再始動、勇者一党③
木造の宿を後にした彼らは、似たような顔が浮かべる表情をやいやいと指差しながら帰っていた。
頬緩みすぎだったよ。変わらないです。
言葉遣いも少しなぁ。そう言えば礼の仕方も。
一頻言い合うと同じ顔を見合わせて、くすりと笑った。
「村から出てきて良かった」
「まさか、ぼくらが勇者の仲間になれるなんてね」
「うん。夢みたいだ……これで、やっと同じに」
背中に背負っていた大きな鞄から、何時の間にか取り出していたフィート棒で石畳を突きながら少年か少女か分からない顔――童顔であるのは間違いない――をほころばした。
街に罠などある訳もないのに、網目上の隙間や上をコツコツと。職業病という病があれば、重症の類だろう。
「まっ、先に出ようっていったのはぼくなんだけど」
その視線にシャランと錫杖を入れ込まれ、フィート棒片手にウェスタは頬を膨らませた。
「ボクも言ってましたあ」
くるりと肩にフィート棒を担ぐと、フローラは可愛らしい唇を突き出した。
「ぼくが出たから、ウーが出れた」
「いいや、ボクが先だった」
「ゥゥゥ、ぼくの方が早く生まれた」
「それはウソ。フーが後」
「え、ぼくが後だったのか」
「らしい。……けど、わかんない」
「じゃあ、一緒ってことでいいのでは」
「それがやっぱり丸く収まるかなぁ」
「やはりやはり」
「はりはり」
その楽し気な二人の姿が、組合から出てきたばかりの男の目に留まった。
「……同じ顔が歩いてら」
前を通る二人を目で追い、鼻で笑う。
龍の髭のような灰色の髪。
同じ長さ。
同じような鞄。
違うのはその衣類と髪型か。
フード付きの神官衣を着ている者と、フード付きの陰に潜めれそうな仄暗い恰好をしている者。
神官衣が前髪を左に編み込みしており、仄暗い服が前髪を右に編み込みをしている。
それ以外はほとんど見分けがつかないと言っていい。
そして何より、胸元に光るのは髪色とほとんど同色の認識票で。
「――なぁに見てんのさ」
ウェスタが不躾な視線に気づき、ずいと近づいた。
「ウー、どーしたの?」
「フー。この人がジロジロ見てたからさ気になって。で、どーしたの?」
同じ顔に詰め寄られ、思わず一歩引く。その時に男の胸元の認識票が跳ねて、黄金色の輝きを放った。
どうしたもこうしたも、珍しいモノに目を引かれただけだが。
しかし、それを本人の前で言っても良いものか――と、冒険者がそんなことを考える訳もない。
「そんなに小さいのに、白金等級なんだな」
ただの皮肉が男の口から飛び出した。
冒険者は礼儀を知らないようだ。特に階級の若い者にこと関しては、それはそれは恐れすらも知らない。
――いや、訂正しよう。
これは礼儀がある部類だ。
だって、どこか幼げな雰囲気が抜けきっていない――20どころか15も危うい者を前にして、よく皮肉を被せて感情を抑えているものだ。
自分よりも上の階級を前にしたとしても、不遜な態度になるのはもはや必然だというのに! もはや、褒めたたえられるべきだろう。
「――ってことは、さぞ強いんだろうなって思って」
とはいえ、男の口からは脅迫めいた圧が感じられる。皮肉の膜はさほど厚くないようだ。
年齢差からくる余裕か。
五割ほど大きな体躯から来る慢心か。
はたまたその両方がチラチラと見えている。
「……」
「……」
「どうした? だんまりかぁ?」
白金等級と言えば、英雄の枠の『蒼銀等級』を除けば事実上の二番目だ。
もはや常識となってはいるが、多くの冒険者が目指す階級が『白金等級』である。
――翠金等級を目指さぬのか?
という疑問には「英雄になることが出来ない英雄という印象が付いているから」と答えるだろう。
もちろん強がりだ。
そう。白金等級で留まっていれば、圧倒的な実力の差を見せつけられなくて済むのだ。
白金等級という「英雄の二歩手前」で留まっていた方が、残りの一歩の差を感じなくていい。
それでも、白金等級になれる者は一握りだ。冒険者の多くは金等級でその夢を終える者が多い。
三歩から二歩の差も、限りなく遠いのだ。
「何か見せてくれよ。ほら、強いんだろ?」
だが、女か男か分からない顔立ちの若造二人が、そんな遠い場所にいる訳もない。
喧嘩の強さは階級に比例しない――これは男の持論だが――のだから、拳でねじ伏せれば。
「「違うよ」」
男の予想に被さる形で、二人の声が重なる。
ね、とお互いに顔を見合わせて、男を見上げた。
「――っ?」
男は硬直し、自然と顎が引けた。
先ほどまでの余裕がどこかに吹き飛んでしまって。
――大きい?
そう感じる男の顔は引き攣っていた。
「「おじさんは勘違いしてる」」
視線に質量がある。そんな感覚。
目に射抜かれる、という表現はまさにこれか。
先ほどまで幼げに見えていたというのに、二人の紅葉色の大きな瞳に魅入られるように目を逸らせない。
二人の体は小さくも大きく。大きく……。
あくまで感覚的な話だ。
けれど、心が敵わないと認識をしてしまった。それは人間性か、努力の差か、抱えている者の大きさか。
何かは分からないけど、その分からない感情こそ最も大きいものだ。
そんな男の様子なぞ全く気に留めずに。
「「ぼくたちが小さいんじゃない。みんなが大きいんだ」」
「……は?」
「「物差しは、ぼくたちだから」」
ニコリと微笑むと、踵を返して歩き出した。
再び楽し気な会話が始まるまで、そうかからない。
どんな旅になるかな。王様から何か命令が出たらしいよ。
あーあ、楽しみだなぁ。ね、楽しみだね。
その前に故郷に帰れるって。わ! 皆に自慢しないと!
王都の喧噪に混じって二人の会話は男の耳には届かなかったけれど、もう男のことなど記憶の片隅にも残っていないのだろう。
◆◇◆
放心をしたような男は、その小さな背中をジィと見つめる。
「あ、いたいた――って、なにしてんのさ」
遅れてやってきた仲間は、男の様子を不思議に思ってその視線を辿る。
辛うじて見えたのは、灰色の髪をした子どもの二人組。すぐに人垣に飲み込まれてしまったけれど。
「どうしたの? 知り合い?」
「……白金等級だとよ」
「あの子らが?」
「あぁ……有り得ねぇだろ」
「ふぅーん。すごいねぇ。アンタより凄いじゃん」
「オイ」
「あ、傷心中だったの……えっ、ちっさ」
「違う。若すぎるんだ」
冒険者に登録できる年齢が15歳。それでも働き始める最低年齢だ。いや、裕福ではない家庭はもっと早くから年齢を誤魔化して働かせることもあるが……それなのだろうか。
男は唸った。
どうであれ、彼ら――彼女らかもしれないが、男には分からない――は冒険者に登録して、早々に白金等級にまで上り詰めたのだ。
だったら、どうやって……と男はあの二人を否定する材料を必死に考えた。
正式なやり方で登った訳がないを念頭に。
冒険者組合が邪なことをしているのか。
貴族の子息が無理強いでなったか。
ただの見間違い? この線が一番ないな。
邪な考えで、心の中で逃避を始める。
そんな男の横で仲間は手を後ろで結んで。
「でもさ~、前にもそんな人いたよねー? どっかで聞いたよ。スピード出世? というか、若いのに等級がトトトンって昇っていった人。めちゃめーちゃ話題になってた」
「……そんな奴、周りでいたか?」
「いたよ~! あ、周りじゃないけど……。めちゃめちゃ前に話で、確か……広報紙だっけ?」
仲間は、んーっ、と唇に手をあてがい――ピコーンと表情に光が付いた。
頭に浮かぶのは、かつて先輩から聞いたハナシ。
「あーそうそう! 昔に勇者の一党にいた――」
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