再始動、勇者一党②
「お疲れさん」
ため息を零すモスカに、ヴァンドは立ったままで心にもない言葉を投げる。
ギロリと睨まれ「おぉこわい」と肩を竦めた。
「疲れてはいない」
「そんな強情に言わんでもいいだろ。可愛げのねぇ……ただの労いの言葉だろう? まっ、俺はお前に労われたことなんてないけどな!」
「何故、貴様を労わねばならんのだ」
「へーへー。勇者から労いの言葉を貰う程の功績を上げてないですよ、と。――ま、早く座らせてくれや」
「一応、私も……」
「勝手にしろ」と言い放ち、再び手元の登録書に目を走らせる。
その傍ら「勝手にしまーす」と仲間達はソファに腰掛けた。
ヴァンドには反抗したが、勇者一党のお仲間募集を長らくしていて、肩も首も岩のようだ。
目も重い。
「――…………くそ」
最終確認を終えると、手にしていた紙――先程の二人の情報がかかれている羊皮紙――を机の上に投げた。
「……ふぅー……」
背もたれに身を任せ、ズル、と体勢を崩す。
その様子は、精神的に消耗しているようだった。
仲間募集の面接なんて『事務処理』は他の者に任せても良かった。
けれど、王国軍の関係者からの推薦や「優秀である」だと自薦してくるもの達と会ってみてから、その行動を改めざるを得なかった。
練度が低い。あまりにも。
表情に出さずとも、モスカが何度天を仰いだか分からない。
「私達は絶対役に
「俺は絶対にエレより強ぇ!」――唾をまき散らす大柄な男。
「千を超える魔法が使えます」――場違いな男魔法使い。
「モスカ様に絶対的な忠誠を」――当然を叫んだ女格闘家。
それでも応募数はたくさん稼がせてもらった。
一次審査を大量に通過させたのは、パフォーマンスだ。
二次審査になると、穴埋めへと本格的に乗り出した。
ここで大量の人を落とした。
前任者の仕事を最低限の補填をするのは当然として、浮き出た課題点も解決をするべき。
だから、募集をした
前衛と神官だ。
本来なら前衛だけの募集ではあったが、
「…………小粒だらけの中で、人選しろって方が難しい」
「確かにパッとする人達はいなかったわね」
「そうか? 俺はそうは思わなかったが」
「あんたとは価値観が違うのよ~」
「旅に出る前の俺らより練度が少し低いくらいが丁度だろう? なぁ、モスカ求める水準が高すぎるんじゃないか?」
「何を今さら」
「ずっと言ってきたことだろうが」
「ずっと言ってきたことを、今さら言い直すなと言っているんだ。水準を低くして目的を達成できるわけもない」
そして、今日に迎えた最終審査。
そこで注目したのは『達成した依頼』と――『魔族を討伐した経験』に着目をした。
入りたくば、入る前に実力を示せ。
これは、昔の英雄が残した言葉だ。
「入ってから魔族を倒す!」ではなく「魔族が倒したことがあるので、入れてください」だ。
二つの順番を入れ替えただけだが、天と地の差がある。
反抗的な斥候が「即戦力を欲しがってりゃ、世話がないだろう!」と戯言を吐き捨てていたが、勇者一党の最低ラインをご存じないらしい。
勇者一党にしてみれば、魔族を倒した経験が「最低ライン」なのだ。
結成当初の編成の条件も、そこは重視していた。
そして残ったのが、あの双子だったという訳だ。
「……」
(アイツと同等の能力を有する前衛はそういない……。冒険者の
アイツ――というより『元勇者一党の前衛職の彼』と同じ実力者がゴロゴロといるなら、勇者の一党の旅路は穏やかなモノであったに違いないのだから。
だとしても――……。
「……白金等級」
端の方のソファに腰掛けている無頼漢を見やった。
「んだよ」
「上から三番目と聞いたが」
「そう見えないってか?」
「見えたのか?」
机の上で手の平を合わせ、顎を親指の上に置いて嘲けるように口角を上げる。
「あぁ、見えたとも。お前が威圧的な態度取ってるからだろ」
「俺の態度で臆する者が、どうやって魔族を殺すんだ」
「魔族の撃退の話も
登録書にはそう書かれてるが、そのようなことを言いたいのではない。
問題の本質的な部分はもっと他の所にある。
「……いいんじゃねーの? エレが「俺が外れた枠に入る奴は期待できる」って言ってたぞ~」
「適当に言っただけじゃないの? そういう男はよくいるわよ。俺よりもいい奴がいる~って。ペラペラの男はそう言うのよ」
アレは体の内面もペラペラだったってことよ。へ、と笑う女魔法使いに銀鎧はニヤとした顔を浮かべたまま。
「本にでも書かれてたのか?」
「まさか」
「へぇ。魔導学院の研究者様が、色恋沙汰に縁があるとは思わなかった。塔の中は、結構俗っ気に溢れてるんだなァ」
「うわぁ、ヤな言い方」
たしかに、人伝手に聞いただけではあるけれど。
それを悟られぬよう、不機嫌そうにルートスはソファに体を沈めていく。
「で。頭目さんは何を心配してるんだ?」
冷やかすような言葉に、先程の恰好のまま。
「全部」
端的に言葉を返し、手の内に温かい息を吹き込んだ。
◆◇◆
「全部ってぇなら仲間募集なんて最初からすんなって話だろーがよ」
何言ってんだ、お前。
モスカに食ってかかるヴァンドはルートスの睨み上げる視線をさらりとかわして。
「……まぁ、もし何かミスっても、俺らが
「――補填……か」
気持ちよく切り上げようとしているヴァンドを横目に、ずっと考えていた懸念をぶつけることにした。
「集団戦闘において、負ける理由は何かわかるか?」
「……なんだ、
「意識調査だ。いいから答えろ」
ソファに腰掛けている二人が思案を巡らす。
ややあってルートスが、顎に手をやりながら。
「連携――」
「そら、相手が俺らより強いからじゃねーの?」
「おいこら、被せるな」
「腹から声出せって」
「なにおぅ」
ルートスとヴァンドがいがみ合う中、モスカは肩を竦める。
確かに、連携力がバラバラであっても負けるし、相手が自分たちよりも強くても負ける。
「まぁ、間違ってはないが」
ということは、質問の本筋からは外れているということ。
「……単純な話だ」
真っすぐ切り伏せるような声が、二人の喧噪を戒飭する。
集団戦において、大事なこと――それは。
「一党の一番弱い奴が、相手の一番弱い奴より強いかどうか」
「……あー……?」
言い切ったモスカに対し、ヴァンドはピンときていない。
「モスカ……それは?」
ルートスでさえ、少し読み違えているような雰囲気でソファの端を落ち着かずに触っている。
「『一番強い奴が相手よりも劣っているならば連携力で補え』『頭数で負けているならば立ち回りで補え』……これは?」
「そりゃあ……」
「教本にも書かれてることよね。一度、目を通したことがあるわ」
「ガキかよ、やり返すなって」
「貴方が答えるのが遅いのよ」
ルートスの言う通り、これらは先人が残した冒険の教本に書かれていることだ。
だが、それらを見なくとも自然と身に着くモノであるし、真っ先に覚えさせられることだ。
同僚から――先輩から――もしくは相手から――痛みで知れれば僥倖。けれど、知らずに死ぬ者が多いのも事実だ。
強敵に挑む勇者一党は、篤と学ぶ必要がある。
「だったら、さっきの話はどうだ? なにで補う?」
「俺らだろ」
「ほぉ、即答か。優秀な
耳障りの良い言葉に、ヴァンドは一瞬、したり顔を浮かべて。
「――だが、却下だ」
はぁ!? とヴァンドが声を荒げる。
向かい側のルートスが驚き、ひゅ、と肩を縮めた。
勝手に質問を飛ばし、答えたら却下。あまりにも横暴だ。
それに弱き者を護るのが騎士の役目。それを否定されたとなると役職のお役御免となる。
しかし、モスカの目の奥は冗談を言っているようではない。
「敵の注意を引くことが出来ない。戦闘の継続能力がない。負担の分散すらできない。そんな奴を助けるのか?」
「……当然だ」
「なぜ?」
「仲間だから」
仲間だから護る。
それも役職の基本姿勢であるから、間違ってはない。
けれど集団戦闘においては――……あぁ、まさに、モスカの表情がすべてを物語っているではないか。
「戦力を削いでまで護る価値が仲間にあるのか? そんな余裕が俺らにあるのか? 勇者一党は慈善活動をしてる訳でも、仲良しごっこをしてる訳でもない。ただ一つの共通認識――魔王の首を刎ね飛ばすために旅をしてる。……違うか?」
藍色の瞳で睨まれ、赤色の瞳を嫌そうに薄める。
「――――見捨てろ」
しっかりと準備ができた状態で、試合の鐘が鳴るのならまだ使いようはある。
やり直しが効いて、死んでも死なない体ならば仲間を護って死ぬのは美徳となるだろう。
けれど、そうではない。
そんなものは卓上遊戯でしかでてこない話だ。
準備ができていない状態で戦闘で狙われるのは、最も弱い者。
弱い者が負けるとそこは「穴」となる。
四人が三人になる。たったそれだけではあるが、手一杯の者の負担が更に増し、対応をしなければならない状態へと陥る。
するとその場は混乱し、綻びが生まれ、焦りが伝播し、総合力と統率力と判断力が狂い始める。
ならば最初から期待しなければ――と、だったら一党に入れる必要なんてないだろう。
だからこそ、モスカの表情は暗い。
「弱いってのは、それだけで大罪なんだよ」
弱い奴のために、強い奴が危険な目に遭う。
そんな不条理があって堪るものか。
◆◇◆
カリカリと尖筆を走らせ始めたモスカ。
とりあえずは先ほどの二人で決めたことを王国へ報告しようとしているのだろう。
その眉間には皺が寄って、陰々たる表情。
「……だから、ずーっとイラついてたのか」
ソファに腰掛けたまま、ヴァンドは終わりかけていた話を盛り返す。
「年齢のことを気にしてるなら、気にすんな。あいつらの実力は同じ冒険者の俺がよーく知ってる。よーく、耳に入ってきてたからな」
そもそも二人を最終選考に残らせたのもヴァンドだ。
飽和状態の選好状況で「若いから」とくだらない理由で外そうとしたモスカに立ちはだかった。
その時に口にした言葉を繰り返す。
「アイツらは天才だよ」
「……抽象的だな。詩人にでもなりたいのか?」
ゆら、と藍瞳の炎が燃えるのをヴァンドは感じた。
適当なことを言って騙そうとしていると思ったのか。
「若いだけだろう。知れてる」
「あの若さで白金等級はそういうことだろ。俺らが最初に出会った時、今より10は若かった。20代だぞ? 分かるか?」
「あの二人はどう見ても10代に見えるんだが?」
「エレだってそうだった。でも、エレは俺より三つ下だって組合から報告があっただろ?」
若いから心配をしている。若い実力者は折り紙つき。
若いから熟練度の心配。それを凌駕する才能がある。
モスカとヴァンドの視点は、冒険者組合に属しているかどうか。
白金等級への昇格は骨が折れるのだ。ヴァンドだってそうだった。エレがどうだったかは知らないが。
それにクランを持っているヴァンドだからこそ、白金等級の冒険者の力量は推し量れる。
「それでも悩むなら、エレに頭を下げりゃいい」
嫌味たらしく笑って見せるが、ヘルムがそれを隠す。
としても、反響する声色には不器用な棘が明け透けで。
「帰ってきてください。お前が必要なんです~。な? したら、悩まなくていい。だろ?」
頭の動きで解決する単純な話だ、と鼻で笑う。
エレの後釜探しに苦労するのは目に見えていた。
ヴァンドが予測できることが、モスカが予測できない訳がない。それくらいの評価はしている。
しかし、モスカとルートスは追放を言い渡したあの日、ほくそ笑んでいた。
「どうせしないんだろーけどな」
と言って、頭の後ろで手を組んだ。
言いたいことを言って、後は任せますよ、という態度。
「……」
好き勝手に言われたというのにモスカはヴァンドの指摘を飲み込み、咀嚼し、片づけた登録書の方に目をやった。
「……頭を下げる」
頭の中を片付けるためだけに外に放り出したような声。
ややあって、発せられた声には普段通りに戻っていた。
「それで、アイツの優先順位が変わるならな」
口元を笑みを浮かべるモスカは、すぐに鋭さを表情に帯びさせて。
「――だが変わらん。だったら村人を仲間にする方が百倍マシだ」
それは頭を下げないことの言い訳のようにも聞こえた。
けれど、ヴァンドには長い間旅をしてきた仲だからこそ「エレは意見を曲げない」と確信しているように思えた。
答えが決まったようで、モスカは机の下の足を組み替えた。
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