麗水の海港①




「……う、寒い」


 太陽が真上に昇り、建物の影が雪の積もる地面に突き刺すように伸びている。

 訪れた時は街路も空いていたというのに、どこに隠れていたのだと思うほどに人が溢れている。


 ここは《海蜥蜴ノ街》から遠く離れて南東にある《麗水ノ海港》。

 一般的には《水の都》と呼ばれる土地だ。


 その街の魅力といっては、やはり最東部に位置するご立派な神殿だろうか。

 秩序の神殿の中でも随一の大きさを誇るらしく、高位神官も多い。

 もちろん、エレにとってはこれっぽっちも魅力に感じないのだが。



「オイ聞いたかよ……東にある村がモンスターに襲撃されて、壊滅したらしいぞ」


「はぁ? 嘘だろ。この前俺らがいたとこ――」


「馬鹿、そんなでけぇ街じゃねぇよ。ほとんど村みたいなところさ」



 冒険者の話声を聞きながら、エレとアレッタは白い地面を歩いていた。


(最適化された無駄のない装備。あいつらは、多分……)


 微かに見えた金色の等級を見て、目を外した。


 この街は、戦士たちの水準が高い。

 ということは、敵も強いということ。


 魔王が占領している土地が東にあるから、東に行けば行くほど敵が強くなるのは当然と言えば当然だ。


「幸いなのは、魔族の発見報告はあまりないこと……か」


「魔族? モンスター? ヤケン?」


「アイツらは、浮上なマナにあてられたイヌが凶暴化した奴。魔族はまた別」




 魔物。モンスター。

 それは魔族らが作り出した怪物だ。



 この世界では、東に行くにつれて魔物の数やレベルが上昇をする。

 魔王の力が及ぶところは強く、

 遠く離れたところは弱く。

 現に、西にいる魔物は瘴気に中てられた動植物が変化したものがほとんどだ。


 

 何もない真っ白な紙面に水に浸した絵具を落とすと、中央が濃い色に染まるが端はほとんど白と変わりないのと同じだ。

 魔王の力とて無限ではない。


「魔族と会う機会なんかない方がいい。アイツらは強いからな」


「エレよりモ?」


「あぁ。今の俺はよわよわだからなぁ」


「じゃあ、昔のエレなら勝てル?」


「んーーー……そりゃあ――」

 

「――あ! エレさんこちらですー!」


「お」


「オ」


 早朝から真昼まで待たせてしまった行商人ホーカーのマルコのもとに行き、挨拶を交わした。


「長旅、ご苦労様。これ口止め料な」


 財嚢からチャリっと取り出されたカネを受け取り、


「はい、しかと受け取りました」


 一度、懐に入れて――同じ額のカネを取り出してエレに渡した。


「といっても、蒼銀等級の冒険者と金等級の神官を雇えたのですから、いいビジネスでした」


 ふふ、と笑うマルコ。

 エレがジィと無表情のまま見つめているが、アレッタは何をしているんだという顔で二人を交互に見つめた。


「……?」


 全く無駄なやり取りだが……マルコなりの気遣いというか、

 行商人である上で必要な価値観というべきか。


 口止め料を貰い「貴方がたと旅路を共にしたことは公言いたしません」と示し、「お二人を無償で雇うなんてカネを回す行商人として失格です」とも示す。


「……黙って受け取ってはくれませんかね。貸し借りはあんまりしたくないんだ」


「ならば、これでトントンですね」


 冒険者と行商人が共通の認識をもてる訳もなく。


「アンタがそれでいいなら、いいがな。……後でやっぱりって言われても返さねぇぞ」


「はて、なんのことでしょうか」


 当然のことをしたという表情で、首を傾げる。

 何にでも価値を付けたがるのは商売人ならではか。



「いつから、そんなになったんだか」



「エレさんが魔王領に行っている間、物流とカネだけは止めませんでしたから。それでしょうなぁ」



 今度は、大仰にははと笑って見せた。

 出会った時の弱々しさはどこかに吹き飛んだらしい。


「あ、そうですそうです。エレさんの荷物は指定された家屋に運び入れておきましたよ」


 と言っても、広間に並べただけですが。

 そう言い、マルコは鍵をエレに返却をした。


 アレッタやエレが神殿で時間を費やしていた中、商品を卸した次いでに引っ越し業務までを熟してくれていたらしい。

 

「遠いからいいって言ったのに」


「平和の恩恵を受ける国民の一人なのですから、英雄様の荷運びくらいはさせていただかないと」


 エレの現状を知ってまで『英雄』というのは謙遜通りこして皮肉と捉えられるかもしれない。


 しかし、マルコは彼らがどのようにして魔王を倒そうとしていたかの一端を知っている。

 そして、彼らに助けられた国民の一人なのだ。

 だからこそ、言うのだろう――英雄、と。

 

「では、アレッタさん。また」


「ン」


「エレさんも。……アレッタさんはいい子ですからね」


「……」


 そうだな――と小さく言うと、マルコは満足げに馬を走らせて駆けて行った。

 その場でマルコとは別れると、話に着いてこれてなかったアレッタはぽかんとしたまま。


「……んじゃ、さぁて、とだ」


「オ?」


「神殿に挨拶も済んだことだし、俺らも目的地に行くことにするか」


「オー!」


 高々と手を上げていたアレッタが手を下ろして「どこに?」という顔をしたのを見て、エレは簡潔に。





      ◇◆◇




 エレはアレッタを連れたまま《麗水ノ海港》の冒険者組合本部を訪ねた。

 内装は《海蜥蜴の尻尾》の組合を少し上品にしたような感覚。

 荒くれ者が多い冒険者にはなんとも馴染みにくい雰囲気を放っているが……。


「さぁてと、どこにいるのやら」


 エレは深く外套をかぶり直し、食事処に目を通す。 

 この街はやはり貴族かぶれのような顔立ちの者が多いように思える。

 雰囲気としては、《海蜥蜴の尻尾》がドワーフで《麗水の海港》がエルフといったところか……。

 

 そうしていると、食事処の奥から手が一つ高く上がって。



「おっ、こっちこっち~。


「……おいおい」


 その言葉に皆の視線が集まるが、すぐに興味が無くなったのか食事や談笑に戻った。


「はぁ、まったく……また囲まれるかと思ったぞ」


 もちろん「有名人」呼びは皮肉だろうが、呼び出していたのはエレの方だから寛容な態度で返事を返した。



「どうも、有名なへっぴり腰です」



 その言葉に集まっていた全員が朗笑をした。アレッタだけは面白くなさそうに顔をムッとさせたのだが。

 冒険者組合の卓に座ってエレ達を待っていたのは、重戦士一人と、騎士一人、魔法使い一人、斥候が一人の合計四人。



「で、今日はどうしたんだ? 兄貴。急に話があるって言ってきて」



 集まっていた四人の内、黒髪を短く刈り揃えている重戦士が座っていた椅子を反対に向けて、その背もたれの上に腕を組んで聞いてきた。


 年齢はエレよりも若いが、体格は女性だというのにエレよりも大きく、屈強だ。

 まるでヴァンドを女にしたような雰囲気だが……そうだ、彼女はヴァンドの妹だ。



「あ、エレ殿、しばし待て。当ててみせよう!」



「まちませ~ん。な、要件を聞かせてくれ――」



「当てると言っているだろう、愚か者ォッ!」



 そう言って女戦士の口に机の上にあったパンをねじ込んだのは女騎士だ。


 どこぞの王国の姫と言われても納得してしまいそうなその見た目とは裏腹に、口調は先の通り荒々しい。

 切れ長の目にかかるような長いミルクティ色の頭髪をしており、

 その頭部に被っているであろうヘルムを卓の上にドカッと置いている。


 白銀の鎧に、白銀の剣、白銀の盾。

 彼女は神官やモンクとは別の職業、聖騎士パラディンの一人だ。



「――おっぱい、デカイ」



 その聖騎士の胸部を見て、アレッタは自分の胸をペタペタと触り出した。


 

「エレ、大きい方がイイ?」



 エレは聞こえていないふりをしたが、確かに見ない間に、胸部が急成長をしていたらしい。

 以前あった時は、もっとただの鉄のようなモノを身に着けていたはずだが……。

 


「まぁ、どうせエレさんのことですし、また変なことですよ。きっと」



「いいや、当てると言えば当てるのだ。一度決めたことは折らない、それが騎士道なのだからなッ!」



「うへぇ、めんどくさ」



 騎士に対して茶化すような言葉を向けているのは、黒い装束の女魔法使い。 


 白髪を大きく隠すハットは他の魔導士が着けているものよりも大きく、ハットの先端は重力に抵抗をしたためにだらんと力なく倒れ込んでいる。

 そのブリムは魔法使いの童顔を隠すほど大きい。


「まぁいいや。――エレさん、先輩は元気にしてた?」


「今は、研究室で本と暮らしてるんじゃない?」


「っぽいなぁ。英雄譚とかじゃ、多分嵩マシの話ばっかなんだろうし、今度ゆっくり聞かせてほしいよ。大先輩の武勲ってのを!」


 先輩とは、ルートスのことだ。

 彼女は同じ魔導学院の出身ではあるが、彼女は学院を出て研究職へと進まずに冒険者の道を歩んだ稀有な例だ。


「それはそうとして、面倒くさいとはどういうことだ!」


「そう言うところが面倒臭いって言ってるのよ」


「なにおぅ……」


 頭髪だけが白く、女騎士とは相対的にほとんど黒で装備を統一している。

 耳にしている獅子の形を模したピアスも、白銀とは相対的な黒金色のモノで。

 仲間だというのにお互いがお互いを意識しているらしい。



「まっ、いいじゃんさ。騎士は折れないのが魅力だもんね」



「さすが、分かってくれるな!」



「そんなそんな! 分からないから、こっちが折れただけだよ~」



 手をパタパタとさせて、はんなりとした様子で毒を吐いた女性は茶髪の女斥候。


 エレと同じ職業のため装備と言ってもそんなに変わりはない。   

 皮鎧と頸巻きがあるかないかの違いだろうか。

 もちろん、女斥候のには丁寧に《ことば》が刻まれて、見た目以上の耐久性があるのだが。


「それにしても、お久しぶりです。エレさん」


 一瞬だけアレッタの方を見て、すぐにエレに視線を戻した。

 

「あぁ、元気そうで何よりだ」


「それはこっちもですよぉ~。無事で戻ってきてくれて、ほんま助かりました」


 彼女は、他の三人とは違って完全武装の状態だった。

 全体的に黒々しい緑色や灰色で統一をされており、一党の先鋒の役目を全うするために隠密に長け、かつ必要最低限の装備で留められている。


 ――背もたれにかかっているのはフード付きのマントか。

 

 エレの視線に気づくと、ニマとした笑顔を浮かべた。


「昔に言ってもらった言葉、しっかり覚えてますから」


「役に立っているなら良かった」


 単独で任務を遂行する際に色白の肌を露出させたら、例え暗がりだとしても目のいい魔物に勘付かれる可能性がある。

 それを極力減らすために比較的、風景に馴染むような色の選択だ。



「それで、エレ殿は此度はどのような私達で我々を集めたのだ? 私としては、ただただ会いたくなったから来たものだと考えているが、どうだ?」


 腕を組んだ中で、人差し指だけを器用に立たせる女騎士。


「そんなわけねーだろ、あのエレの兄貴だぞ? 仕事以外で呼びつけるわけねー」


 椅子にもたれ、手をヒラとさせる女戦士。


「エレさんは、まぁ、そういう人ですもんね。ビジネスライクというか、なんというか」


 苦笑いを浮かべながら、座り直す女魔法使い。


「あはは。みんな失礼やねぇ。エレさんはうちらよりも二つも階級が上の冒険者なのに」

  

 口元だけを笑わし、目で他の三人を見やるのは女斥候。




 勝手に盛り上がり、勝手に諫め合う。

 女三人寄れば姦しいとはよく言うが、四人集まればなおのこと。

 一通りの騒ぎを起こすと、

 女斥候と女魔導士が我に返り、

 ギャアギャアと騒いでいた女騎士がピタリと涼やかな顔を取り戻し、

 女戦士がハッとした顔で椅子に着席をした。

 

「オッホン! じゃあ、本日の要件を聞かせてくれよ、兄貴」


「あぁ。もういいのか? もう少し続けていても構わないぞ」


「いや。さすがに兄貴を目の前にして……なぁ?」


 女戦士が他三人に同意を求め、しれっと無視をされて「おいっ!」と涙目で噛みつこうとする。

 それもすぐに落ち着いて、しおしおとした様子で。



「はい……頼みます」



「じゃあ話をするね」



 というと、強引にアレッタのフードを引っぺがした。

 白くて蜜柑色の少女神官が出てきたことで、四人はワァ! と珍しくも可愛らしい物を見たように声を上げた。


 アレッタは一気に入って来た情報量にどぎまぎし、フードをかぶり直そうとして――



「単刀直入に。この子の名前はアレッタ。こいつを一党に入れてやってほしいんだ」



 突然の申出に、四人は目を丸くして驚いた。

 アレッタはぶんぶんと首を横に振ってエレの服を掴んだ。

 

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