不死の神の信徒③




 《場を整える者》――斥候スカウト


 罠の探知や地形把握、

 伏兵や敵戦力の調査を主にする役職ジョブ


 奇襲や隠密、ゾーンコントロールに長け、味方を状況的有利に運ぶのが主な役割だが――筆舌に表せれないほどの補えない部分が存在している。


 組む一党や向かう場所によって求められる能力が異なるのも特徴の一つだと言えるだろう。


 必要な装備は、隠密での偵察行動が斥候の行動の大半を占めていることもあり、行動が阻害をされない程度が好ましい――出典:『冒険者組合、一党構成の手引き』


 

 語れば長くなるが、一言で表すならばこれだろうか。


 ――――『飛び切りの不人気職』だと。 


 彼らは戦士ほどの膂力も無ければ、

 重装騎士ほどの耐久力もない。

 神官のような神聖さもなく、

 魔法使いのように知的でもない。


 開けた土地での戦闘能力はガクッと下がるし、

 遭遇戦については存在の必要性すら危うい。


 そう。つまり『弱い』のだ。

 

 英雄譚でも数少なく、御伽噺に登場することも少ない。

 戦闘能力も低ければ――場所を選び――日の目を浴びない。

 それが、皆が思う『斥候』という職業だ。

 

 だが、勇者一党には『斥候』が組み込まれている。

 その理由は……もはや語る必要もないだろう。



「ははっ……! どこ見てんだ?」


 

 斥候の頂点に立つ者は、濃く立ち込めた霧の中で久しぶりの戦闘に口元を緩ませた。


「魔族が四人もいて、たった一人の只人に翻弄されんなって」


 自らが巡らせた糸の中で屈み、張りを確認するようにピンッと弾いた。

 その振動で雪が落ち――そちらに警戒が向く。

  


「――――まるで成ってない。自分の能力に胡坐をかいてた証拠だ」



 確かに斥候であるエレは同レベルの者達から見て、強くはない。


 どれだけ体を鍛えていたとしても重装騎士のヴァンドには必ず力負けするし、

 真正面から手合わせをしたら可憐な翼イカロスの騎士にも戦士にも負けてしまうだろう。


 ただ、やはり、それは戦う土俵が違うだけの話。



「霧がそんなに怖いのか? 視界を塞がれただけだぞ」



 濃霧の中でも鮮明に敵の位置が見えているエレに浮かぶ表情は、戦闘への愉悦。 

 勇者の一党に選抜された彼は、自分に有利な状況を作り出すのに長けた――怪物だ。



「視覚に頼ってる奴は全員、視界が効かないと泣き叫び始める! 嗅覚、聴覚、触覚はどうした? 第六感に縋ってみろ、俺の位置が読むことができるかもしれんぞ?」



 息を吐いて笑うエレは、引き笑いでも喉を鳴らして。



「が、無理だよなぁ。

 自分が攻め入ることばかり考え、

 攻められることを想定していない。

 只人の底力を侮って、無防備に体を晒す。

 どうだ? ただの只人ヒュームに翻弄される気分は」



 枷が外れたような挑発に、死霊術士は恐れを顔に浮かべた。


 


      ◆◇◆




【――くそっ……!】


 異様な空気を感じ取り、咄嗟に城主で護りを固めた。

 その後ろで睥睨、警戒に当たっている。


 死霊術士の頭の中にガンガンと警鐘が鳴り響く。

 このままではまずい。


 何がまずい? 

 何が、まずい? 

 分からない。

 とにかく、まずい。


 焦りに思考能力を奪われ、怒鳴るように命令を飛ばす。



【――――早くこれを晴らせ!】



 その命令の傍ら、血屍の狼を影から出して霧の中に放つ。

 視界不良でも、嗅覚や聴覚はあると信じて送り出した。

 時間を稼げれば良し、位置が分かりさえすればいい。

 だが――


「ケモノか、凡だな」


 その予想はすぐに濃い霧と共に霧散してしまい……術士のかぶりの下の表情に苦いモノが浮かんだ。

 白い大地を紅黒く汚している頭部と胴体が別れている、血屍ノ狼が見えたのだ。



「嗅覚と聴覚頼り。まぁ、常套手段だ。模範的でよろしい」



 無策ではないことがわかったが、金等級の冒険者の方がもっとマシな思考回路をしている。

 エレが――この状況を作り出した人物が、相手がしてくるであろう攻撃の対策をしていない訳がない。



「で、次は!? 霧が晴れたんだ! 効くようになった視界に頼って隠れん坊でも始めて見るか?」



【――っ! やめろ! やめてくれ! 私はお前と戦いたい訳じゃない!】



「どの口がモノ言ってんだ?」 



【この口さ! 何度だって言う! 私は別にお前と敵対している訳じゃあ――】



 刹那、不可視の斬撃が魔族三体の首を飛ばした。



「いいから――早く――武器を構えろよ。戦い方を知らない訳じゃあないだろう」



 熱を持った冷えた声が、散り散りになった魔族の耳に入る。

 質問に答えを返せずにいると、それは始まった。


 

「……あぁ、そうか。あぁ、いい。……なら、戦い方を教えよう。殺しても死なないいい体をしてるもんなぁ?」


 羨むような声が聞こえた後に始まったのは――



 世界で一番優しく、

 一番安価な授業料を伴う――鏖殺だった。



 風の切る音が聞こえ、影が飛沫のように散った。

 そこからは、もう、正義も悪もごちゃまぜの光景だった。

 ただ、エレのことを英雄だと思う者はいないだろう――そう思うほどの、有様だった。


 

 まずは脚だ――逃げる時に痛むように。

 次は胴体――ここはどれだけ切っても死なないからと。

 再生した首――視覚を奪えば、統率もままならない。

 逃げようとした手足首――動かれると狙いづらいから。


 切って。


 潰して。


 毀して。




「――――どうした、無抵抗じゃないか。教え甲斐のない」




 またもや風を切る音が聞こえて――

 ようやく、がなるような金属音が打ち消した。


【――――】


 凍土の城主が、大楯で不可視の攻撃を防いだのだ。


「……盾の構え方から教えないといけないかと思ったぞ」


 どこから聞こえてくるか分からないエレの煽りに、術士はかぶりの下の目を走らせる。


【……どうしたらいいんだ…………】


 場所が分からない。

 どんな攻撃を、どこからしているのかも分からない。

 見つけようにも聴覚も嗅覚も意味がない。

 ましてや実力がある者でないと戦闘にすら持ち込めない。


 無闇に手駒を召喚したらマナが消費されるだけ、エレの思うつぼだ。


【どうしたらいい……!】


 大楯の後ろで爪を噛み、思考を回し始める。

 先程の流れ落ちる喪失感の正体が何なのかも分からない。

 エレの姿が見えなかった理由すらも分からないのだ。


 ――ヒュッ。


 しかし、その閉塞的な空間が開放的なものと変わった。



【え】



 術士の思考は強制的に打ち切られた。

 その原因はすぐに眩い光と共に目に入って来た。

 護っていた凍土の城主の影が、崩れ落ちていたのだ。



【なにが……起き……た】



 突如として村外れの鬱蒼とした白く塗られた木々が視界いっぱいに広がり、術士は恐れるようにたじろぐ。


 目を走らせる。

 けれど、どこにもいない。



【――ッ!! お前は、なんなんだ……っ!?】



 すぐにマナを注ぎ、再び護るように大楯を構え直した影。

 

 


【なん――っ!?】



 思わず瞳に陰をかける――が、それは陽光などではなかった。

 目の前に立っていた凍土の城主を頭の先から足元までを貫く、白い燐光を纏う光の柱。


 悪を断罪するため、神が天より下した光。

 それは紛う方なき、神の奇跡だ。



【でたらめだ……】



 神の奇跡。

 術士は、それを使える役職を把握している。



【なぜ、奇跡が使えるんだ。お前は神官では】



「使えないとは言ってないだろ」



【だとしても】



「斥候は求められることが多いんだ」



 言ったろ、これが斥候の戦い方だ。

 怯え切った様子で後退りした術士に、エレはくつくつと笑う。



「まさか、杓子定規の戦いをするとでも思いこんでいたのか? 

 罠を探知し、

 外して、

 小さな武器で敵と戦って……って?」

 


 斥候は、場を掌握することに長けた職業だ。

 そのために使う道具は、豊富であればあるほど。

 思いがけないものであるほど――相手を掌握する。


 エレの言葉に歯を軋ませるが、その間にも光柱に触れている箇所からマナが浄化するように削がれていくのを感じ、

 

【くそ――】

 

 城主の再生を打ち切って召喚を解いた。



「――で、盾を手放していいのか?」



 エレの言葉が聞こえると、術士の体は無数の斬撃が襲った。

 そして、雪の上で這うように体を再生しようとしたところに、断罪の光が差し込む。



【――――――っ】



 声にならない叫び声が空間に木霊した。


「どうした? 痛みなんて感じない、良い体なんだろう?」


 冷えた目を向けて、針のような短剣を光に照らした。


「……攻撃も、護りも、時間は用意したっていうのに」


 やられっぱなし。

 だが、いくら攻撃を繰り出せど、ズズズと凍土の城主と同様に体を構築していく。

 

 あぁ、本当に、良い体だ。

 妬ましい。




      ◆◇◆




 ――――だが、それを有効的に使えていない。


 実体がない。

 手応えがない。

 奇跡すらも一時的にしか効かない。

 ということは、ゴーストの類ではない。


「…………やっぱり」


 ふぅむ、と遠い木上で思案に耽るように体を止めた。


 ――――目覚めたてノービス……か?


 戦闘能力が高く、ポジショニングも完璧。

 そして、術者本人も死なない。

 召喚できるのは魔族で、生前の技が使えて。

 援護兵として骸骨を置くのも悪い手ではない。

 

 だが、それを使い切れていない。

 正解にまで一歩届かない使い方だ。



 そのギャップこそが違和感の正体だった。



 素を引き出そうと脅迫めいた追い詰めをしてみても何も変わらなかった。



「…………気持ちわりぃ」



 こうも一方的な試合展開になる訳がないのだ。

 魔族が四人。

 それも、まだ最大数であるかも分からない。


 これだけでも、只人であるエレが攻勢になる理由がない。


 本当に、戦う意思がないような――……。


 ――いいや、それはないはずだ。


 その思考は、戦闘において一番してはならない。

 油断はどんな敵よりも強大で、思慮深い相手なのだ。


 術士は教本だけをなぞって知識だけを蓄えている。

 それを実践で活かしきれていない。


「…………ふぅ」


 そう片を付けて体をのそりと動かしていると、術士は何かに気が付いたように顔を勢いよく上げた。



【……お前。いや、あなたは……まさか、勇者一党にいた、か……?】



「あ?」



 突然、何を言い出すのかと途中で動きを止め、再生が終わっていた術士を遠目に眺めた。




      ◆◇◆




 その先にいる死霊術士は、エレのこれまでの行動を自身の記憶の中の情報と照らし合わせていた。


【いや、いたに決まっている……! 

 だって、そうだ……おかしいと思ってたんだ】


 地面を抉る程の唄を喰らったというのに、何食わぬ顔で立っていた。


 その時は、ただの強者であると思っていた。

 村を護っていた衛兵などではなく、街を護る門番のような者であろうと。


【最初は、確かに……ちょっと下に見てた……いや、下には見てない。横? 横っていうのかな!? 多分、うん、そうだ。上でもないから! いいや、そんなことが言いたいんじゃなくて――】


 しかし、唱喝の詩人ムシクスから【あの只人と戦ったことがある】と聞いた時、一瞬だけ「勇者一党」の名前が頭に浮かんだ。

 その時は、否定をした。

 そんな訳がない――と。


【いたんだろう!? いや、いたんですよね!? !?】


 こんな場所に勇者一党がいる訳がない。

 いたとして、こんなに弱い訳がない。

 だって、彼らは不死の神に愛されているのだから。


 そんな湧き出ていた疑いが、術士にとっては嫌な方向の確信へと昇華していく。


 

「まさかあ、俺はただの只人ヒュームさ」



【凡人だとォ!? 惚けるなっ! 惚けないでください! おま――あなたは強い! 今まで戦ってきたどんな只人よりも!】



「おー……? お? なんで急に。褒められてんのか、これ」



【褒めてる!! いや、ます!】



 黒布で視覚を遮断しているというのに、

 戦禍を不自由なく潜り抜ける。

 その者は、戦闘力は低い『斥候』という職業の完成形と聞いた記憶がある。


 弱くも強く。

 波のように穏やかで、嵐のように牙をむく、と。

 出会ったら最後、執拗に追いかけ回されるという話も聞いたが……。



【見た目もそう言えばそうじゃないか!! 

 なんで気が付かなかったんだ私ィ!】



 術士は髪を掻き毟る。

 気がついていたら、もっと……こう!

 色々としたというのに!!


 容姿もそうだが、たとえ攻撃を受けたとしても、何事も無かったかのように戦線に復帰することが出来るという話。


 全て、あてはまっている。

 全てだ!


 術士は身に着けていたローブの裾に皺を作った。



【だから、やっぱり、そうなのだろう!?――そう、なんですよねっ!】



 声に尊敬の念が混じり、術士はガバッと手を広げた。

 まるで、体全体で気持ちを伝えようとしているようだった。


 ただでさえ、勇者一党に興味があるというのに!

 本当に死なないとは、よもや、思いもしなかった!


 だが、やはり、こうも目の前で現実を叩きつけたら彼の名前を疑うことなどもはやできない。

 死なずに、一党を導く灯火。

 憧れの人を目の前にして笑みを浮かべる術士の頭に、そんな彼の二つ名が浮かび上がった。



【ねっ! 勇者を導く灯火ともしび――《不絶の灯火プロシオス》様!】



 戦っている相手は――あの、勇者一党の導き手。


 それは魔族の撃退数が最も多く、

 魔族の中で最も脅威とされる只人だった。

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