人類の灯火②
「で、なんで襲ってたんだ」
【話すから……か、髪を隠してくれ。恥ずかしくなってきた】
「……」
こんな状況でよく要求ができるものだと感心した。
話を聞くにあたって術士を自由にする必要はない。
口さえ利ければいいのだ。
【ほら、手が動かせないから。ね?】
鉤縄で手を拘束して、雪の地面の上に座らせている。
しかし、術士相手の拘束は口を塞ぐのが基本中の基本。
――術士を殺すなら喉だ。
その反対を考えると、発音をさせる喉が生きていれば術士は無力化をされないということだ。
だから、この拘束はほとんど意味がない。
なんの気休めにもならない。
(かぶりを本当に戻したいなら、スケルトンでも召喚すればいいだろうに)
【プロシオス?】
「……はぁ、分かった」
かぶりを持ち上げようと術士の頬の横に腕を伸ばそうとして。
「噛みつくなよ、殺すぞ」
こくりと頷かれ、フードを被らせた。
「で。襲ってた理由は?」
問いかけて術士の腹を探ろうとしたエレ。
その向こう、術士はツーンとそっぽを向く。
「なに、それ」
【私の行いを『襲う』という汚らしい言葉で現されて、不満を持っているのだ】
「だからなんだ?」
冷ややかな目を向けられているというのに、その態度を崩す気はないようで。
そしてやや間が空き、チラと見たエレの顔。
そこには、分かりやすく『めんどくさ』と浮かんでいた。
「言っておくが、適当なことを言えばすぐに首を刎ね飛ばすからな」
その言葉を聞き、エレの顔から視線を逸らして。
【……私はだれだ?】
「知らん」
【いや、え。いやっ、そういう……違う!】
「なに、なんだよ。記憶飛ばすな急に」
【だから、違うんだってば!! 私が誰だか分かっていれば、していることの説明がつくという話だ! ここに来た理由も、おおきく、おおーきく解釈したら繋がる】
ほら! と影から骸骨を召喚させた。
やはり拘束は意味が無かった。
カツカツと上顎と下顎を噛み合わせて音を鳴らす死霊。
それをものぐさそうに見て、術士に目を戻す。
「《死を司る者》《不死の神の信徒》――死霊術師、だろ」
【オ!】
「それと勇者一党の仲間になる……が村を襲う理由になるのか?」
【その通り! ここに来るまでの街もたぁくさん襲ってきたぞ!】
「ははは。冗談言えよ」
【むっ、嘘じゃないぞ!】
術士が勇者一党のことを好いているのは分かっている。
けれど「村を襲う」と「仲間に入る」のは全くもって別の話だ。
「……」
声を荒らげているのを薄笑いで流し、エレは少し記憶を確かめるように辿った。
そう思えば、いつから術士の戦う気がないと分かったのか、と。
それは、確か――
「そういえばお前、俺が、その……なんだっけ。プロ――なんとか、スってやつ……」
【プロシオス!】
「そうそう、そいつって気が付いた時から戦う気なくしたよな」
樽に腰かけるエレの横側で術士はこくりと頷く。
【それはそう。そうでなくばおかしい。だから言ってただろう! 戦う気がないんだって】
「なんでだ?」
【それは、それはぁ……っ! ってプロシオスは、自分で考える気が無いのかぁ!? さっきからその話しかしてないだろうがー! ずっとグルグル回ってるんだってば!】
「さっきからその話をしてる……」
エレはやはり分からないと、顎に手を当てた。
村やこれまでの街を襲ったこと――
勇者一党の仲間になること――
不絶の灯火の名前を聞いて戦う気をなくしたこと――
これら全てが同じ話である。
適当なことを言って、時間を稼いでいるのか?
だったらすぐに殺した方が――
「――――……」
エレは、樽に腰掛けたまま隣に広がる……村の惨状を見やった。
家は崩れ、食い荒らされた家畜が地面に投げ捨てられている。
進入禁止の柵なぞ機能をしなかったのだろう。
そのほとんどがなぎ倒されて、何度も踏まれて地面に埋め込まれていた。
おそらくは、包囲殲滅。
奇襲の仕方にしては、仰々しいやり方だ。
本来はもっと凄惨だったに違いない。
けれど雪によって厚く化粧をされて、歪にも整えられていた。
その中でも、群を抜いて惨たらしい場所が一箇所あった。
そこだけはエレも無意識に目を細めた。
視界から入ってくる情報をできる限り抑えようと思ったのだ。
噴水だ。
村の中央にある、水が凍り付いた噴水。
そこに、喉元が食いちぎられた少年の死体が顔を覗かせていた。5本あるはずの指は2.5本になり、長指の真ん中から小指の付け根までが齧り付かれたように無くなっていた。
犬のような噛み痕。
血屍ノ狼だろうか。
……もしかして。
街を襲っていた――と術士は言っていた。
クラディウスも「魔族が徒党を組んで街を襲っている」と、同じようなことを言っていた。
それらが全部、術士のことだったら?
全部が、こんな――生を冒涜するような行為で蹂躙されていたら?
「――――っ!」
込み上げてくる怒りをかみ殺した。
すぐに殺せと、脳みそが信号を腕に送ってくる。
一瞬だ。瞬で終わらせれる。
本体はこいつだ。
首さえ飛ばせば殺せる。
「………………だめだ」
情報は必要だ。
情報が必要なんだ。
術士が何を考えてこんなことをしたのか、ひも解く必要がある。
そして、後世に残すのだ。
魔族の行動パターンを予測しやすいように。
吐き気を抑え、口元を肩で拭った。
「…………」
しかし、考えても分かる訳がない。
魔族と只人は異なる神に創造されたのだ。
元根本が違えば、理解し合える訳もない。
だってそうじゃないか。
こんな惨状を引き起こす理由が、
勇者一党の仲間になりたいのと同じだなんて。
エレは、湧き上がる不快感を胸の下に抑えるのに必死だった。
「…………」
【…………】
村の方を見て顔色が悪くなったエレを見て、術士は言いづらそうに顎を引く。
体を小さく揺らしたかと思うと、今度は俯いて小さく呟いた。
【――わたしは……――なんだ】
「なんだ?」
突如として聞こえてきた術士の言葉が上手く聞き取れず、エレは聞き返した。
【…………】
二回も言うのは恥ずかしいのか、俯いたまま横に目を流す術士。
次の言葉を発するのには時間がかかった。
勇気を振り絞ったのだ。
好きな人に、大胆な告白をするように。
その告白をするために顔を上げた術士の顔は、真っ赤に染まっていた。
【私は――勇者一党のファンなんだっ!!】
「……ふぁん?」
何を言い出すのかとエレは鼻で笑った。
真剣な話をしている最中に冗談を言い出すなんて――
しかし、術士は瑠璃色の瞳をエレに真っすぐに向けていた。
【お前らのことが好きなのだ! 尊敬してるんだ!
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
「…………は?」
恥ずかしげに言われた言葉を聞き、エレの中の時が止まった。
いや、ただのつまらない比喩だ。
実際、時が止めるほどの力は術士はもっていない。
けれど、そう感じてしまうほど……エレの意識は術士のその言葉に向いていた。
周りの風景がぼやけ、
雪や風が止んだような気がして、
そのただ白い空間に佇む。
他のことが一切合切、頭からすっぽ抜けるような感覚。
戦闘中であることすらも、エレはその一瞬忘れていただろう。
「…………おまえ、なに?」
感情のない吹けば消えてしまいそうな声。
エレは、どこか、じわりと心に広がる違和感を感じた。
「救う……って、お前、人を殺して」
そこまで自分で口にして、
「――――」
ようやく決して交わることのない点と点が繋がった気がした。
こいつは、死霊術士。
死を司る者。
不死の神を崇高する信徒。
エレの瞳が大きく見開き、
その下の口は嫌悪感に引き攣って。
そんなエレとは対照的に――術士は眩い、まるで憧れの人達を目の前にした子どものような笑顔を浮かべた。
【――あぁ、
彼ら、不死神の信徒は――この術士は
◇◆◇
聞き飽きた言葉だ。
不死神の信徒とは何度も対峙した。
かつて、勇者一党として長い旅の途中での話を思い出す。
――村を壊滅させ、死体を呼び起こしながら男は言った。
そもそも、生ける者の行きつくところは死だ。
後か先の差でしかない。
淀み、穢れて、傷ついて――
そこまでして不安定な生に執着することはないだろう?
枕を濡らして【来たる死】に脅えようが、
間を重ねれば体が錆びるように鈍化し、
時間は死を運んでくる。
身を削って救った民も何れ死んでしまうぞ。
それが今日か……明日か、何年後か。
だが、確実に死ぬ。
それは紛れもない事実であり、
避けることなどできようもない。
ならば、今、救済をして差し上げよう。
今が最も若く、最も力強い、死ぬにはいい日だろう?
――道案内をしてくれた者の臓腑を艶やかな表情で巻き上げながら、少女は言った。
わたしは、死する者達をただ黙って見ていくのが辛いのだ。
だから、救う。救ってきた!
この世で一番強く、
哀しき物を運ぶ『時』の及ばぬ地へ、皆を送るのだ!
そこで皆で宴を開こう!
楽しい、楽しい大きな宴だ!
皆の英雄譚を聞くのも良かろう!
一頻飲み明かすと、皆で肩を並べて善なる神と戦いに行こう。
右を見て見ろ! かつての大賢者だ!
左を見て見ろ! かつての大英雄だ!
かつての
戦いを終わらせば、皆でまた宴を開こう!
無限に続く幸せな場所で、皆で!
【――
耳に飛び込んできた言葉は、
他の信徒と同じように迷いなど一切ない声色で。
術士は、かぶりの下で優しい笑みを浮かべていた。
【生きていく上で感じるものは、生きているからこそ感じる。
辛い、悲しい、痛い。
想い人を亡くして咽び泣くことですら、
生きているからこそ感じるもの。
皆が死ねば、泣き叫ぶこともない。
愛する人を失う痛みなぞ味わう必要もない。
皆が安定した環境で、永遠に過ごすことが出来る。
だから私達は言うんだ。
生きることは苦難を伴うことなんだと。
だから私達は言うんだ。
死を齎すことを救済だと】
雪降る小道で術士は桜色の唇を押し開け、
民へ《教え》を説くように優しく声を発した。
それはまるで高位の神官のようで。
思わず魅入ってしまいそうなほど、可憐で、優しく、温かい表情で。
【本当に、ありがとう!
華々しい笑顔を前にして、エレの顔は色を失っていく。
「――…………」
何を言っているか分からない。
分かりたくない。
理解したくない。
本当は分かっているというのに、体が受け付けようとしないのだ。
それを理解してしまうことが、どういうことかを知っているから。
【お前たちがいなかったら、此処に来るまでの街で皆を助けることができなかった】
感謝の言葉は続く。
やはり《教え》のような声。
耳へ――心へ、さらに内側へと易々と入り込んでくる。
聞いてしまう。
聞き入ってしまう。
戦闘に没頭していたことで忘れかけていた痛みが、じくじくと、蠢くように体を蝕んでいく。
「お、れが……」
【あぁ! そうだ!】
ようやく、頭が受け入れた。
受け入れてしまった。
【勇者一党――いや、プロシオスが頑張ってくれていたおかげで、魔族を使役して
術士は、両手を広げて賞賛の言葉を紡ぐ。
「そ、う……」
エレは自分の震える手で真っ白な視界を、黒く変えた。
渦巻く。
色々な感情が渦巻いて、気分が悪い。
受け入れてしまえば、もう、逃げることなんてできない。
この生温かくも残酷な救済劇を作った犯人は――――
【ほらっ! お前たちが頑張ってくれたから、こんなに!】
そこに横一面に現れたのは、躯。
かつては、生きていた者達の成れの果て。
生きて、笑って、哀しんで。
そうやって生活をすること権利を剥奪された者。
エレ達が救いたかった人達の姿。
【これは、私がここに来るまでに出会って救った人たちだなんだぁ~】
勇者一党が殺した魔族を術士が呼び起こして、
その力で国民を殺した。
俺達が、頑張って……魔族を殺してきたから。
俺が、体を壊してまで勇者一党を導いていたから。
俺が……魔王を殺さなかったから――……
【プロシオスっ! たくさん、
――救えなかったんだ。
「……ぁ」
今までしてきたことが、
全て真っ黒に反転したような気がした。
――俺が……俺が、仲間を……護ろうとしたから?
魔王を殺せなかったから。
殺していたら、魔族の力は弱まっていたというのに。
殺していたら、こんな惨状は引き起こされなかった。
――――自分の身勝手な行動が、たくさんの人を殺すのに力を貸してしまった。
噴水に目を向けた。
少年の死体がこちらを見ている。
「――――!」
エレは、バッと地面に目を向けた。
「――――おれ……そんなつもりじゃ」
罪のない人が死んだ。
護りたかった人が死んだ。
自分の身勝手な、自分が犯した行動で。
エレの中で、グルグルと『今まで』が渦巻き、崩れていくような感覚が襲う。
「…………ちがう、おれは」
それに抗うべく、エレは術士に手を伸ばした。
――こいつさえ、殺せば、止まる。
グッと襟首を持ち、地面に投げ、短剣を振りかぶって――
【私も……救って、くれるのか?】
「――っ!」
逡巡。
死は救済という言葉を信じて、ここまでやってきた者。
勇者に憧れ、
勇者らの真似事をして、
憧れの者に感謝を伝え。
そして、今、その憧れの者に殺されそうになって。
――何を、恐れてる?
――何で、躊躇っている?
お前の犯したことは大罪だ!
そう叫び、無様に叫んで否定をすれば良いだけだろう。
だが、エレは否定をすることはできなかった。
【よかった……これで、私の役目は終わりなんだな】
この術士は、自分だ。
そう気付いてしまったから。
決して褒められることではない。
けれど、自分が信じているモノを信じ切ったのだ。
迷ってばかりのエレとは違って。
「――――なんで、お前は、そんな花が咲くように、笑うんだ」
術士の頬に、エレから滴る粒が落ちた。
【プロシオス……泣いて、るのか……?】
術士はモゾっと手を動かして縄を解くと、ス、と両手をエレの頭を抱くように伸ばす。
冷たい手が頬に当たり、エレの髪を掻き上げた。
「もう…………やめてくれ」
これ以上、自分を惨めな気持ちにさせないでくれ。
武器を持つ手が震え、エレは唇を噛む。
「……おれ、は……」
馬鹿みたいに殺意を出して。
殺されるのを待っている、純粋な信徒に武器を振りかざして。
「ちがうんだ……護りたかっただけなんだ…………」
勇者一党の先鋒。
人類希望の灯火。
なにが。
なんで。
そんなに大きいものか。
俺はこんなにも……ひどく、惨めで。
どうしようもなく、小さいじゃないか。
湧き上がる後悔に、体が、判断が鈍る。
この瞬間の存在が、エレの人生を大きく変えることになる。
「――――エレ! よかっタ! ここにいたんダ!」
飛び込んできた声の場所は、村外れの大木の傍。
バッと振り向くと、そこには息を切らしている、
「アレッタ……なんでここに」
少女神官が立っていた。
◆◇◆
「アハハ、逃げてきちゃっタ。やっぱり、エレと一緒にいたいと思っテ」
額に汗を浮かべながら笑う。
その姿をエレに押し倒されていた術士は見入るように眺め、唱喝の詩人と契約した時の言葉を思い起こす。
【おまえ……】
「……?」
白髪にマリーゴールド色が入った、
小柄で、
蜜柑色の瞳をしている少女。
その細い手首には文様が刻まれている。
【……】
手首には包帯が巻かれているから文様は見えないが、短剣の持ち主が連れ帰ったと言われた。
ということは、今、目の前にいるのは。
【――唱喝の詩人の娘……か?】
「――っ!?」
術士の言葉で、かつての館での記憶が呼び起こされる。
それと同時――エレは叫ぶようにして武器を構えた。
「――――アレッタ、逃げろ!!」
突然の大声でビクリと身体を震わせるアレッタ。
焦りが滲むその叫びの正体は不明瞭なものだ。
だが、長年の経験はエレに『直感』という警鐘を鳴らした。
【――――】
先程までナリを潜めていたモノが揺らめき立つような感覚。
そして、やはり、その手の感覚は間違うことのないもので。
【――
その時、村の外れの空間がぐにゃりと歪んだ。
咄嗟に防御をしたエレだったが、空間ごと抉り取られるように、腹部に穴がズンッと開く。
「っぐ――ッ!?」
唱喝の詩人の唄の一つ――何も無い空間を創り出す唄。
高い攻撃力を有する唄だが、マナ消費が著しく大きいものだ。
だから、唱喝の詩人としても連発どころか放つことすら躊躇をしていた。
躊躇をせず使うとなれば、理由は一つ。
もう、マナのことなぞ心配する必要が無くなったということだ。
唱喝の詩人は、嬉嬉として硬直しているアレッタの体を盾にするように持ち上げた。
【ハハッ……やはり、お前が盗み出していたか、小僧!】
地面に横たわるエレは苦悶に顔を歪ませ、完全に復活していた影を睨みつけた。
その影は、形勢逆転をした状況下で、体中から溢れる笑みを堪え切れずに、
【まだ、戦いは終わってはいないぞ】
そう、口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます