麗水の海港②





 近年、例を見ない昇級速度で金等級になったアレッタ。


 それは実力だけでなく、人間性も冒険者組合から認められたということだ。

 そんな華々しい実績の経緯を冒険者組合に問い合わせたところ――ヴァンドがお節介を焼いていたことが分かった。


 アレッタを冒険者組合に初めて連れて行き、登録させた日。

 エレと別れた後、たまたまヴァンドと街中で遭遇したらしい。


 結果として、ヴァンドが建てている「冒険者での共通の目的をもっている集団」――俗称で言うところの《クラン》が有していた依頼を横流ししてもらい、金等級ほどの依頼を受託、達成。



 いや、達成したならいいが……ヴァンドならば、依頼すらもさせていない可能性がある。



 これは、大問題だ。



 あくまでも「依頼主」が「クランを信用して、依頼を発行する」のであり、それをクランにも所属しないアレッタが受託するのは捉えようによっては罰則ものだ。


 いや「捉えようによっては」ということは「グレー」で「グレー」ということは実質「ホワイト」なのだが。


 モラルや世間体的に考えると「ブラック」だ。




      ◆◇◆




「正直、俺はアレッタの実力を信じていない」


 卓に座り、生真面目そうな顔でそう言い切った。

 そう、言い切ったのだ。

 本人アレッタの頭に手を乗せたまま。


「あのぉ……それは、どういう」


「アレッタは金等級の冒険者で、神官プリーストだ」


 四人から目を向けられ、アレッタが胸元から金等級の認識票をあせあせと取り出して見せた。


 確かにそれは鈍く黄金色に光っている認識票だ。

 四人がそれを目視したことを確認したエレは「だが」と口にして。



「銅等級から二日で昇格したという、異例の経歴を持っている」



 その言葉には三者三様――四人いるから、四者四様か――の反応を示した。



 女戦士は「はぁ!?」と疑問を持つようにアレッタを眺め。

 女騎士は「ほぉ」と見立てがあると顎に手をやって。

 女魔法使いは「はぁーん」と納得して椅子にもたれかかり。

 女斥候は「んふっ」と思わず笑みをこぼしてしまった。



「つまりは、その子が私達のクランの依頼を使って、ブーストした子ってことでいい?」


 女魔法使いがアレッタを嫌そうに見つめながら聞いた。


「ああ。その認識でとりあえずは間違いない」


「ってことは――」


 言いかけた女魔法使いの発言を遮るように、女斥候が目を細くしてアレッタを見つめて。


「――実力を確かめてほしいっちゅー話かな、エレさん」


「話が早くて助かる」


 コクリと頷いたエレの反応に遅れて、女戦士と女騎士が口を揃えて疑問を呈した。


「つまりは、どういうことだ」


 同じ一党の二人から冷ややかな目を向けられるが、彼らは脳までもが筋肉になってしまっているのだ。小難しい話の流れを読めずに置いてけぼりを食らうのは仕方がないこと。


 そして女魔法使いが人指し指を立てて、説明口調で話す。

 これがいつもの流れだ。

 


「何か月か前に、私達が所属してるクランから金等級向けの依頼が無くなってたでしょ?」



 確か、海蜥蜴ノ街付近の依頼だったかな。確認するようにエレに目線を送ると、頷かれたので話を続ける。

 


「おかしな話だと思ったの。だって、私の認識に漏れが無ければ、あの街にクランメンバーは滞在をしていない。その依頼を達成するために、近くの街から冒険者を何人か派遣をしていたと聞き及んでいたわ。

 が、すぐに「道中で組合から連絡があった」「受けようとしていた依頼が誰かが受けたらしい」っていう意味の分からない言葉を添えて報告をしてきたわ。その時はびっくりしたわよ、だって――」



「ちょっと、ゆっくり。ゆっくーり。頼む。今分かろうとしてる」



 女騎士が先生に教えを乞う学徒のように、手を真っすぐに上げて姿勢を正した。

 それもいつものことらしく、不満も一つ漏らさず、少しだけ話す速度をゆっくりにして話を続けた。



「だって……って何を言おうとしたっけ。

 まぁ、金等級の依頼を受けれるのが、あの街ではクランリーダーのヴァンド団長しかいない状況だったって訳。団長が受けたって話なら納得はできるけど、不満がたらたらよ。何、蒼銀等級の人が金等級の依頼をうけてんだーって。だけど、それも違った。本人がそう言っていたわ。

 だから、第三者が依頼をこなした。でも、あの団長が部外者に依頼を横流しする訳もない。ということは、親しい人か親しい人に近しい人。それも金等級以下の人だと考えるのが妥当で……」



 ここまで良い? と女騎士と女戦士の方を見やると、見事に頭から煙を立て、こめかみに手を当てて揉んでいた。

 


「あーー」と女魔法使いは立てていた人さし指を折り曲げた。



 理論立てて説明しようとするのは魔法使いの癖だ。

 それが良いことに転じるケースが多いが、今回ばかりはどうも二人のレベルに内容を引き下げ切れていなかったらしい。


 反省をするように体を縮めた女魔法使いを見て、エレがまとめとして最後に話すことにした。



「ええっと。簡単な話だから、こっちを向いて聞いてくれたらありがたい。

 ……はい。アレッタは君たちが所属をしているクランの依頼を貰って、金等級の実力を誇示した。本来してはならない横取りのようなやり方で、だ。だから、アレッタを一党に加えて色々と実力を見てほしいんだ」



 一人の実力は『ヤケンの退治』で確認済み。

 これには、一党での立ち回りを見てみたいという気持ちも隠れているのだろう。


 

「あ、っと。エレ殿。その、アレッタという少女が依頼を横取りしたまでは分かった。分かったのだが……それがどうして、私どもの一党で実力を見てほしいということになるのだ」



「そのことだったら……。ほら、これ」

 


 訝しげに上目遣いをしていた女騎士の前にペラと懐から出した紙は――



『冒険者:アレッタを、名無しの大器ネームレス・ヘロルトクランの一員であることを認める』



 ――ヴァンドが建てたクランが発行しているクランメンバーの証明書だった。


 それは女魔法使いも初めて見るらしく、エレから紙を奪い取り、アレッタの顔と交互に見やった。

 そして、蟀谷を抑え付け、これから話されるであろう内容を悟り、崩れるようにと椅子に落ちて行った。


 

「冒険者組合が横流しに気が付かない訳がない。だから、調べてみたら案の定、アレッタは君らの後輩だった。

 ということはヴァンドが「こいつをクランに入れたいんだ、信用調査はそこからしっかりとしてくれても構わないから」とかどうとか言ってにさせたんだと思う」



 金等級の依頼を達成したかは分からないが、流れはおそらくはあっている。



「どの道、本来通るべき道を通らずに横道を通ったことに変わりない。

 そういう訳で、君たち先輩にこの子が本当に金等級の実力があるのかというのを調査してほしい。本来なら俺が一緒に連れて行くべきなのだろうけど、俺としても色々と面倒ごとを抱えているからずっと目をかけれなくてね」



 深刻そうな顔で、指を組むエレの顔をつまらなさそうに見つめるのは女魔法使いだ。

 エレは全てを理解した上で話を進めている。

 そう感じているのは全員であったようで、口々にため息と一緒に言葉を発した。 



「やっぱり、兄貴は変わらんな」



「だな。エレ殿らしい」



「変な依頼をすると思ったら」



「ほんま、いい性格してるわあ」



 誉め言葉ではなく完全なる皮肉だが、エレは申し訳なさそうに、ニコ、と笑った。




      ◆◇◆




 無理に依頼を受ける必要はないのだが、エレからの頼み――自分たちが所属をしているクランを建てた団長の親友からの頼みだ。

 彼女たちは断れるような立場ではない。


 それに、もし、アレッタが実力不足だったらクランの信用が落ちるかもしれない。

 そこまで把握をしているというのに【お願い】という形をとっている。



 命令でもすればいいのだ。

 ――「こいつの実力を調べろ」

 ――「そうしなければ、クランに悪影響が出るぞ」と。


 それをできる実力や権限を持っているというのに、しない。

 あくまでも自分たちに判断を任せるようにして「気が付かず、判断を誤れば痛い目を見るのはあなた方ですよ」という体で。



(まったく、腹黒なのはご健在なようで)と女魔法使いは頬杖を突いた。



 他のクランメンバーに任せてもいいが、金等級の実力を図れる立場であり、神官に関してもそれなりに精通をしている『聖職者』がいる一党というのはそう多くない。


 女魔法使いは、賭け事で一文無しになったような顔をしている女騎士を見つめた。


 そう、この女騎士こそ、その神官の実力を唯一正確に推し量れる『聖職者』なのだ。



「はぁ……」



 女魔法使いが観念をしたように俯いた反対側では、一番この場で置いていかれていたアレッタはエレの頬をぐいーっと引っ張っていた。

 

「ヤダ! ワタシ言ったよエレ! エレ以外とは組まないッテ!」


「俺は忙しいんだ。組めるだろ?」


「組めなイ! 絶対ニ! 組んだら死んじゃウ! 何もできなイ!」


「……? あれ、話を通してなかったんですか?」


「まー、うん。いうこと聞いてくれないから」


「他の事なら聞くかラ! お願イ!」


 ね~ぇ、とエレの服と頬を力強くグイグイと引っ張るアレッタは親に抱き着く赤子のようで。

 それをあやすように言葉を出したのは、いつの間にか我に返っていた女騎士だ。


「ほら、アレッタなる少女よ。私どもと共に冒険に――」


「うっさイ! 黙レ!! ワタシはエレと一緒じゃなきゃイヤなんダ!」


 差し伸べた手を払うような一言で、女騎士が凍り付いたように固まった。

 そして、悲劇のヒロインのような仰々しさで机にうつ伏せ。



「ハァァッァァツ……!! 嫌われた……のか、私は……この私が……? 聖騎士である、私が神官に? 敬われて、慕われるこの私が……何が、どうして」



 すっかりと心が折れかけている女騎士を置いて、女魔導士は読めない話を晴らそうと質問を送る。


「……えぇっと。エレさんとアレッタちゃんの間柄っていうのは? 娘、とかじゃないよね?」


「うん。拾ったみたいな感じで――」


「ワタシは、エレのお嫁さんナノ!!」


「うえぇっ!? そうなのか!? エレ殿!?」


「いいや? 海蜥蜴の尻尾レーヴェンテイルで拾って――」


「これからお嫁さんになるノ!」


「そうなのか!?」


「そうではないです」


「なぁんなんだァ! 私でも分かるように説明をしてくれーッ!!」


 エレは冷静な対応をしているが、アレッタはふー! ふー! と興奮した獣のように四人を警戒して、エレの顔に抱き着いている。


 木にしがみつく猿みたいやねぇ。その考えが浮かんだ女斥候は、にんまりとした顔で打ち消して。



「じゃあねー、ちょっと聞きたいんだけどお。アレッタちゃん? はどうしてそこまでして金等級になろうとしたのかな?」



 年上のお姉さんのようにして聞かれた質問に、口をキュッと結び、エレの方をバッと向いて。

 



「エレに、金等級にならなきゃお嫁にしないって言われタ!!」




 その言葉に、四人の表情が固まった。

 同時、エレのことを軽蔑するような眼差しを送り始める。


 急激に雲行きが怪しくなったことに、エレは目をギュッと瞑った。そして、周りをチラと見てフードをかぶり直した。


「……ちょっとまて、ちょっとまーてー。お仲間な? おなかま。およめじゃない、一文字しかあってない」


「お嫁って言っタ!! ワタシは覚えてル!」


 その大きな声に、冒険者組合にいた冒険者がなんだなんだと周りに集まってくる。


 あそこにいるのはエレなのか? 

 エレってあの勇者一党から追放された?

 でも、顔がみえないぞ。

 その頭にしがみついてるのは誰だ? 

 黒い新官衣を着てるぞ? 

 一緒に座ってるのは『可憐な翼イカロス』の四人か?

 どういう状況だ?


 どういう状況だと聞きたいのは、エレだ。

 なんだこれは。


「神官が嘘をついていいのか? ダメだよな?」


「神様は優しいかラ! 嘘も言っていイ!」


「あっ、嘘って認めた」


「!? 認めてなイ!!」


「いいから、アレッタ。あの四人と仲良く依頼をしてこい」


「ぜっっっっっったい、ヤ!! ワタシはエレ以外と一緒にいたら死ぬんダ!! だから、エレ、お願イィ!」


 そのやり取りを見ていた四人は、四者四様の反応を示す。


 女戦士は「はぁ」と疲れたように椅子に倒れかけて。

 女騎士は「よもや」と言って睫毛の長い瞼を閉じて。

 女魔法使いは「なんだかなぁ」と呆けたように頬杖をつき。

 女斥候は「エレさんにも春かあ」と曲解をしたように笑んだ。



 四人は全ての事の発端を理解したのだ。 

 金等級になるために依頼を横取りしたのも、元をたどれば――エレが何か、少女に対して条件を提示したからなのだと。

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