不死の神の信徒②
高熱が大地を焼き、
無数の斬撃が柔い肌を切り裂く。
巨人を彷彿とさせる一撃は、
周辺一帯を大きく振動させ、
降り積もった雪を投げ捨てさせた。
そんな、攻撃が、止んだ。
先ほどまでの轟音が嘘かのように静まり返った。
その静けさは、戦闘の終わりを意味しているのか。
窪んだ大地の中央には手足は千切れ、頭部は胴体と繋がっているとはいえ、脳漿がべったりと地面に血液と共にしみ込んでいる――エレの無残な死体。
「――――――」
その死体を覗き込むように、術士は顔を覗かせた。
【せっかく、会話できる奴を見つけたのにぃ……】
【私は、この程度の者に負けたのか?】
真っ黒な影が怒りに燃えるように揺らめいた。
だが、それもすぐに手にしている短剣を眺めて収まっていく。
柄に流れるような筆記体の魔族の言葉で刻まれた名前を撫でると、今度は和やかに揺れ始めた。
【その武器、なんか思い入れでもあるの?】
その言葉には沈黙で返され、死霊術士は肩を竦めた。
(相変わらず、無口というか)
魔族の中でお喋りな者はほとんどいないが、この魔族は特別にしゃべる数が少ないのだ。
【じゃあ、どーするの。この後のご予定は?】
【変わらん。娘を探しに行く。アレがいたら、不死の軍勢はもっと強くなる】
昔を懐かしむように紅い瞳が揺らめいた。
【アイツはマナや体が回復させれる。優良な選別個体だ。
お前のマナもその場で回復だ。頑丈だからもし術を当てても、一度や二度なら死にはせん。
……いや、あれから数年経った。
今なら、多少の巻き添えなら死なんだろう】
娘を自慢するとは思えない口調。
【娘を仲間に入れるかどうかはまだ未定。ただ、娘探しには力を貸す。そういう契約だ】
母親らしい、とか。
保護者らしい、とか。
そういう感情論や役職ではなく「便利だから連れ戻す」と。
【あぁ、忘れてはいない。目的が達成したら、私のこの体を好きに使うと良い】
魔族らしい考えに術士は肩を竦めた。
◆◇◆
死霊術士は死体を操る。
だが、肉体がない場合は――これは魔族の間でも、解決策がない問題となっていた。
肉体を再生させることなどできない。
他者の肉体に憑依をさせても体が保てない。
【だったら魂を呼び戻し、生前の姿をマナで補完をすればいいじゃないですか】
結果――影のような見た目の死霊を造ることができた。
幼い頃の術士の同族は驚いていたが、人族が《創世記のことば》を分析研究して進化しているというのに、魔族が進化してはならないという決まりはない。
【でも、それには魂と魂が記憶している生前の姿を引き出す契約をしなければならないだろう】
確かに同族の言う通りだった。
その状態で降霊をするにあたって、大量のマナと契約が必要になったのだ。
それでも『生前の技』や『意思の有無』でその内容が変わってきた。
凍土の城主や山窩の長は『意思を持たず』『生前の技の五割程度』の降霊であるから、条件は必要が無かった。
彼らは、エレが戦闘中に感じた違和感の通り、体に染みついた動きしかすることが出来ない。
相手が来たらこう動く。
それ以外は基礎的な動きを繰り返すだけだ。
もちろん、会話をすることすらできない。
その二体とは異なり、
だから【私の館から二つが消えた。武器と、娘よ。それをまた手の中に収めるまでは従うつもりはない】と、条件を突き出してきた。
――うへぇ、長い旅路になりそう。
最初はそう思ったが、契約が履行されれば『完全な状態での降霊』になる。
つまりは、生前の技を全力で使える不死の兵士になる。
そのためならば、面倒くさい契約条件でも受け入れる価値がある。
【すべては、
◆◇◆
そんなことを思い出しながら、死霊術士はチラと
【一つ、終わった】
後は一つ。
どこかに行ってしまった家出娘の捜索。
だが、その場所は腕に《ことば》を刻んでいるから分かるのだという。
そしてそれは【人族が暮らす街に反応がある】と言っていた。
娘と短剣を掻っ攫った者は同一人物であるという話だったから、このままいけば早く済みそうだ。
【さてと……】
術士は踵を返そうとして……先程まで
【そういえば、アンタ、あの
ギロと振りかざされた殺意なぞ、意にも留めず術士は腹部を服の上から抑えて笑った。
【そっかぁ! そっかぁ。強かったもん。分かる分かる――】
あぁ、オモシロイ。
冗談ならばいい話だ。
【まぁ、どこぞの実力者ではあったんだろーさ。何か話は?】
【知らん。ただ、恐ろしく頑丈で、疾かった。……生前の私が一騎打ちで負けたのだからな】
【ふぅん】
【だが、アイツ……明らかに弱くなっていた。お前が信じられないのも仕方がない……私も分からない】
唱喝の詩人はエレの死体の方を、つ、と見て――自分の黒い手に目を落とした。
【あんな奥底の館に、あの只人が単騎でやってきたの? で、負けたって?】
【仲間がいたハズだ。もう少しで殺れるところだったのだが、座標移動で逃げていった】
【仲間? もしかして……】
勇者一党なのではと言葉が浮かび、すぐに打ち消した。
【――いや、ないか】
【どうした?】
【いいや、なんでも】
只人よりも遥かに実力が上の魔族が住まう土地に、乗り込む只人達。
――勇者一党の真似事をする死にたがりだろう。
術士は勇者一党に対して崇拝に似た感情を持っていた。
そんな彼らの最新の情報は『同族を殺すだけ殺して魔王の元から逃げ帰り、仲間を一人追放をした』で更新が留まっている。
追放したのは誰だかは知らないが……先ほど死んだ男が勇者の一党ならば、出会ってすぐに殺されているだろう。
(そうだ。そんなはずがない)
なんていったって、勇者一党は、
【……ん】
【どうした?】
【あぁ、そうだ! 少し待て、アイツを駒に加えなくては】
【やめろ。私はあの只人が好かん】
【なんで?】
術士はこてんと首を傾げた。
詩人も、首を傾げた理由が分からずに、影を揺らめかせた。
【えっ、本当になんで? 死を貰ったんでしょ? 感謝してるんじゃないの?】
【……貴様のいうことは理解ができん】
【私にはそれが理解ができない。それに、戦力はあればあるだけ良い】
そうすれば――もっと、たくさんの魂を救うことが出来る。
そう呟く術士の前へ、長い手が下りてゆく手を阻んだ。
【私を殺した者と共に行動しろと? 何の冗談だ、それは】
【冗談? なんで? これ、
唱喝の詩人とはまだ契約が済んでいないから、術士にはまだ強制力がない。
本来ならば術を解けば良いが、それすらもできない状況。
【――――開けて?】
【…………】
だが、そのただならぬ気配に唱喝の詩人は道を開けた。
【ふふ、よろしいよろしい】
鼻歌を歌い、先ほどの窪みまで歩み寄って……一つの疑問が生じた。
【――……あれ?】
凍土の城主と山窩の長がどこにもいない。
召喚は解いていないはず。
命令も下していないからどこかに行くことも有り得ない。
【……】
死霊術士が目を走らせていると――とてつもない速度でマナが消費されているのを感じた。
【なっ――にが!?】
ヒタヒタに溜まっていたバケツの底に穴が開いたように、恐ろしくも速い速度でマナが消え行く。
戦闘が終わったことで油断していた死霊術士から、焦りが溢れだした。
【おい! はやく召喚を解け!!】
すぐにその消失感が収まった。
しかし、今度は先ほどよりも緩やかな速度ではあるが、マナが減っていくのを感じた。
【攻撃か!? どこだっ! プシケー! 探知を――】
【一々煩い奴だ。今、やってる!】
――召喚している不死者が削られているのか?
――精神系の攻撃を受けているのか?
見えない敵からの攻撃に、死霊術士は
【はぁ……はぁ……っ! くそっ!
「――そんなことしなくても、出てきてやるよ」
ふと顔を上げた先にいたのは、空中に足をかけて逆さまにぶら下がっているエレだった。
【――――!?】
「ばぁ。驚いた?」
どこにも足をかけれる場所なんてないはず――……。
そんな疑問なんて抱く余地もないほど、魔族の頭はかき乱されていた。
【お前っ……死んだはずじゃ】
「あぁ、死んだよ。たくさん死んだ。久々に死んだよ」
ふっきれたようにエレは敵前で、にへら、と笑う。
【だったら――】
何かを言いかけた死霊術士の言葉を遮ったのは、その後方に立っていた
【――――――――】
唄をうたっている時の心を揺らす声ではなく、ただ怒りを声に乗せて叫んだだけ。
たったそれだけだというのに……エレの体は吹き飛んでいった。
【油断するな! アイツは――】
「あはは! すげー! そんな声も出せんだ!!」
【――頑丈、で……】
吹き飛んでいった。
確かに、そう視認した。
「あはは」
だというのに、その場に同じ格好で現れて笑った。
何事もなかったように。
【――…………】
術士の背中に悪寒が走る。
その感覚に従い、すぐさま横に立っていた
声に応じ、
【ッ……!?】
忽然と消えた。
吐く息が空気と混じり、溶けるように。
その場所にエレの姿は、もうなかったのだ。
「あー、痛かったァ。
でも、こうしないといけなかったからさぁ。
だって、お前らが死なないんだから仕方ないよな。
分かるだろ?
お前らなら分かってくれると思うんだけど」
虚空から聞こえるエレの言葉に、死霊術士は歯を軋ませる。
【お前はただの
「そう、ただの只人だよ」
【あり得ない! なぜ、死んでも生きているんだ】
「死を司る魔族にしちゃあ狭い価値観をお持ちなんだな。俺は只人だよ」
自嘲気味に発せられた言葉。
「お前らが轢き殺していった村人と何も変わらない。
弱く、脆い、ちっぽけな存在。
――ただ、その中でも俺は脚が素早く、体が頑丈なだけだ」
【そんな、訳が……】
恐れるようにエレの姿を探る術士は、一つの可能性が頭に浮かんだ。
【…………ま、まさか、わざと攻撃を受けた……のか】
その言葉には何も返されなかったけれど、もし、そうならば。
エレが、唱喝の詩人の術にハマったのも、
攻撃を受けたのも、
全ては術士のペースを崩し、
油断を誘うために――
【――――っ】
術士は生まれてきて、初めて、膝が竦むほどの恐怖を感じた。
全てが、彼の想定通りだったならば、
それは、もう、勝敗すらも決まっているのではないか。
【お前……本当に、何者なんだ】
「……さぁて、何者でしょうか」
――パチン。
エレの声が聞こえた直後、拍手に似た音が鳴った。
感覚を開けずに空間に白いモヤがかかり始めた。
数秒も経たない内に、三フィート先も見えない程の霧が村の外れに立ち込む。
「戦い方からよく勘違いされるが、俺は戦士じゃない。真正面から切りあったら、二階級下の冒険者にも普通に負けるし、技術も拙い」
明らかにトーンダウンした声は濃霧の中で、重圧と姿を変えて魔族らにのしかかった。
「だけど、俺の本職はそっちじゃない」
感情も、戦況も、地形も、全てを手の中で転がす。
エレは高揚したような笑い声を響かせ、自分の身の上を口にした。
「俺は――斥候だ」
エレ。
それは、最年少で冒険者の最上階級へと駆け上がり、
この世界に、五人といない蒼銀等級の一角となった英雄。
――そして、元、勇者一党の導き手。
そんな彼本来の戦い方は、先ほどまでの正面からの戦いではない。
「だから……こっからは、
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