ちっぽけな冒険譚⑥

 



 その日は、大忙しの日でした。

 ヤケンの依頼から、大男に絡まれ、そのまま大忙しで腹ごしらえをして――宿屋に泊まりました。


 その部屋が、なんと! 

 エレと同じ部屋だったのです! 


 部屋が一つしかない、と言われた時はアレッタは受付台の下で見事なタップダンスを踊りました! 

 こんなにいい日は、そうそうないでしょう! 


 ベッドが一つしかない! 

 あぁ! これは、もう、そういうことなのでは!


 けれど、エレは床で寝始めてしまいました。

 これにはアレッタの頬は不満で一杯になりました。

 汗臭いだろう、とか。

 世間体がどう、とか。

 そんなの腹の足しにならないのだから、気にしても仕方がないことだというのに。



 そんな一日を終えて向かった先は冒険者組合でした。



 エレのことを思い出したらしい受付嬢は氷が解けたような表情だった。後頭部を毎秒殴られてるのかと思うほどペコペコして、


 あれはイヤシイ女だ!


 金等級の依頼の達成報告をしようとしてるのに、全く受理をしようとせずに伸ばそうとしてたんだ! 


 口説こうとしていた男が後ろでイライラしてた。

 どうでもいいけど!


 それでようやく受理されたら、同じ大男が銅等級の認識票をぶら下げて現れたんだ!

 また追いかけてきた。

 今度は二人で逃げて来た。

 建物を縫って、走って、川を飛んで! 空も飛んだ!


 アーーー楽しかった!



「――デス!」



 殴り書きした日記から顔を上げて、アレッタは元気よく報告を終えた。



「なるほど! 冒険譚ですね!」


「どこを聞いて、そう思ったんだ?」


 手綱を握りながら器用に拍手するマルコに、エレは溜息をついた。

 

「それでも、たった二日で冒険譚を綴れるなんて……さすが英雄のお仲間さんですね」


「子どもの絵日記の間違いだろ」


「いえいえ、そんなことは。単純に羨ましくて……。特に、大男をエレさんがボコボコに殴って天高く蹴飛ばしたところなんか、この目で見て見たかったですねぇ……」


「嵩マシ話だ。鵜呑みにすんな」

 

 あら、そうでしたか。マルコは楽し気に笑った。

 



     ◆◇◆




 ヤケンの住処を訪れ、次の日には冒険者組合に依頼の達成報告をしに行った。

 エレが付いていたら色々と面倒ごとが起こるだろうから、エレは別のことをしていた。



「被害報告が収まるまでは、依頼を達成にできません」



 受付から頑なに却下された声が聞こえてきたと思うと、後を追うようにアレッタの悲鳴が組合中に響いていた。

 けれど、アレッタは『ヤケンの退治』を証明するモノを用意をしていたのだ。

 今度は受付嬢の嫌悪感溢れる叫び声が聞こえた。


(アレを出したな……)


 ヤケン退治の証明書。それは『肉球のサイン』だった。泥に浸した肉球を依頼書にポン! としたもの。

 その傍には野犬の『鼻のサイン』も添えられていた。


 両方とも乾燥していたが、ニオイがどうもきつい。

 受付嬢が悲鳴を上げるのも不思議ではない。


 しかし、思いつきにしては上出来だと言える。

 今までの冒険者とは一風違った報告に受付嬢は戸惑っていたが、上司と話し込んで、結局は達成と受理をして給金をアレッタに渡していた。

 


「ヤッターー! エレー! やったヨ!」



 元気な声が駆け寄ってきた時、エレも別件が丁度終わったところだった。

 するべきことが終わって帰ろうとして――エレはアレッタの手を引っ張って駆けだした。

 その後ろを追いかけてきたのは、エレを見つけた十数人の冒険者だった。




      ◆◇◆




「それにしても……エレさんを異教徒だなんて言う不逞な輩がいるとは、中々世知辛い世の中になりましたねぇ」


 マルコは皮の手綱をぴしゃりと打ちながら、そう言った。

 どうもアレッタに絡んだ男がエレを馬鹿にした時の言葉が頭に残っていたらしい。


「せちがらい? からい?」


「激辛ですよ、アレッタさん」


「ワァ……ワタシは甘いのが好きかモ……」


「私もどうせなら甘いのが良いですねぇ。エレさんは?」


「俺は美味けりゃなんでもいい」


 会話を拾う人が違えば、ここまで発展する方向が異なるのか。

 マルコもマルコで、アレッタに合わせて会話をするからよく脱線している。


「あ、そうそう。で、さっきの話ですが――」


「知らなくても仕方がない。俺は別に来歴をおっぴろげにしてる訳じゃあない」


「いやぁー、それでも精通した吟遊詩人トルバドゥールに出会えば、エレさんの来歴は聞けそうなものですが」


 私は聞きましたよ? とマルコ。

 あんたは色んな街を行き来してるからだろ、とエレ。


 吟遊詩人は人の冒険譚や英雄譚を各地に広める詩人のことを指す。

 エレの武勲などを詩にして広める時に、○○で育った~などを触れると思うのだが、中々、そこまで話す吟遊詩人はいないらしい。


「エレさんの戦う姿を見せたら分かるかもしれませんよ。私も一度しか拝見したことがないのですけど」


 お披露目会でもしますか? 

 昔のことを思い出すマルコの顔は商売人の顔になっていて。


「残念だがそれはできんな」


「そうなんです? 何か、取り決めとか……」


「いや、体が。動きのキレが悪いんだ」


 服をまくり上げて包帯だらけの上半身を見せた後、胸元で光っている綺麗な青銀等級の認識票を見せるように持ち上げて、へ、と笑った。


一旗アルスだ、青銀等級だーって持ち上げられるような男じゃない。今はただの愚鈍で、ボロボロの男だ」


 戦えっこないさ。そう言うと、エレは服を着直しながら猫のようにちょこんと座った。


「そうですか……それは」


 マルコの顔が申し訳なさそうに色を失っていく中、


「――――エレって、神官なノ?」


「……話聞いてたか?」


「ウ……? ウン!」


 さっきまで美味しそうに牛串を食べていた者が、話を聞いているはずもない。

 説明しても十秒後には忘れているだろうからやめた。

 止めたら止めたで、アレッタの頬には不満が溜め込まれていく。


「エレさんは神官ではないですけど、そういうところにいたんですよね?」


 不満が頬から飛び出してくる前にマルコが助け舟を出した。


「そういうトコロ……?」


「俺の出身は色々と複雑だからな。お前に言っても分からんと思う」


「アレッタさん。別に神官じゃなくても神様の話はするじゃないですか。昔からの慣習で。自分の年齢が二桁になる頃に決めることで」


「ア!! 守護神!?」


「「おぉ……」」


 神官ならば知っていて当然のことだというのに、アレッタから飛び出してきた常識に二人は安心をした。


 守護神関連の話は、少し古めかしい話ではあるがそれでも根強く残っている。

 もちろん、神官の奇跡のような「目に見える変化」はない。

 仕事の前や何かあった時に祈るという――日常的に行われるものがほとんどで。


「じゃあ、エレは守護神を決めてるから……異教徒じゃなイ?」


「っていう訳でもないんだな、これが」


 アレッタは口を尖らせたまま、首を傾げた。

 聞けば聞くほど、エレが何者か分からなくなっていく。


「言ったろ、複雑なんだって」エレはアレッタに構わず、御者席にまで移動し、マルコの横に座った。


 前面からの寒風が直に当たって、エレは肩を縮める。


「話さないのですか?」


「話す必要がないからな。どうせ、麗水の海港パトリアに着けば……あーーー……分からんかもしれんが、話すこともないだろ」


 エレはあまり自分のことを語りたがらない。

 それでも、知ろうとしている者に教えないのは不親切な気がする。アレッタはいつも誤魔化されてばかりだ。


「私は、立派な少女だと思いますよ。……飽きさせない才能も御持ちで」


「そう思うなら、弟子にでも取ってみたらどうだ?」


 遠回しに「教えてあげたらどうですか?」と臭わせてみても、エレは何でも見抜いてくる。


「エレさんの隣が似合ってますよ」


「そーかね」


「ナァニ?」



 後ろでエレの分の牛串を食べていたアレッタが、頬張りながら前に出てきた。



「なぁんでもねぇよ。喉に竹串が刺さんぞ」


「エレが言ってた、ワタシがオモシロイ奴って話?」


「俺、そんなこと言ったか?」


「言ってタ! すぐに照れてたケド!」


 口に物を含んだまま喋る神官。

 食べかけの牛串をエレは取り上げて、口に運んだ。アレッタの悲鳴が聞こえた。


「エレさんが照れてた? いやはや、アレッタさん。それは、冒険譚どころではありませんよ! 英雄譚級のお話です。そこを、もうちょーっと詳しく……」


「……牛串一本で話しマス」


「英雄譚を牛串で変えるのならば!!――あ、そうです! 先ほどの街に戻って、肉を卸している業者と契約を――」


 こうして、エレの前で交渉が成立をした。


 マルコはエレの生態を調べている学者のように活き活きとアレッタの話を聞き、アレッタはマルコから貰った牛串を食べながら饒舌にエレのことを沢山話した。


 エレは実はワタシの母親で――から始まり、父親で、兄妹で……と、今の所アレッタの親戚は全員エレになっている所だ。


 こんな素晴らしい話をどうかマルコが信じないでほしいというのが、エレの頼みだった。

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