不死者の襲撃③

 




「お前が魔王を倒していたら、今日、村が襲われることはなかったッ!!」


 老爺の顔は今にも血管がはち切れそうに見えるほど、紅く染っていた。


「爺さん……おまえ」


「ワシに近づくなァ!!!」


 エレは立ったまま、忘れかけていた心の痛みが脳に染みていくのを感じた。


「――――」


 決して不快感ではない。

 ただ、じりじりと心が焦げていくような感覚だった。


 やがて、それは延焼をするように大きなものへと確実に姿を変えていく。


「お前のせいだ! 

 全部お前のせいだ!!

 村のもんは死んだ。たくさん、たくさん死んだ! 

 死んだぞ! 何が勇者の先鋒だ!? 

 何が人類の希望だ!? ふざけるな!!」


 唾を吐き散らしながら、

 つっかかり淀みながら、

 体の痛みや先ほどまで見てきた村の惨状を全部乗せ、

 言葉が放たれる。


「――――っ」


 エレは、体の内側に異物感を感じた。

 その異物が、体の中を巡り、抉り、削っていく。


 そんな音と共に、耳を塞いでしまいたくなるほどの声が、胸の中で煩く鳴り響いて止まない。


「お前がわしらを見限ったから死んだんだ! 裏切らなかったらこうはならなかった。だというのに、なんで……なんでっ――」


 新たな、矢が番えられた。

 キリキリと定められたそれは、回避不能――

 いや、逃げる権利も、遮る権利もエレは持っていないとするが正しいか。


 エレの胸倉を掴みかかる老爺の使い込まれた喉は、ヒュゥという荒い息と共に感情を吐き出した。



「わしらが死んで、お前なんかが生きてるんだ!?」



「…………っ」



 救おうと思われていた者からの矢は、深く、深く、他の矢の痛みを呼び起こすように刺さった。


 頭の中がどんよりとした、粘着質な真っ黒な空間に変わる。

 エレの表情は一切変わらないが、閉じた口の中ではゆっくりと心を閉ざすように歯を嚙合わせた。


 力強くも弱々しい力で体を揺さぶられ、

 エレは言葉を発さずにそれを見つめる。



「国中の皆がお前の死を望んでるぞ! そんなお前がわしらを助けて気休めでもするつもりか!? 気持ちの悪い……!」



 大槌にでも打たれたかと錯覚するほどの眩暈が続く。


 彼らは本来、助ける対象であり、

 傷つけることなど持っての他。

 彼らの明日を護り、

 魔の手が及ばないように努める。

 それが、勇者一党の役目。


 わなわなと震える老爺も、当然、護る対象である――


 護る、対象だというのに。


 何故か、勇者一党であった時に自分に言い聞かせていた言葉が浮かんでは、暗闇に消え、また現れてを繰り返す。


「消えろ! 消えてしまえ!! お前なぞ、追放ではなく殺されたら良かったんだ!!」



 こんな言葉を聞きたくて、

 過酷な日々を耐えたのか?


 こんな言葉を聞きたくて、

 心身をボロボロにしてきていたというのか?



「…………」



 カヒューカヒューと苦しそうな息と呪いの言葉を放ち続ける老爺の前――エレはおもむろに武器を取り出した。

 細く長い剣が揺れ、ギラと冷たい太陽の輝きを宿す。


「それで殺す気か!? やはり、お前は――」


「――口を閉じろ」


 エレは老爺の背後目掛けて走り出し、胸倉を掴んでいた老爺は勢いに振られ、雪道に体を投げられる。


「くっ……!」


 湧き上がる怒りを原動力に、老爺は俊敏な動きで――体力がない状態での限界速――顔を上げた。

 そこに見えたのは、息を潜めて追跡をしていた三体の血屍ノ狼だった。



「なっ」



「姿勢を低く、じっとしてろ」



 突然のことで言葉を失う老爺を背に、飛びかかってきた一体を貫き、地面に投げ捨てる。


 次に左右に回って老爺と少年を狙った二体に向けて短剣を振るい――両断。

 勢いよく駆けていた死体は、十数歩歩いた後に左右に倒れ込んだ。


 不死者は生者のニオイを嗅ぎ分け、襲い掛かる。

 このままでは遠く離れた場所に来た意味がなくなってしまう。



「ちっ、はやく転移を――」



【◆◆◆◆◆】



「――して……?」



 その瞬間、微かに何かが聞こえた気がして、咄嗟にグイと老爺と少年を抱き寄せた。

 藻掻く老爺を庇うように村の方向から飛んできた攻撃に背を向けると――エレ達のいた場所吹き飛んだ。


 凄まじい爆発音が響き、雪が天高く舞い上がる。



「――ッゥ!?」



 盾にした左手が消し飛び、ボトボトと血液が止めどなく溢れ出す。

 すぐさま、片方の手で拉げる程の握力で握り、強引に止血。

 老爺は何が起こったのか分からず、エレの鮮血と恐怖が顔中に塗りたくられたまま動かない。



「じいさん……」



【――◆◆◆◆◆】



 手を触れようとした瞬間――まるで耳元で巨人が咆哮したと思える爆音が響き、地面が衝撃波によって抉られ、捲れていく。



「ふっざけんなよ――っ」



 その石や土を巻き上げながら押し寄せる大地を見て、エレは老爺と少年を背に武器を抜き、地面を切り伏せた。

 散り散りになった地面がまるで峡谷のような形でエレ達の両頬を掠めて、後方の森林部分にまで続く障害物を作り出した。


 衝撃で雪がバラッと霧散し、霧状になったのを確認すると――片手で老爺を、口で少年を捕まえて頭上の木の枝を上まで飛び上がった。

 

 その判断は大正解だった。

 

 次の瞬間、エレの足を掠めたのは――七色に輝く光線。

 近くにあった木がジュッと熱され、火だるまになっているのを確認した。



 ――逃げれぬように左右を地面で固め、真っすぐに貫通力の高い技を放つ。



 エレは一気に警戒度を高め、火だるまになっていた木を切り倒し、巻き上がった雪に姿をくらませた。


 

      ◇◆◇



 そのまま片腕で老爺を抱え、少年の衣類に犬のようにかみつき、大木の裏へと連れて姿を隠した。

 荒くなった息を落ち着かせ、気配に集中し、だらんと大木にもたれかかった。


「ゼェ……っ……くそ」


 周囲の警戒を怠っていた訳ではない。

 近くの不死者は戦闘不能状態に追いやっていた。

 周辺にはこのような攻撃できる存在は確認できなかった――だったら何が?


 エレは老爺に意識を持っていかれていたのを言い訳にはせず、自らの行動を省みる。

 そしてすぐに、こんな芸当が出来る者の目星が着いた。


「…………アイツ、か」


 もし、その予想が当たっているならば状況が大きく変わる。

 こんな場所でこんなに時間を費やしている場合ではない。


「ハッ……ハッ……」


 チラと見た自身の腕の中、老爺がエレの体温を奪っていくのを感じた。

 その顔には先程までの怒りなどは消え去り、恐怖が何重にも上塗りされている。


「――爺さん」


「っっ!!」


 拒絶。敵意。その中には微量の殺意もあったのだろう。

 思い出したかのようにエレの体を押し退けた老爺は、孫を片手に抱き寄せたまま、手負いの獣の如く鋭い眼光で睨みつけた。


「……嫌われてんな、やっぱり」


 老爺に聞こえない程の声量で呟く。

 だが、この二人だけは移動させなければならない――そう決心し、エレは無事な右腕をパッと広げた。


 恐怖する子どもに無害さをアピールをするように。



「じーさんのいう通りだ。そうだよ。俺が悪い!」



 投げやりな態度だというのに、エレの顔は真剣だ。



「これから先、人が魔族に殺されるのも――魔物に人が食われるのも、ぜーんぶ俺が悪い! あんたら国民の未来を奪ったのは俺だ! 俺なんだ。――俺が、全部無駄にした」



「ふっ、ふざけるな……ぁ! お前が謝っても、誰も帰ってこないんだ」 



「あぁ、誰も帰ってこない。だからこれは気休めの言葉だ。それに……俺が悪いのは、言われなくても分かってんだよ」



 エレの自嘲するような笑みに、老爺は唾を飲み込んだ。


 そうだ――「誰のせいだ」という話は、もう済んだ話なのだ。

 魔王の元から逃げて洞窟内に命からがら駆け込んだ時に、仲間からキツく言い聞かされていたのだから。


 お前が全部悪い、と。

 お前なんか仲間ではない、と。


 助けた仲間――いや、エレだけが仲間だと思っていたのかもしれない――からそう言われたのだ。

 エレは、魔王の元から皆を連れ帰った時には既に、こうなることは分かっていた。


 分かっていたんだ。




「……だから、俺の『今まで』を否定すんのは自由にしてくれていい」

 


 平和を欲する権利は彼らにある。

 平和を作れなかった責任はエレにある。

 老爺の射抜くような視線に、しかと目を合わせて、エレは力強く言葉を発した。



「――だけど、俺の『これから』は邪魔をせんでくれ」



 その言葉を聞き、老爺は口を閉ざす。


「俺は、アンタらが安心して住めるような世界にしたいんだ。

 だからお願いだ。

 俺の前で……これ以上、血を流さないでくれ」


「…………」


 抵抗が無くなったと判断し、エレはバラッとスクロールを広げ、強制的に二人を転移させようとする。


 老爺は孫をギュと抱き寄せ、皺だらけの顔に更に皺を寄せた。

 光に包まれていく彼の顔に浮かんでいたのは、怒りか、哀しみか、憐みか。

 少なくとも、エレは一つではないと感じた。

 



「……はぁ」




 気分の切り替えもままならないまま、上着の下で千切れていたハズの右腕をスッと出して、短剣を引き抜く。

 村人全員の避難が済んだことを今一度確認すると、衝撃の直前に微かに聞こえたに意識を戻した。


 

「死んだ奴で、声で攻撃してくるのは………アイツだよな」



 大木から体をゆっくりと出し、体を疲労で揺らしながら、声の聞こえた方向に進む。

 やがて、視界が開けて真っ白な光景が広がると、その先を見やった。


 村の方角にいた不死者の軍勢に風穴が空いており、その真ん中にかぶりを被った揺らめく影と――館で戦った唱喝の詩人ムシクスがいた。


「…………やっぱり」


 あれはとうの昔に殺した。

 死霊術士によって甦った姿で、死体だ。


「となると、横に突っ立ってるのは術士だな」


 そう思って目を凝らしてみてみると、唱喝の詩人ムシクスの姿は真っ黒で、目や爪、ドレスの末端だけが赤々しく燃えるように揺らめいていた。

 まるで、影のように見えた。


「あぁ……あー、これは。ちぃと……怠そうな」


 死体ではなく、影。

 そう思えるほどの姿に、エレは眉を顰めた。

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