壊滅した村の中で①




「……この人で、最後か」


 戦闘が終われば、エレは倒壊した村で死体を運んでいた。

 手探りで死体を探して、運んで。

 死霊術士が使役をしている村人動死体も解除させて、

 運んでの繰り返し。


 疲弊しているエレが、一人一人の魂と会話をしながら魂の浄化をしていっていた。


 遅くなってすまんな。

 今、楽にしてやるから。

 あぁ。安らかにな。


 和やかな別ればかりではなく、エレを責め立てる者も当然居た。


 老爺のように、耳を塞いでしまいたい程の罵りを残して。

 それでも、エレは真剣に言葉を受止め、最後まで見送った。




「神官サマの仕事は大変だな」


 ふぅ、と白い息を吐いた。

 先ほど『祈り』で運んだ村人全員が終わったようだった。


「あの人らも、俺なんかに祈ってほしくは無かったろうに……」


「エレ、奇跡使えるノ?」


「おぉ、神官サマ」


 隣までやってきたのは、寒そうに手を擦り合わせる角の生えた少女神官。


「ゆっくりしてていいぞ。今日はもう上限だろ」


「ウン……へとへとダ」


 今日の使用制限を超えたらしい神官サマは酷く疲弊をしていて『祈り』を上げるのを拒んでいた。

 

 しかし、それは表面上そう取り繕っているだけだった。

 

(お祈りはできるケド……)


 アレッタは『奇跡』だけでなく『祈り』すらもエレ以外にはしたくないのだ。

 それをエレに伝えると、おおっぴろげには言えないが……怒られてしまいそうな気がした。

 それに――


「…………エレ、かっこいい」 


「魂の浄化と導きを祈ってるだけだ。なんもカッコよくない」


 エレが祈りを捧げる姿を見てみたかった。

 荒々しいところもあるが、それが、なかなかどうして堂に入っているではないか。


「ア! もしかして……神官を仲間に入れないっていうのは、エレが神官だかラ……?」



「だったら、俺はこれ以上に意地が汚い奴になるな」



 へ、と笑うエレは辺りを見回した。


「今ので全員だったか」


「全員デシタ!」


 ふむ。神様への『祈り』をする必要はもうないらしい。


「デ! エレはなんで奇跡が使えるの?」


「奇跡はかじっただけ。その時に祈り方も教えられた。拾われた所が神殿そういうところだったからな」


「だったら、一党に神官がいないっていうのハ……」


「ん? いないだろ。俺は傷を治せない」


「……? 奇跡……神官? アレ?」


「俺は斥候だぞ」


「???????」


 習ったろ、奇跡にも種類があるって――

 昔、神殿内でされた話を思い出しながら、エレは親指と人差し指と中指の三本を立てた。


「治癒。浄化。結界。

 おおよそこの三つに奇跡は分類されている。

 全てを使える奴もいれば、どれか一つしか使えない者もいる」


 エレはその中でも『浄化』しか授かっていない。

 

「神さんは俺みたいな奴はとくと嫌いらしく、どれだけ修練を積んでもなーんも寄越してくれなかった。だから俺と取り引きしようって言ったんだ」


 アレッタが、信じられないような声で驚いた。


「か、神様と、取り引キ……?」


「そ。あんたの気に入らねぇモン全部払ってやるから、浄化だけ使わせろって」


「エェ……」


「まぁ……そういう反応だ。でも、笑ってたぞ。神と取り引きするか! ってな」


 世俗的な神様だよ、ほんと。

 久しく対話をしていない神様を思い出して、くくく、と笑う。



「じ――じゃあ、浮いてたノハ? 

 あ、あとはどの神様を信仰してるのかトカ! 

 エレの体には不思議がたくさんダ! 

 傷が治らなイ……ケド、死なない……トカ!」



 アレッタは饒舌タイムに突入したエレに、うきうきしたのを隠さずに質問を飛ばす。

 今なら何でも答えてくれそうな雰囲気があった。


 この質問が終われば、あんなことや色んなことを聞きたい! 

 アレッタの質問箱にはエレに対しての質問が膨大に溜まっているのだ! 


 爛々と目を輝かせるアレッタの額を指ではじいた。



「アデッ」



「自分で考えろ」



 どうやら、饒舌タイムは終了してしまったらしい。




       ◆◇◆




 村から離れようとした時に、エレは『やること』が山積みになっていることを思い出した。


 魂の浄化が終わったのだ。

 後は死霊術士の事の顛末を報告することが待っている。


 とりあえず、まずは結果を神殿に話を通す。

 その前に円卓への報告か。

 アレッタの角を隠す術を使える高位な魔法使いの確保。

 術士の話をそのまましてもいいモノか。

 転移させた人達の安否も気になるところだ。


「あーー、何からやろう――」

 

 そう考え、何の気なしに隣の少女に目を落とした。


「寒イ……」


 角の生えた少女神官は、さも当然のようにエレの横にぴったりくっついて歩いていた。


「アレッタ」


 先程、拾い集めた腰包みの一部――地図と鍵を放った。


「それ、渡しとくぞ」


「?」


 ぽふ、と受け取ったアレッタ。

 きょとり、とその束を見つめる。


「なに、コレ」


「お前、しばらく自宅で待機な」


「…………?」


「そんな顔をしてもダメだ。亜人の姿を見られたら、神殿にもいられなくなる」


 そこからはアレッタの顔の百面相。

 どの顔になっても、エレは首を横に振り続けた。


「――ヤ!」


 終いには、気難しそうな顔をして突き返した。

 そのアレッタの手をエレはやんわりと押し返す。

 ぐぐぐと押し相撲が始まったが、それは直ぐに終わりを迎えた。


「あれ? 


「ンェ!?」


 アレッタは、どきり、と胸が打ったのを感じた。

 だってそれは、エレがいなくなった時にアレッタが言った言葉なのだ。


「き、きいてたノ!?」


「なにが?」


「アノ……ソノ……イヤ」


 もしや、たまたまなのだろうか。

 

「ナンデモ……。ウン、ナンデモ……ナイ」


「その割には不満そうな顔をしてるが」


 うつむいたまま、口をすぼめる。


「……そりゃ、ソウ。不満ダ」


「そうか。不満か――」


 、膝を折って人差し指を立てた。



「じゃあ、言うことを一つ聞いてくれたら、ワガママを一つ聞くってのはどうだ?」



 目の前に立った一本の人差し指を見つめ、

 その後ろにいるエレに目を向けた。


「……ワガママ? いうことキク??」


「言うこと聞いてくれたら、ワガママを言ってもいい。俺はお前にやってほしいことが山のようにある。だけど押し付けるのは違う。そうだろ?」


 アレッタはこくりと頷く。


「……アレッタは、嫌がると思ウ。とても……タブン、ゼッタイ」


「そりゃあそうだ。俺だって押し付けられたら腹が立つ。だから、アレッタの言うことも聞く。それで対等だ」


 何事にも対価が必要だ。

 どんな相手であってもそれは変わらない。

 たとえ、金等級と青銀等級という階級の差があったとしても。


「……やっぱり、きいてたんダ」


 アレッタは俯きながらも、嬉しさを噛みしめているような声を出した。


「なんのことやら」目を背けたエレは、呆れたような声だった。


 その反応が、今は心地よく感じた。


「そっか……そっカ……ヒヒ」


 いやはや、萎んでいた花が、一瞬にして花開くことがあるらしい。

 それも、近寄る蜜蜂が思わず身を引くほどのギラギラとした気配を放って。


「じゃあ結婚しテ――」


「見合うワガママな」


「アゥ」 


 ジトォ、と見つめると「ジャア!」と手を大きく広げた。


「もちあげテ! 抱っこ! ホウヨウ!」


「疲れてるんだけど」


「見合うワガママって言っタ! というのは、コレでス!」


 手を前に傾け、準備万端なアレッタにエレは後ろ髪を掻いて周りを見た。


「…………ん」


 誰も見ていないだろうな、という目視確認だ。


「はーやーク!」


「あー、もー……なんでこうなるんだ」


 手を広げたまま、にや、と笑うアレッタの脇に手を差し込もうとして。


「……素人質問なのですが」


「ハイ?」


「あの、抱擁と言っても……色んな種類があって」


「らぶらぶな感じデ!」


「らっ――あぁ……はい」


 完全に諦めたエレは、呼吸を落ち着かせて覚悟を決めた。

 一気に脇に手を差し込み、グイと持ち上げ――抱きしめた。



「――っ~!!!」



 声にならない黄色い声がアレッタから溢れ、エレを抱き返した。


 エレのニオイに包まれた。

 少し汗と血と土のニオイが混ざっているけど、それらがあっても帳消しできる程の多幸感がアレッタの頭に広がっていく。


 まるでお花畑にいるような気分だ。


 ぎこちないエレの腕も、様子も、全てが愛らしい。

 だって、慣れていないということは、つまりはそういうことでしょうが!


 頭を後ろから優しく支えられて、エレの肩に顎を乗せた。

 母に捕まれていた時には、こんな感情になることはなかった。そして――



「……エレ?」



 温かくなった感情が、冷たい感情を呼び戻してくるとは思ってもみなかった。



「…………今日は、ごめんなさイ」



 アレッタは思い出したかのように謝り出した。

 エレは感情の不安定さに口を挟むことなく、アレッタを抱きしめたまま動かない。


「ワタシがここに来たかラ――ううン、それよりずっと前かラ……。エレの所に来た時から……ごめんなさイ」


 ただ、静かにエレは聞いている。

 アレッタは何から謝ったらいいのか分からずに、あれこれと考えだしていた。


 エレと出会った時に感じたあの嬉しさ。

 エレを探すときは本当に苦労したこと。

 傷を治すために教会に入って、たくさん練習したこと。

 母の館ですくわれた時の、鎖から解き放たれた時の感覚。

 いや、それよりも前の――……。



「ワタシ……生まれてきたら、ダメだったのかナァ……?」

 


 今にも泣きだしそうな掠れた声が、エレの耳元で小さく呟かれた。



      ◆◇◆




「――――ダメな訳あるか」


 アレッタの声が聞こえなくなってからやや間を空けて聞こえたエレの声は、馬鹿馬鹿しいと切り伏せるような声だった。


「生まれてきたらダメな奴なんかいない」


「でも……ワタシ」


「――まぁ、待て。ちょっと待ってくれ」


 エレが早口で話すと、アレッタは声を控えた。


「そもそも生まれてきたらダメかどうかを判断するのはどいつなんだ? そいつはお前の今までを全部知って、これから起こることも全部予測してダメだって言ってるのか?」


 アレッタはエレの服に顔を押し付けたまま、力弱く首を横に振った。


「だろうが。ダメだって判断してるのは、お前の中にある『罪悪感』か『お前のことをよく知らない奴』だ。そんな奴の言葉なんて聞いてたら世話がない」


 アレッタの唇がキュッと結んで、小さな困惑を零した。

 でも、すぐに閉じ切った喉から声が出てくることはなかった。


「――――まぁ。正直、今のお前に何を言っても無駄だろうってのは分かってる」


 エレは息を吸い込み「だがな」と前置きをして。

 


「お前がやりたいと思って頑張ってきたことを自分で否定するのは止めろ。

 アレッタが俺に会いに来てくれたこと。

 頑張って奇跡を練習したこと。

 あんなに遠いところからわざわざ出てきたこと。

 それも、自分の正体を誰にも言っちゃならん状態で――

 大変だったよな」


 エレに抱擁されたまま、アレッタはまた頷いた。

 力強いものだった。



「――――俺は、お前がやってきたことを否定しないよ」


 

 そう言うと、アレッタを優しく持ち直した。

 お尻を支える腕が少し居心地がよくなった。


「お前は頑張った奴だ。とてもな」


「……ウン」


「そんな奴が生まれてきてダメな理由はどこだ? で、そんなことを言う奴は何様なんだ? 俺の前に連れてこい」


「…………ウン」



 話す順番が回ってきたアレッタは、嗚咽しながらも話し始めた。



「ワタシ……のせいで、エレが大変な目にあったカラ……ダメなんだって、自分で思っテ。――でも、でもサ……」

 

 口籠ると、罪悪感が口の中で渦巻いている。


「今は、違ウ……死にたいなんて思ってなくテ……ええっト」


 それらの感情をアレッタは噛み潰した。

 

「ワタシは……エレと一緒に……生きてたイ。エレが許してくれるナラ……」


「許すもなにも――お前は、もう俺の仲間だろ?」


「え」


「違うのか?」


「いや、違く――ナイ! ウン! 仲間ダ!!」


 アレッタは勢いよく頷いた。

 もう、迷わない。

 迷う必要なんてない。


「まぁ、でも。その前に――お前は俺に謝る必要がある」


「? あやまル? なにヲ?」


「分からないのか? えぇ?」


 アレッタは、自分の頭の上でエレが笑ったのを感じた。



「――――俺の服を涎まみれにしてることだよ」



 飛び込んできた言葉に、驚いてエレの顔を見上げた。

 畳んでいた唇から、泡がはじけたような破裂音が鳴った。

 エレの肩にできた染みと、やっぱり笑んでいるように見える表情。


「ほら、べとべとだ」


「ゥ……」


 一方で、笑顔のアレッタの目尻には笑い涙が浮かんだ。


「じ、じゃア!」


 そう叫ぶと、アレッタはエレに抱き着かれたまま体を仰け反らして目と目を合わせた。


「この服も、貰ウ!」


「おいおい、俺の服を集めてどうするつもりだ。この服は捨てるよ。こんなの、ただのぬのっきれだ」


 腹部にぽっかりと空いた穴から始まり、斬撃によって服としての効果を果たしていないのだ。


「ムゥゥ……欲しイ!」


「ワガママ? 俺の言うことを聞くか?」


「ウッ……聞かなイ」


「じゃあダメだな」


 アレッタは不満を頬に溜めこむと、エレはアレッタを力強く抱きしめた。


「――――」


 エレの胸にアレッタの胸が当たり、

 押さえつけられ、

 肺からたくさんの吸い込んだ今日の空気が漏れていった。


「…………あ。ぇア?」


「ん?」


「寒くなイ?」


「何言ってんだ」


「エ、ア……アレ?」


 アレッタは自分でも何が起きたのか分からず、不思議そうな顔を浮かべた。

 知らぬ間に、心に空いていた穴は隙間なく埋まっていたみたいだ。



【――プロシオス!! 私を忘れるなァ!!】

 


「うわ」



 そんなところに水を差すように術士が登場をした。




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