再始動、勇者一党①




 神より託宣イレーネを受け、その者は名を冠する。

 その名は《人類の導き手》《神の跡目》――勇者。

 名と共に授かるは《聖遺物レリック》を有する権利なりて。

 善神の子らを導き、跳梁する悪を滅する彼の歩みは希望の向こうへ。

 その歩みはただ只管に、光の元へと至らん――……。



 よくある「勇者」の話の一幕だ。

 つまらない「御伽噺」の一節だ。

 それでも、憧れが絶えることはない。


 今日も今日とて、憧れる者達がその場所に集まっていた。


 ▽始まりの地――…………




      ◆◇◆




 男は机の下で足を組み替える。

 何度も。まるで、苛立ちを紛らわすように。

 バラ、バラ、と捲る登録書に藍瞳を落とし、滑らせ、目を上げた。

 

「……最終選考の最後は、二人組か」


 その言葉に、簡素な椅子に座っている二人は体をキュッと強張らせた。

 灰色の髪。前髪を編み込んでいる髪型。紅葉色の瞳。幼げで瓜二つの二人の顔。

 書かれている容姿は間違いない。


「名前を」


「ウェスタ」


「フローラ……」

 

 名前と顔を確認すると、再び書面に目を落とした。

 本人確認が済んだのだろう。返事を返すことなく登録書を検め始めた。




「……」




 全く、不愛想な態度だ。名前を聞くだけ聞いて放置とは。

 しかし、はその態度を気にすることはなかった。

 そうだ。そう、彼は愛想を振りまき、饒舌である必要が無いのだもの。



 だって、彼は『勇者様』なのだから。



 とはいっても、この間は手持無沙汰である。

 勇者が黙して書類に目を向けている間、二人は密かに周りを見渡すことにした。


「……」


 広くて、暗い、木造の一室。王城の近くに構えられたこの宿は、普通の建物のように思えた。

 質素と言えばそこまで、調度品も口が裂けても煌びやかだとは言い難い。


(だけど、なんとなく『空気が違う』のだ)


 格式ばった場所。旅をしていてこのような宿に泊まることなどない。

 広くて、厳かで……。としても、


(何がどう違うのかは、ボクらには分からないんだけど)


 冒険者にとって「厳か」なんて言葉は難しすぎる。でも、おそらく、この感覚がそうに違いない。

 分からないなりに部屋を見渡して、把握を終えると、次に目を向けたのは――先。

 

「……モスカ、これ何の時間だ?」


「……黙ってろ」


「黙ってなさい、ヴァンド」


「一秒前に同じこと聞いたから、二回言わなくていいっての」


 勇者の右と左に立っているのは、ヴァンドとルートスという勇者の仲間達だ。

 この二人だけでも無数に英雄譚が語られ、その風格は人であるというのに、人ではないナニカ――誹謗中傷などではない。決して――を前にしているような感覚になる。

 

 ――だから、彼らは英雄と言われるんだ。

 

 しかし、やはり、一番輝いて見えるのは真ん中だろう。

 《人類の導き手》《神に選ばれた者》《光を宿す剣》――勇者モスカ。

 差し込む日の明かりを背負い、椅子に腰かけている男の金髪が輝かしい光の中で踊る。

 その光景が人を魅了する妖精の鱗粉を纏っているのように見え、周りの評価を一段階低くする。

 

(やっぱり、勇者が一番かっこいい)

 

 目の前にいるのが本物の勇者とその一党であると認識するたびに、心が黄色い歓声を上げるのだ。

 きっと、彼らは、自分たちよりも――……。




「――――神官と、斥候」




 耳に入って来た言葉で呼ばれたと思い、二人は興奮と緊張そのままに声を返す。

 だが、勇者は首を傾げた。ふわりと金色の髪が揺れた。


(……あれ、呼ばれて、なかった?)


 二人の視界が、地震かと思えるほど小刻みに横に震え出す。

 どうしたものか。

 困った。 

 緊張や恐れに加え、「何を言ったのか」という不安感が襲い始めたぞ。


「っ、あのぅ……」


 自分たちは何を言った? 

 返事を返したつもりだったが。

 奇声を上げてしまったか。

 暴言などは出ようもないが、もしかするともしかすることがある。

 しかし、それらの不安はすぐになくなった。


「ふふっ……なにがそんなに怖い?」


 笑った。

 貴族のような面持ちの美しい男性が顎を引いて。

 とりあえずは失礼なことはしていないらしいと知り、ほっ、と胸を内側から撫でおろした。


 だって、今日はこれまでの人生で――これからの人生も含めてかもしれないが――最も大事な日の一つなのだから。


 失礼だけはダメなのだ、決して。

 そうして荒ぶる気持ちを落ち着かせていると、


「これから共に旅をするんだ。そんな状態では、魔王どころか魔物にすら負けてしまうぞ?」


「え」


 書類を簡単にまとめながら言われた言葉に、素っ頓狂な声が二人から零れた。

 緊張が弛緩をした。握っていた拳を思わず緩めるほどの。

 失礼をしないと心に誓ったハズだというのに、それを忘れて体を前に傾け、口や目を呆けたように開ける。


「……うぇ」


「……ぇあ」


 しかし、その反応を咎めることは誰にもできようもない。

 だってその言葉の意味はつまり……。



「「勇者様と……一緒に旅ができるんですか……」」



「あぁ、これからよろしく」



 勇者からの言葉に、二人は同じような顔を見合わせた。

 やっ――と歓喜の言葉を押し殺せても、涙は堪えきれなかったようで。

 わなわなと手を忙しなく動かし、先輩達の方を向き直して椅子に背筋を伸ばして座った。

 

「あ、ありがとうござ――」


「これから、よろしくおねがいします」


 隣の斥候が頭を下げたことに対し、神官が「うぁ」と小さな悲鳴。

 そっか、とすぐさま反省。

 始まるのだ。だから、ここで適切な言葉はありがとうではなく。


「こ、……よろしくお願いします」


 冒険者に礼儀で負けたから、せめては頭を下げる角度だけは低く。

 チラと横に目を向けると、ふ、と笑っている斥候の姿。

 くぅ、と喉を鳴らして、神官はもう少し頭を下げたのだった。

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