不死者の襲撃②



「あ、ありがとうございます……!」 


「はいはーい」


 光に包まれて行く人に、手を軽く振って見送る。


「このご恩は、一生……」


「こんな辛いこと覚えておくより、楽しいこと覚えてなさいな」


「あ、ありがとう、お兄さん」


「お兄さんっていう歳でもないよ。じゃあな」


 東に向かって逃げていた子連れの親子をスクロールで転移させると、次の村人を探そうと木の上へと飛び乗った。


「……っとぉ」


 風に体を煽られぬように姿勢を低く保ち、空を見上げるように顎を上げ、感覚を研ぎ澄ます。


 土地勘のない村ではあるが、不死者の気配は至って不気味で、彼らは足音を殺そうとしない。

 音や気配。その感知なぞ、エレにとっては十八番だ。

 ましてや長い年月をかけて身についた感覚は、並の人のソレを凌駕する。

 


「……村の中か、これ」二つの生命反応をすぐに感じたのと同時、その至近距離で無数の足音。「戦ってる……?」



 おおよその位置を頭に入れ、木の上から飛び降りて行った。

 ふわりと着地すると、踏み鳴らされた道を駆ける、駆ける。

 足音や気配を消すことなく、存在感を表しながら移動していく。


 食い散らかされた跡――なぎ倒された家屋、柵――踏み荒らされた田畑――それを横目に、段々と速度を上げていく。



「これ、護りながら戦ってる……のか?」



 村の藁屋根に大胆に登ると、広場の方で微かに金属音と怒号が聞こえて来た。もう手の届く場所だ。

 

「――そこか」


 グッと体勢を屈め、爆発的な加速で一直線に翔る。

 人影が見える。

 不死者の軍勢を目視。

 血屍ノ狼はなし。



「――っと!」



 ぼふんっと雪が巻き上がると、エレは戦っていた老爺の前へと降り立った。


「ヌゥ!?」


「おーおー、手負いの爺さん相手に物量か」


 しゃがれた驚きの声には反応を示さず、鎌を持っていた老爺の凍えきった手を掴むと――反対の手で短剣を器用に抜き去り、つつと振るう。


 目前に拡がっていた不死者が崩れた。

 一先ずは安全が確保出来たようだ。


「誰だ、お前は……!」


「誰とか、彼とか。言ってもそんな余裕ないんじゃない?」


 頭に血が登っているようでエレに警戒の色を示す老爺の姿は、もう、雪の上に立っているですらままならない様子だった。


「……」


 突然の事で、下足も履かずに素足で長い雪道を走っていたのだろう。足が見るのも酷なほどの凍傷をしている。


 その長い髭には霜が落ち、骸骨兵の矢をその大きな背中で受けて、衣類には紅色の斑点がそこかしこに作り上げられているではないか。


 息も荒い、顔色も、足の感覚があるかすら危うい。

 放置すれば、足が壊死をする可能性だって考えられる。

 その傍らには息の浅い冷たくなっている少年が雪上で倒れ込んでいた。


「その子」


「――ッ!」


 スッと手を伸ばすと、カタカタ震える切っ先を向けられて、手の先を少し丸めた。



「触れるなっ! わ、わしは村のもんを護らねばならんのだ!!」



「なぁにいってんの。自分の体見てご覧よ」



 鎌を振り回す老爺から一歩引き、チラと物陰に視線を飛ばす。

 《転移の巻物スクロール》は高価な小道具だが、発動にまでは間隔が生じる。こんな遮蔽物だらけの場所での発動は、万が一の事がある。


「場所、移すぞ」


「な、なぜ」


「危ない。危険。敵沢山。場所が悪い。とりあえず、ここらへん」


 暴れる老爺を強引に抱えると、体が冷えきって息も浅い少年を反対の小脇に抱え……衝撃を与えないように屋根の上へと飛び乗った。


「離せっ!! 何者だ、お前は!?」


「おぁっ、鎌を振り回すなよ! 落とされたくねぇだろ」

 

 グッと力を込めるが、その腕を凍えて震える手で引き剝がそうとありったけの力で暴れまわる。

 

「落ち着け、もう大丈夫だ」――発してしまいそうなそれらの言葉を飲み込んだ。


 目の前で人が殺された。

 そしていつまで続くか分からない闘争をしていた。


「…………」


 老爺には急に助けに来た者を信用するにも時間も、余裕もなかった。

 老爺の置かれた状況を考慮し、怒りを宥めるのも骨が折れると思い、そこから先は口を開かないようにした。




     ◆◇◆




 屋根を伝って行き、村の外れが見えた頃。

 エレの腕を引っ掻くように暴れていた老爺は諦めたのか、だらんと手を投げ出していた。


 お互いに無言の時間が続き、雪積もる藁屋根を走るザクザクという音だけが聞こえてくる。


 が、居心地は悪い。

 その老爺はずっとエレを見上げているのだ。



「……あーっと、爺さん、なに?」



 もしかすると落ち着いたのかもしれない。

 心身共に極度の緊張状態だったから、意識も朦朧をしている可能性だってある。


 だが、それらの考えはすぐに消えた。


 見上げる目はしっかりとエレを視界に収めているし、再びエレの腕を握った老爺の掴む力は以前よりも強いものだったのだ。


 ――力強い。


 そう感じるのは、老爺の持つ力が並の冒険者より強いという訳では当然ない。

 だが、神官が助けを求めて縋るような力でもない。



「お前は……」



 キリリと焦点が合うように、老爺の目がエレの顔を見据える。


 黒布を目に巻き、

 黒髪がぼさぼさと伸び、

 小柄で、

 細身で、

 装備なんてほとんどつけていない。


 それを頭の中の情報と照らし合わせ、目の前の男性が誰なのかを探る。


「――……」


 そして、分かった――目の前にいる、男の正体を。



「お前っ、勇者の……」



 凪いでいた感情が、沸騰をしたかの如く急激に昂る。

 喉を唸らせた老爺が抱いた感情と表情は、この白雪の風景に似つかわしくない色をしていた。



「一党から追放された、斥候か――ッ!!」



 エレの腕を掴む老爺の拘束力が数段強まると、老爺は手に持っていた鎌をブンっと振るった。

 首を刎飛ばす力も握力も残っていなかったのか、老爺の鎌は首筋の皮膚を傷付けて、老爺の手を離れて屋根にズボッと投げ落ちていく。


 そのまま掴みかかろうと、エレの首筋に冷めきった両手を伸ばし――



「ツっ!?」



 ――エレは、咄嗟に抱えていた手を離した。



「グゥッ……!」



 ブンッと空振った両手を伸ばしたまま、宙にふわりと浮かんだ老爺は地面へと落ちていく。



「じーさん!」



 首筋に出来上がった赤い線からツと赤い液体が流れ落ちるのを気にも留めず、老爺の衝撃を抑えるために自ら飛び降り、老爺の体を掴んで雪道へ投げた。



「っつ……身投げ。……老い先短いかもしらんが、そこまで生き急ぐ必要はねぇだろ……!」



 多少の苛立ちがエレの言葉を崩させる。

 その言葉を受け、雪山で尻もちを着いていた老爺は小刻みに震えだし、近くの雪を握った。



「…………わしが死ぬ? 死ぬだと!? 誰に、何が、お前にか!?」



「はぁ?」



「わしらが今日、死んだのはあの化け物らのせいか!? そう自分に慰め聞かせてるのか!?」



「落ち着けって、何を言って――」



 錯乱でもしたかと手を伸ばすと、パァンと力強く弾かれた。



「わしに触れるなァ!!」



 明確な拒絶。

 そしてその老爺の目に宿るのは、敵意だ。



「おまえが……おまえがぁっ!」



 そして怒りに震える老爺は、スゥと息を吸い込み、矢を番えた。


 目に見えることの無い武器だ。

 だが、エレにはしかと感じた。


 どんな傷よりも忘れやすく、

 思い出しやすく、

 中々抜けることの出来ないその矢の痛みは、よく知っている。


 身構える隙も与えず、湧き上がる感情が震える老爺の口を押し開けた。

 



「――――お前が魔王を殺さなんだから、わしらが死ぬんだ!!」




 しゃがれた声が怒りの感情を乗せ、村の外れに怒号を寂しく響かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る