違和感が走った。


「――……じゃねぇのか」


 エレは遥か遠くに立っていた者の首を飛ばす斬撃の手応えを確認するように、武器を眺めた。


 いくら言葉で油断を誘ったとはいえ、そんな簡単に魔族を倒せれる訳がない、とか。

 これほどまで簡単に魔族を倒せれるならば、十数年と勇者一党が冒険をしている訳がない、とか。


 そうした経験をもとにした違和感と共に「軽すぎる」とも感じた。


 頭部は体重の一割ほどの重量を持っている。

 だが、感じたのは骸骨よりも軽かったのだ。



「新種の魔族……か――余程の空っぽか」



 検討が外れれば上等だったが、やはりそう簡単に行くわけもないようで。

 頭部がなくなった胴体から、影が伸びて、新たな首を据えるのが見えた。



【なぁんで殺すかなァ……何も敵対をしている訳じゃないってーのに。会話ができると思ってたいたのだが、愚か者め】



 本来なら、術士を殺せば術は止まる。

 だと言うのに、コイツ、何か違う……?


 

「……愚か者相手に交渉ができるって思ってたの? 頭の中に何も詰まってないんだな」



【っ!? ふざけんっ――】



 挑発に乗り、声を荒げた死霊術士。

 だが、その前に長い手がスッと出て、その動きを制した。



【なぁっ!? なにをしてるっ!? 私の邪魔するな!】



 その手の持ち主は唱喝の詩人ムシクスだった。


 何かを調整するように、不安定だったマナを安定させ始め、立っていたエレに体を向けた。

 隣で地団駄を踏んでる術士は無視し、マナを安定させた魔族は、簡単なお辞儀を一つ。


【あぁ……久しぶりだな? 坊や】


「やぁ、喋れたんだ。久しぶり」エレも右手を左胸にあて、左足を軽く引いて。「喉と顎の調子はどう?」


【相変わらず引き裂きたくなるほど憎たらしい顔をしている。……それに、貴様だったんだな】


 真っ黒なマナではあるが、エレが持っている短剣に目が向いたのを感じた。

 


「これ? 戦利品。いいでしょ」



 見せびらかすように様々な角度に傾けると、唱喝の詩人ムシクスを構成しているマナが怒るように揺らめく。

 


「欲しい?」



【返せ、貴様が盗んだモノ全て。全部、私のものだ!】



「今は俺のだよ」



【盗人め……!! 娘はどこにやった!】



 娘。

 娘? 

 そんなの持ち帰った覚えがなかったのだが。


 唱喝の詩人ムシクスと戦った場所のことを思い出そうとして、すぐに打ち消した。

 今は、必要のない思考だ。



「さぁね。どっかで可愛らしいうたでも歌ってんじゃない?」



 魔族とエレの間の空間が悲鳴を上げるかのように、歪みだした。

 唱喝の詩人ムシクスは己を殺した相手と物を強奪した相手に復讐ができると心を燃やしている。エレはその姿を見て、警戒をしながらも余裕そうな表情は崩さない。


 色を帯びた視線が交差し、ピリピリと殺気立っていく。

 


「そんなに返して欲しいなら――殺して奪い返してみたらどう?」



 視線を被せるように短剣を持ち上げ、力強く握りしめた。まるで、自分のものだと主張をするように。


 唱喝の詩人ムシクスの堪忍袋の緒が切れたかの如く、マナが溢れだした。

 影が一段と膨れ上がる。

 口元から赤い火が燻り出し、天から降り注ぐ純白の雪を喰らうように――徐々に――確実に――空間を黒く侵していく。


 

【……腹の内から食い散らかすぞ、小童】



「精々いい声で鳴けよ、お人形ちゃん」



 魔族四体とエレの戦いが始まった。

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