気遣い
円卓での諸報告込みの会議が終わったディセムは、神殿までの帰路についていた。
久々の円卓会議への出席――ほぼ、強引に話に混ざっただけだが――は大変有意義なものであったと言える。
(手紙を貰っていたとはいえ、本当に私を頼りに帰ってくるとは)
ふふ、と笑い、会釈をしてきた子どもに挨拶を返す。
(前は、あの子ほどに小さかったというのに。あんなに大きく……)
椅子に立った時に見えた目を丸くしているエレを思い出した。
(大きくはないかもしれませんが、大人になって)
エレに今回の災厄を一任すると決めた後、マリアベルやクラディウスから忠告を受けた。
『人的資本を効率的、継続的に使うのであれば、エレ一人に大仕事を任せるのは賢い采配ではない』
『然るべき人数を用意し、負担の偏らないようにするべきである』
言わんとすることは理解出来た。
(実力的に見て一人で達成できることを……細かく分担するのは非効率と言えるのではないんですかね)
それに、エレの実力を知らぬ者達に教え込むには良い機会だ、
主観的な情報に溢れた報道に右倣えの者達には到底響かぬだろうが……それでも少しの疑問を抱いている者には良い判断材料になる。
(それにしても広報機関が情報戦を仕掛け、エレを潰そうとしてるとは)
ディセムは微笑んだ。
息子はそれほどまでに
上機嫌に(今日は彼の好きだったでも買おうか)と思っていると神殿前に人の塊が見えた。
「あれ、どうしたんだい。何か手続きでも?」
そこには見知った四人の顔。
そして、昨日に知ったばかりの顔。
計五人が、神官の一人を捕まえて何か話をしていた。
「あぁ! 神殿長!」
その姿に声を上げたのは女騎士だった。
それについで他の一党の仲間達も挨拶をし始めた。
「…………」
けれど、黒い神官衣に体を包んだ少女は女騎士に抱えられたまま、投げれば戻ってくる棍棒のように体を垂らして反応を示さない。
そちらを一瞥し、
「それで」と言いながら役目の終えた若い神官に目をやり、小さく顎を下げる。「ご要件は」
その意図を受け取った神官は、邪魔をせぬように席を外す。
無理やりに引っ張って来られたのか。普段はバタバタとしない神官が面倒事から開放されたように早足で戻っていった。
「あ、えっと――」
女魔法使いが質問に応えようとした横から。
「神殿長にお世話になるほどの要件ではありません!
キッパリと胸を張る女騎士。
神殿長は表情を崩さぬまま、視線を横の魔法使いへと流した。
女魔法使いは小さく笑って頷き、説明を始める。
「エレさんからの頼みです」
「って、こらっ! なぜ言う!?」
ぐあと口を開く女騎士に、女魔法使いはため息をつく。
この女は本当に聖職者なのだろうか、というものだ。
けれど、女騎士にそういった声鳴らぬ表現が効くわけがない。そんなことは魔法使いが一番知っていること。
だから、声に出すしかないのだ。
「あんたさぁ、神殿内で何かする時には誰に許可を取るの?」
「それはぁー……高位の聖職者だろう」
「で。あの神官さんに言われたのは?」
「今は多忙で、ほとんどの者が出払っていると」
「で。今、目の前にいらっしゃるのは?」
「神殿長で――あぁ! お世話になります! 神殿長!」
ようやく理解したようで、再び胸を張った女騎士。
簡単なお辞儀すらもしない聖職者に神殿長はニコと笑う。
聖職者は『お固い』とのイメージが付いて回る。
世俗的なことはせず、神に仕える者として相応しい態度で臨む。
冗談すら通じないのだろう!
そういった先入観を持っている者らに、この二人を並んで見せたらどのような面持ちになるだろうか――と、女魔法使いは女戦士の影に隠れながら思う。
「エレ殿からの依頼を受けまして、それで神殿内に立ち入る許可を頂こうと思い」
「訪ねてきたと。何故、神殿なのかな? エレの依頼内容か、もしくは」
チラと神殿長は胸を張っている女騎士を見やる。
すると、さも誇らしげに鼻を鳴らして。
「それは、いい考えが浮かんだからです!」
「そうか! それはいい。いい考えというのは早々に浮かばないものだからね」
では――と中へ入ろうとする女騎士を見て、後ろに立っていた三人は驚きの声を上げる。
なぜ、今の返事を「許可」ととったのか。
そして、なぜ、神殿長は入れようとしたのか。
「ちょっ――」
激アマな態度に、女魔法使いは騎士の首根っこに杖を引っかけた。
「ヌォ!?」
バランスの崩れた女騎士は、重力に逆らおうと抱えていた少女神官をブンッと振る。
女騎士は横転は免れたが、強い重力に中てられた少女は顔色と機嫌を悪くし、唸る。
「神殿長、もう少し、厳しくされた方がよろしいかと!」
「そうかい?」
「そうです……!」
「そう。ならば、気をつけよう」
女騎士への信頼が故ならば、口を挟むつもりはなかった。
彼らは神殿内の特別な役職に就いている二人だ。
どれほどの苦難を乗り越えてきたかは、冒険者には想像がつかない。けれど、同じ苦難を乗り越えてきた、というのは大いに想像がつくというもの。
が、それはそれ。
これはこれだ。
甘々な態度で接されたら、そのしわ寄せをくらうのは一党の仲間達なのだ。
ただでさえ、世間知らずを振りまく聖職者だというのに、それに拍車がかかれば堪らない。
女魔法使いがこめかみをぐりぐりと揉んでいる横で、女戦士は赤髪をポリポリと掻きながら。
「話変わるんすけど。いいんすか、警鐘、鳴ってましたケド」
「いいんですよ。動ける聖職者が少ないからと心配をしてくださっているんでしょう?」
言わんとすることを全て理解したような口ぶりに女戦士は、ソスカ、と奥に引っ込んだ。
「……死霊術士って聞きましたけど、どなたが向かわれてるんですか? 迎撃の準備とか」
その疑問を引き継いだのは、女斥候だった。
斥候は心配性が多い。万全を期す必要がある者がなる職であるから、当然か。
死霊術士ならば、死霊が来る可能性がある。
ならば聖職者の頭数が必要で、この街から十数キロほどの村への襲撃であるならば、街へ被害が及ぶ前に叩いて潰す必要がある。
「私はこの街の権力者ではありませんが……」
困ったような表情の口元を隠すように手を当てたが、それもすぐに和やかな笑みを浮かべて。
「心配はいりませんよ。信頼できる者を神殿から一人、向かわせています」
神官は出払っているというのに――との言葉を喉で潰し「そうですか」という笑顔で上書きをした。
本当は「この女騎士を向かわせるべきではないのか」という含みのあった言葉だったのだが……。
(まぁ、神殿長なら危険予測くらいしてくれてるか)
黒い神官衣を着ている少女を降ろして何やら弁明と謝罪をしている女騎士を見やった。
(大丈夫言うてるし。信頼できるらしいし)
杞憂で済めばええけど。
そこからはスイッチを切り替え「私は言ったから」というスタンスで行くことに決めて、普段の表情に顔を戻した。
ようやく小難しい話が終わった、と女騎士がスッキリした両脇を広げる。
分厚く頑丈そうな鎧が鈍い金属音が響かせるのを見て、神殿長は思い出したように「あぁ」と口にした。
「……あの子にも、衣装を用意しないといけませんね」
新しい役職を与えるとして、あのままの衣類で言い訳がない。
現に、他の四人は綺麗な衣類を着て頑張ってくれているのだから。
「衣装? もしや、お孫さんでも生まれましたか」
「孫……というよりかは、息子ですかね」
「神殿長に息子ですか!!」
「えぇ。可愛げのある息子ですよ」
「どんな子ですか?」
女騎士が詰め寄るのを、背筋を伸ばしてほほ笑む。
「これくらいの身長で、これくらいの目つきで、これくらいの声の高さで――」
と、神殿長が身を屈ませたり、目尻を手で弄ったり、声を調整したり。
「――…………」
その様子を見て、魂が抜け落ちていたアレッタの表情が変化をし始めた。
身長、
目つき、
声の高さ。
まったくもって上手とは言えない物真似だったが、それはたしかに。
「――それで、今、東の森中で死霊術士を迎撃しに行っていますね」
誰だ誰だ、と女四人が探り当てようとしている中、一人の少女は呟く。
「…………エレ」
女騎士の小脇から解放された神官。
神殿長はその姿を見送り、彼女らかの問いに一つ一つ答えていった。
ほどなくして、お手上げと悲鳴が上がったところで女騎士は当初の目的を思い出す。
「そうだ。日が暮れぬ内に入ろう! では、行くぞ! ほら、アレッタなる少女も」
そうやって振り返った時には、アレッタの姿はなかった。
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