秩序の神殿



 善なる神が作りしものが、時を経て人族となりき。

 悪しき神が作りしものが、時を経て魔族となりき。

 両者に違いこそあれど、憎しみあう要などなし。

 かたみに憎むよしは、一つならむ。

 いづれかが正義と言ひいだせばなり。

 


 そう話す高位神官は、どの村にいた者だったか。

 他の神官から邪教徒だと罵られいたり、目覚めたてノービスだと揶揄されて、撤回するように強要されていたが。


 エレは、そう非難されるような言葉ではないと感じた。


 比較的最近の記憶であるから、魔王に取られた領地の近くに構える村のどこかだとは思うが、名前までは思い出せない。

 それ以前に、名前を聞いていたかどうかも分からない。



(金髪で、美しい顔立ちの女性だったのは覚えてるんだけどなぁ……)



 そう思い、ゆっくりと目を開き、眩い光に目を細めた。




 ここは、アレッタの付き添いで来た神殿。


 黒というものが入り込む隙がないほど、白で統一された場所だ。声が響くほど広いこの場所は、美しくも荘厳で、腹の下がふわりと浮くほどの緊張感を感じさせる。


 王城にも似た雰囲気があるが、あそこにはまだ俗のようなモノが入り込む余地があった。


 エレの言葉で言うならば、穢れを知らぬ処女、のような場所だ。

 清らかな花園。

 純粋無垢な空間。


 磨かれた白石は季節のこともあってから寒々しい空気を放ち、地面から天井まで伸びている白い列柱は、この世にいる神官と人が認知できない空間に座す神を繋ぐ『信仰を具現化』したように、一本一本が重々しく、力強く――……。



(天井を支えてるな、ありゃあ)

 


 そんな神聖な場所で、エレは壁にもたれかかるようにして神殿長の話を盗み聞きをしていた。


 神官であるアレッタは、訪れた場所の神殿に顔を覗かせる必要がある。

 それも、これから長らくお世話になる場所なのだから、色々と話をしていなければならないだろう。


 神殿長からの話は複雑に思えて、至って簡単であった。

 神の加護がどうである、とか。

 一部は神官とモンクをしていることへの話だったが、そのほとんどが確認事項だった。


 アレッタは本当に善なる神に仕えし教徒なのか、という確認だ。

 神殿側としても、邪教徒が入り込むことを問題視しているのだろう。


 それが終われば、お祈り、の時間が始まった。これもアレッタへの確認のためだ。

 けれど、少なくともエレは、アレッタが祈りを始めてからすぐに必要ないと感じた。



(……おぉ)



 胸内で、思わず声が零れる。


 片膝を着き、手を組んで祈りを捧げているアレッタの姿は、とても堂に入っているように思えた。


 普段の、俗っぽい雰囲気や情欲の塊のような姿からは想像がつかないほどの姿に、エレは思わず目が奪われる。


 神を崇拝する信徒ではなく、神様の遣い。

 神に愛された子。

 そのような言葉が相応しい程の姿。

 しばらくの間、見入ってた祈りの姿から視線を外し。


 

(……あんな神官様の奇跡を独り占めできるって、どれだけ贅沢なんだろうか)



 そう考えると、エレはまた瞳を閉じた。

 神殿での手続きが終わるのは、それから二時間ほど経った後だった。

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