壊滅した村の中で②

 


 突如として聞こえてきた術士の大声に、アレッタは不機嫌な面持ちで顔を上げた。


「――失せロ!」


「あ、術士か」


【なんだ、その反応は! もしや、本当に忘れていたのか?】


 震える声で叫ぶのは術士。

 浮気現場を見つけた彼女のような雰囲気で目の前に登場をしてきた。


「出てこないな、とは思ってた」


「そうダ! 出てくるナ!」


【そ、それは……だ、だって……お前ら、その……恥ずかしくないのか!? こんな道の真ん中で堂々と、だ、抱き合うなんて!】


 早めに会話に入りたかった術士だが、二人の様子を見れば入るのに遠慮していた。


「……?」


「……?」


 エレとアレッタはお互いに顔を見合わせる。

 お互いに別に恥ずかしくはないという顔をしている。


【……ま、まぁいい。その、プロシオス……話がしたかったんだ】


「ダメ! エレはワタシのダ!」


「俺はモノじゃあねぇっての」


 アレッタの白い頭髪に手刀を振り下ろした。


「で、話か。良いぞ。俺も色々と聞きたい話があったし」


 術士が、ぱぁっと明るくなった。

 一方で、苛立ちを隠せていないアレッタはエレの袖をクイクイと引っ張り、


「アレ、ダレ? 知ってるヒト? 他の女のヒトと話すのはあまりおすすめしないデス。アレッタが哀しみマス」


 それに対し、エレはアレッタの耳に口を近づけた。


「だまってろ」


 


      ◆◇◆




【見ていたぞ。……ほんとうに、死なないんだな】


「見ての通りだな」


【そうか……あれだけ救っていたプロシオスが】


 エレの黒い髪が風に煽られ、小さく揺れ動く。

 その姿を、術士は、じぃっと見つめる。


 気怠げな瞳は虚ろげで、なんでも吸い込んでしまうような黒一色だ。美しくはないが、綺麗だと感じた。


 眼窩の下部には黒ずんだ部分が見える。

 疲れているのだろうか。


 首から下には傷が目立ち、

 太腿あたりの衣類には血が染み出している。

 痛々しい。

 こんな状態であれほどの動きをしていたのか。


 激痛に耐えながら戦っていたのか。

 


【……どれだけ不死の神エテルに愛されているとしても、可哀想だ】



 術士は思っていたことを小さく吐露する。


【あれだけのことをしたプロシオスが死ねないのは、可哀想だと思った】


 突然始まった演説まがいな言葉を、エレはただ聞いていた。

 アレッタは、興味が無さそうにエレの横に立っている。


【……鬱陶しい時間や運命からの解放は、皆が持ってる平等な権利なのに】


 同情しながらも、イジけた様子の術士。

 心の底から、エレの現状を憂いているその顔には胡乱げなものはなく。


【本当に、哀しい話だ】


「そ」


【あれほどの人々を救ったというのに、死ねないのはツラいな】


「ん」


 エレは、適当な返事を返した。




 術士を放置していたのは、どう処理するかを迷っていたから。

 術士は唱喝の詩人へのマナの供給を止めていた。

 あれは意図的だった。

 止めなければ、エレやアレッタを殺せたかもしれないのに。


 何か心境の変化があった、と見るのがいいか。




【――――だから、私は思ったんだ!!】




 突然の大声に、淡い期待が吹っ飛んでいったような気がした。

 アレッタとエレは同じような動きで顔を傾け、耳を指で栓をした。


 その瑠璃色の瞳は先程までのものとは、はっきりと異なり、優しくも力強い瞳をしていた。



【ほんとうにっ! プロシオスは! 可哀想なんだからなっ!】



 確認するように声を大きくすると、術士は少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 しばし、もじもじと体を小さく揺らした術士は何かを心に決めたように顔を上げた。


 そのまま、エレにピシッと指をさし、胸の上で握りこぶしを作った。




【――――だから、私が仲間になって、プロシオスを死なせてやる!】




 その言葉は、静かな村の中で良く響いた。

 エレの頭の中にも、よく響いたのは間違いない。


【やった、やった! 言ってやったぞ! シッシッシ! 何年、この日を心待ちにしてきたか! ようやくだ、ようやく……! 憧れの人達と一緒にっ!】


 裸足のままピョンピョンと跳ねる術士は、フンスと鼻を鳴らして。


【さっ、プロシオス! 仲間の印に握手でもしよう!】


 袖をめくり、色白の腕をエレに伸ばす。

 五指をにぎっ、ばっ、くるり。


「――…………」


 けれど、どんな形にしても動かないエレに疑問を抱いて。


【どうした……? 仲間、だめか? 悪い話では無いと思うんだが】


 ジィと疲れ切った目でエレは術士の腕から……横のアレッタに目を移す。

 蜜柑色の瞳を気怠そうにしている少女神官と視線を合わせると、エレは三度の溜息をついた。


 感嘆、呆れ、疑問。


「…………俺の周りにはこういう奴しかいないのか?」


 アレッタが不思議そうに首を傾げ、その向こうの術士も同じように首を傾げた。

 黒い神官服を着ている者らは、どうもエレを困らせるのが得意なようだ。



「俺の仲間になるって、どういうことか分かってるのか?」



【あぁ! 勇者一党に入るということだろう!?】



 やはり、そうだったか。



【それに勇者を導く、不絶の灯火プロシオスの口添えとなれば人族の王も首を縦に振るだろう? それはまるで首の座っていない赤子のように!】



 そうでなくばおかしい! と、頷き、ニマッと笑う。



【勇者の一党に入ることも出来て、一度で二度嬉しい!】



 人差し指を高く上げた術士のかぶりの下の口元が綻ぶ。


 それは、神殿長のように謀が成功したような顔ではなく。

 アレッタが浮かべるようなしてやったりという顔でもない。


 ただただ、子どもがするような「どうだ!? 私の実力は凄いだろう!」「いい作戦だ!」と自慢をしているような顔だった。


 そこには、冒険者組合の窓から見た『勇者一党に入れるかもしれない』と希望を抱く若者たちと同じ色が差し込んでいるようにも思えた。


「…………」


 術士は表情に感情が出るし、言動にもすぐに現れる。

 それは戦闘時に感じたことだ。


 だから、これは、本当に、屈託も疑いもないのだろう。


 何から言えばいいのか分からなくなり、エレは顔に手を当てて膝を折った。


「あー……もういやだ」


【どうした? お腹でも痛いのか? 死ぬか?】


「…………お前の相手、疲れる」


【もう手駒は出していないだろう、なにが疲れることがあるんだ】


「ほら、疲れた」


 会話ができない相手というのは本当に疲れる。

 チラと術士を見上げてもニコッとした笑顔を返される。エレはどうしようもない気持ちで体を立たせた。

  

「……はぁ。乗り気なところ悪いが、お前が勇者一党に入るってのは無理だ」


【むっ。勇者は優秀な術士が増えて嬉しい、

 プロシオスは死ぬことが出来るかもしれないから嬉しい。

 何が不満なんだ?】


「……勇者一党から一人、追放されたって話。お前知ってたよな?」


【んん、あぁ。おそらく女魔法使いだろう? 術は強く、回数も多いが、実践向けじゃないと思っていた。いっせーので、で戦闘を開始したら強いとは思うが……】


「いや、だから」


【ならば、あの重装騎士か? 耐久力は高いが、決定打にかける。一対一の消耗戦では魔族に少し劣るだろうから――】


「ちょっと、まぁ、聞け」


 言いづらそうに口元に手を当てたエレが、苦い顔を浮かべて。



「…………俺」



【おれ?】



「……追放されたの……俺」



 そっぽ向きながら言われた言葉に、術士は一度納得したように相槌をうつ。

 けれど、やや間をおいた後。

 術士は、打った相槌を戻すように顔をあげた。



【ヱ?】



「俺が追放された」



【う、うそ】



「ほんと」



【ぴ、ぷっ、不絶の灯火プロシオスが……?】



「そう」



【プロシオスは……消えない灯火なんだろ……っ??】



 震える声と手でオロオロと近寄る術士に、死んだ魚のような目を向けて。



「見事に、消えたみたいで」



 頭の中で積み立てていた計画が、積み木のように簡単に崩れ出した。

 勇者一党に入る計画が――自分では完璧だと思えた計画が、たった一つの出来事で出来なくなるとは!


【う】


 瑠璃色の瞳がグルグルと回る。

 フラと体勢が崩れ、雪道に薄い尻をぺたんとついた。



【うっ、うぁ】



 じわ、と涙が浮かぶ。

 申し訳なさそうに後ろ髪を掻く不絶の灯火を見て、口が閉じなくなる。


 冗談ではない。

 不絶の灯火は、もう、勇者の一党ではない。


 あの……あの、不絶の灯火が?

 消えない灯火が、消された。

 魔族四人がかりでも消せなかった光が。


【なん、うぇっ……うぁ】


 怒り、焦り、哀しみ。

 混濁をする感情と意識。



【うそ、うそだ……なんでぇ……っ――】



 術士は、ふら、と糸が切れたように倒れてしまった。

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