不死の神の信徒①



 村の外れで戦闘が始まった。


 空気を切り裂く横振り。

 地を抉り、天へと登る光線。


 それらを無駄のない動きで避け、エレは身軽に木の上にまで登っていく。


「さて、と……どう裁くか」


 後ろを追ってこようと木下で睨み上げている影と、その向こう側にいる影に目をやった。




 相手は理想的な一党編成で、たった一人の只人討伐をし始めていた。


 山窩の長が前衛で、唱喝の詩人ムシクスと凍土の城主は後衛――つまりは、前衛1、大楯1、術士1、回復要員死霊術士1 


「魔族はいつもを相手にしてたのか」


 大楯と術士は死霊術士を護るように傍を離れようとしない。

 術士に関してはその都度攻撃をしてくるが、

 城主はジィッと盾を構えているだけ。


 その他大勢はもう無視でいいだろう。


 不死者の軍勢は動きが鈍く、命中率も低い――無視。

 村人の動死体ゾンビは、赤子のように立ってコケてを繰り返している――無視。


「……なんで出したままなんだ?」


 持ち駒自慢を最初にしてきた奴だ。

 自慢をしたいのだろうか。


(変なやつ)


 エレが呑気に分析をしていたら、同じ高さに山窩の長の姿。

 


「……木登りは苦手だったか? 山に住む群れの長だった気がしたんだが」



 身を屈めていたエレは、スと武器に手を駆けるが――

 瞬く間に、目の前にまで届く歪んだ刃。

 

「オ」


 顎に目掛けて振り上げられた刀を最小の動きで避け、

 武器を持たない手で両目を貫き、

 そのまま大木に叩きつけた。

 

「そういえば、めんどくさい技を持ってたんだっけ。……《縮地》だったか?」


 ガクンと体勢が崩れたと思うと、瞬く間に目の前にまで迫ってきている。

 視覚情報が脳で処理されるよりも早く間合いを詰める技。魔法で言うところの瞬間移動――と昔、手合わせをした老爺が言っていた。

 初見では対応しきれない動きであるには違いない。



「が、見飽きた」


 

 魔族が使う技の一つだ。今さら、物珍しくもない。

 だが、


「――……?」


 枝からボトボトと落ちてきた雪を避けて、手応えのない感触を確かめる。


「不死者……より、物理が効くゴーストって感じか」


 新規の手応えを既存の知識と結びつけながら。


(でも、効果がいまひとつ……)


 大木に叩きつけた山窩の長の影が崩れ、立ち姿の状態に戻ろうとしているのが見えた。


(なるほど、効果はないらしい)


「なら――」


 タッと後ろへ一歩で後退し、優雅に木上から身を投げた。

 すぐさま形を安定させた影が、疲労を感じさせぬ動きで追撃をしてきたのが見える。


 下は雪。

 落下した直後は硬直がある。

 だから、後から降りてくる方が状況的に有利――と。


「これ、追ってくるのか……!」


 山窩の長の体が寒空の下に浮いたを見て――いつの間にか手にしていた鉤縄をすぐ下の枝にかけ、グルンと弧を描いて地面へと着地。


「――こんな手に引っかかるか、フツー」


 ただただ無策に追いかけていた影はすぐさま重力と地面に挟みこまれ、ドサッと雪を埃のように舞い上げる。

 だが、微塵も痛痒を感じていないのか、真っすぐエレの元へ。



「……前はそんな詰め方してこなかったろ」



 足の浮いた瞬間を狙い、グイと距離を詰めて細切れにした。



「悪手だろうって」



 バラっと霧散し――空気に溶けるように消え――すぐに再生して追撃を再開。


「――――くそ」


 悪態をつきながら巨大樹を遮蔽物代わりに移動をしていく。

 そして、一つの巨大樹に差し掛かった時。


「ここでっ――」


 枝に手をかけ、追いかけてきていた山窩の長の首を折った。

 血の代わりに霧散したのは影。

 あらぬ方向に曲がった頭部――


「――ッ!?」


 が、折られた状態でエレの足を掴み、投げ飛ばした。


「ハッ――!?」


 咄嗟に鉤縄を投げ、グルッと弧を描き、木の枝の上へ着地。


「今、折っただろうが……!」


 エレの下にまでゆっくりと近寄ってくる山窩の長は、折れ曲がった首を武器を握った拳で殴り、元に戻した。


 ――ほら、これで元通りだろう? 


 愉快そうに炎のように揺らめく瞳を細める。


「…………」


 エレの口角が引き攣る。



「なぁ、喋んないのかお前? それとも喋れない?」



 話しかけても反応はなし。

 だが、反応があるから言葉の意味は理解しているようだ。

 


「……独り言は得意だけどさ」

 


 煽りも効かない、手応えもなし、疲労もなし。

 視線のフェイントや騙しもない。

 ただただ機械的に、最速で、確実な一手を決めにくる相手との無限の戦闘。


 唱喝の詩人とは話せた。

 ということは――会話できる個体と、できない個体がいるのか。


「……」


 いや、話せるか話せないかは何の問題にもならない。



「……これだから、死霊術士相手はめんどくさいんだ」



 木の上で屈みながら得られた情報をまとめると、結局このような愚痴をこぼさざるを得ない。


「今の俺には荷が重い気がするんだが――」


 これだけ離れているというのに彼らは戦えている……要するに、自立した存在だ。


 術士が操作していたら、どれだけ楽だったか。

 素人の指示通り動く武術の達人なぞ、微塵も怖くはないというのに。

 極めつけは、尋常ではない速さの修復速度。


 まったく、不死の軍勢とはよく言ったものだ。

 


「…………死なない奴が徒党を組んで、敵を倒すだって?」



 どこの卓上遊戯の話だ。

 しかし、再生するならその元を断てば良い。

 


「……だったら、やっぱり狙うのは――回復要員アイツか」



 エレは、下で構えている山窩の長を見下ろし、鉤縄を腰包みに入れ――何かを取り出した。




      ◆◇◆




 術士から離れて戦うことを止め、エレは隙あらば術士を狙って攻撃を繰り出していた。


「――――……」


【どうした? 攻撃が届いていないぞ?】


 しかし、術士を狙った斬撃は城主の大楯によって易々と弾かれてしまう。


「堅牢だな、ったく」


 一度は山窩の長を投げ飛ばしてみたのだが、それも盾で弾いていた。

 その盾の近くでシュルルと渦を巻いて再生した山窩の長は武器を逆手に握り、使エレに向かって真っすぐ伸びてきた。


 凍土の城主が生前に使っていた大盾はヴァンドが持ち帰ったはずだが……アレはあの時の大楯の能力を準拠しているような気がする。


 地面に寝かせるように握っている大鉈を使っての攻撃こそしてこないが、生前に体感した威力であるなら弱まっていたとしても油断はならない。


 しかし、どれも一度戦った相手だ。

 一度、勝利をした相手に後れを取ることなどない。

 

「…………分かってんだよ、そんなことは」


 苛立ちが焦りを生み出してくる。

 分かっているというのに、処理しきれていないのだ。

 

 やはり、以前に戦った時にはない要素がある。

 それが大問題だった。


【――――】


「オマエは、さっき殺したばっかだろうが……!」


 歪んだ刀がエレの小刀を滑り落し、鍔での競り合いまで持ち込んでくる――

 呼吸が届く距離にまで迫ると、手数が多いのは相手の方だ。

 もう片方の刀がエレの首元まで伸び、エレが腕を伸ばして武器を握る手を抑えた。


「グッ……!」


 エレの腹の底で、危険信号が湧き踊る。

 あぁ、まただ。

 

 


【――穿孔ノ唄ペネトレ



 硬直状態に飛んでくる、唱喝の詩人ムシクスの唄。


「嫌なタイミングで――ッ!」


 競り合っていた長を何とか蹴飛ばし、体を捻って躱す。

 しかし、避け切れずにジュッと腰包みを掠め、中身が雪の上に散らばった。


「――っ!?」


 不利な体勢にさせられると今度は、腹部を貫かれた山窩の長が何事も無かったように武器を振るい始める。



「いい体だよ――ほんとに、妬ましい」



 一対多の時の立ち回りは同士討ちを狙うのがベター。


 しかし、それを向こうが

 同士討ちは死霊術士の十八番。

 もし、それを利用しようものなら、自分の首を絞めることになる。



「あ゛ー……ほんっと、困った」



 打開策を探しながら戦闘を続けているが、辛うじて保っている均衡がいつ崩れるか分からない。

 そして、崩れるとしたら自身側であれと望むが……。

 いや、これ以上は考えるまでもないだろう。



「ほんと……困った」



 飛んでくる光線を姿勢を低くして避け、

 そのまま山窩の長の足を払おうとして――

 跳躍で避けられる。


 地面に着いた手を器用に捻り、

 飛び込む時の逆再生のような動きで間合いを取る。

 山窩の長が詰めてくる。


 武器を構えていると――

 山窩の長が光った気がして、後ろに飛びあがった。

 次には、山窩の長ごと貫く光線が真っすぐ伸びて来た。



「――っはぁ……呼吸くらい、させてくれよ」



 枝を握りグルンと周り、次の巨大樹の枝へと移る。

 黒布の下でチラと術士を見やり、確認をするように斬撃を飛ばす。


「――……」


 やはり大楯によって弾かれてしまった。


「仕留めにいくにも、防御が重厚」


 黒布を親指で持ち上げて、この場の全体に目を走らせる。


「戦い続けても、こちらがじり貧になるだけ――だよな、分かってた」


 今は単調な動きをする相手の隙を突くだけでいい。

 しかし、これが体力が消耗をした状態で、となると話が違ってくる。


 ならば、どうする。




 案、その1。

 術士を殺す――魔族の攻撃を凌ぎながら? 

 本体が霊体のような感覚だったから効果は薄そう。


 案、その2。

 召喚している不死者を殺し、マナを消耗させる。

 魔族を三体も召喚している以上、一番勝機があると思うが……。



「でも、そうだよな。俺でも、そうする」



 不死者の軍勢は遠巻きに援護をさせ、争いに巻き込まれない位置に置いておく。


 マナの消耗をさせず、援護――一発も当たらないから、最低程度の牽制――をさせる最善の位置だ。


 手短に消耗をさせれる相手は山窩の長だが、


「――無し」


 時間がかかり過ぎてしまう。


 手本ともいえる死霊術士の『手数』を活かし、

 疲れを知らぬ者達で『体力勝負』に持ち込む。

 弱点である実体を『簡単に殺されない工夫』をすることで、

 タダでは状況的有利を相手に譲らない。


 自分の強みを十分理解し、しっかりと立ち回っている。



「お手上げだ。ほんっと、厄介だよ……お前」



 エレは何か決心をしたように自分の腕を撫でた。

 手詰まりの状況を打破するのは、いつもこれだ。



 案、その3――最終手段だ。

 


「……結局、俺ができるのはこれくらいしかない」



 重たい腰を上げようとした瞬間――山窩の長がエレのいる目線まで飛び上がり、踵を振り下ろした。



「――ッ、ガ!?」



 針のような短剣で攻撃を防げれる訳もなく、

 エレの体は全力の蹴りを体に叩きつけられ、

 木枝を折りながら落下していく。


 大きな動きだというのに俊敏。

 一瞬の隙を見逃さない戦闘への嗅覚。


 コイツは――後衛のルートスを気絶させ、モスカの鎧に初めて傷をつけた男だ。


 

「さすがだな、お前……っ!」

 


 かつて全力で戦った相手に賞賛を送りながら、冷静に落ちていく先を見やった。

 その先には、先に回って武器を構えている山窩の長。

 落下の恐怖も、落下の衝撃も、


「いい体だ、ほんっと!」


 下りる直前で木に足をつき、

 グルンと体勢を変えながら武器を躱しながら頭部を蹴飛ばし、

 改めて距離を取ろうとして――



反地ノ唄コントラベロ



 ――美しい声が村はずれに響いた。


「え」


 気が付くと、エレの位置が交換され、背後に凍土の城主の影がかかった。


「――なっ」


 振り返り見れば、大鉈を上段に構えて待っている巨漢の姿。


 ――――状況が転じた。


 だが、それはやはり自身側ではなかったらしい。

 ドズッと音が鳴ると、エレの左肩に大鉈が食い込んだ。


「ぐぅっ――!?」


【声を武器にするならば、喉を。

 俊敏な相手ならば、足を。】 


 どれも、貴様に教わったことだ。

 その声は緊迫した状況でも琴を鳴らすかの如く美しく響いた。


 肩から心臓部に目掛けてズズと深く入り込んでいた大鉈の刃を上から押さえつけられ、エレの肩からは鮮血が止まらずに噴出し続ける。



「アアアァァァァアアアアァ――ッ!!」



 逃れようとも深く食い込んでいるから行動に制限がかかる。

 押し返そうにも凍土の城主と唱喝の詩人ムシクスの二体に押さえつけられて骨や筋肉を断ちながら食い込んでいく。


 着けていた胸当てが辛うじて勢いを止めたが、それもすぐに突破されるだろう。


 苦しむ声を上げながら素手で鉈を押し返そうとし、握った手からも筋肉が断たれる鈍い音が血と共に響く。


 

【貴様が盗みとったモノを……返してもらうぞ――解放ノ唄リーベラテオ賢智ノ唄ソフィアベロー



 なおも抵抗するエレに対し、

 唱喝の詩人ムシクスの口腔がガゴンッと開き、

 膨大なマナが一点に集中していく。


 それと同時、山窩の長がエレの両手を切り落とした。


「――~ッ!!??」


 スパンと気味の良い音が響くと、大鉈が抵抗の無くなったエレの体を真っ二つに切断。


「――――」


 立て続けに放たれたのは唱喝の詩人ムシクスのマナを最大出力で放つ【師伏ノ唄ドクトル・モルス】だった。


 寒空に光る一筋の光。


 爆音が響いた。


 血の飛沫が舞った。


 止まることのない三体の魔族の連撃は、そこから数分に渡ってエレと地面を抉りとっていった。

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