円卓③



「そうか、この塔が結界をねぇ……。いや、凄い発見じゃないか。素晴らしい」


「神殿長にそう言われると、この老いぼれがしたことは無駄じゃないんじゃと思うのぉ~。まったく悪い気はせんな」


 まだ公に公表はしとらん話じゃがな、とクラディウスが呵々と笑い、神殿長も同様に笑った。


「話は分かったろ? で、なんかあんのかよ。神殿側から」


「まさか、発言権を頂けると?」


 ここまで話をして発言を許されないと思っていたらしい神殿長はジョウンに赤い瞳を向けるが、肩を竦められてさぞ嬉しそうに口端を持ち上げた。




 【天至一矢アルキュラス】は神が建てた塔である。


 それはどこからか出た話だが、そうであるならば何らかの恩恵を与えてくれているとは考えられていた。

 それが見つかったのならば、神が造形したものだと考えていい。


 神の恩恵によってエレはこの街にいることが出来なくなる。

 この状況は神殿側からしてみれば、まったく困ったものであるには違いない。


 

「神殿から言うことは、そうだな……」



 説明された内容を頭の中で繰り返し思い出しながら、ふ、と神殿長は赤い瞳を半ば閉ざす。

 

 冒険者を続けさせながらも、有名にさせない

 冒険者たちの依頼を横取りさせないようにして

 現体制にあまり影響がないようにする

 この円卓の発言力もそこまで持たせず

 住まわせるだけでは勿体ないからと働かせる


 つまりは……エレがこの街にもたらすメリットを受けながら、実権を握らせない――と。




「エレが実権を握らなければいいのだろう?」




 口を隠すように手を当て、悩んでいる素振りを見せる。


 勇者の他の一党構成員よりかは目立たないとしても、有名人であることに違いはない。そんな人物を冒険者として有名にしなかったらいい。


「…………」


 エレは見た。

 神殿長の口元を隠していた手の内側を。


 

(この人は本当に……)



 ほくそ笑んでいた。

 計画が成功をしたと、その嬉しさを噛みしめるように。 


 ジョウンが反対側が優勢と思って、口元を緩ませているその顔面へ。

 ディクテオルやマリアベルが待ちわびている言葉を。

 クラディウスがどのようなことを口にするかと好奇心に駆られているところへ。


 手を広げ、ビジネスの笑みへと変えた口元を露わにして。



「エレを神殿が引き取ろう。それで、解決をするはずだ」

 


「解決……しねぇだろ、それ」



 ジョウンの顔がご機嫌斜めに痙攣をした。

 その左斜め前のクラディウスは、開けていた瞳を笑うようにして細めて。


「神殿長、少し聞かせてくれんかのぉ」


「もちろん。そのつもりです」


 今にも暴れそうな獅子を宥めるように、神殿長はすらりと手を左から右へ動かした。

 その視線を追うと、神殿長の手はクラディウスの元で止まる。



「名誉学長の仰ったことは最もです。

 エレがこの街にもたらす恩恵は、この街に不穏な空気を運んでくる可能性がある。職に炙れ、無敵の人となった者達はその力で物事を解決しようとするでしょう。

 過剰な供給となり、依頼の奪い合いになれば今現在いる冒険者もどこかに行ってしまい、素行の悪い冒険者だけが残ってしまう恐れもあります。

 ですので、神殿がエレの身柄を引き受け、殿

 いつもしているように、組合に発行するものは発行しますが、程度の大きなものはエレの元へ移します。それ以外の困難な依頼はさせません」



「あっ、もしかして……クランみたいなことを神殿でするってことですか?」



「まさしく。円卓での発言力も神殿にはありませんから、大丈夫でしょう」



 ディセム神殿長の声は思わず聞きいってしまうほどの声をしていた。


 民へと神の教えを説くように、優しく、聞き取りやすいような発声で響く声。

 低くも不快感などなく、耳に入ってくる言葉の意味を一つ一つ教え込むような、耳に残る声だった。 



「ほっほっほ。そうか。神殿の依頼を神殿内で解決をしたとなると、斥候殿だけではなく神殿の功績にもなる。それが目的じゃな?」 



「えぇ。独り占めをしようと思っています。

 時間が経てば、エレの名前はどこかで知られるでしょうが、一度「神殿の」という枕詞がつくのでそこまでの影響力はないかと。派閥を作ろうにも作れない状況になります」

 


 懸念をされていた派閥形成ができず、冒険者が流れ込むことも抑えられ、過剰な戦力としてではなく一部組織の戦力として雇い、この街の在り方に口出しはできない。

 それでもって多少の経済を回して、冒険者の負担を軽減できる。


 

「ならば、わしが反対をすることはないな」



 クラディウスは顎髭を撫でながら、チラとジョウンの方へを目を向けた。

 三対一。

 けれど、ジョウンが反対をしていたのは「派閥が作られるから」というものだ。それが無くなった今、彼が反対の立場である理由はない。


 言葉は発さず、ふんっ、と鼻を鳴らして腕を組んだ。

 納得はしたが、認めたくはないという意思表示だろう。

 他の二人はもとより賛成派だったから、反応を見るまでもない。


「それでいいかな? エレ」


「俺は元より、あんたがなんかしてくれると思って来たんだ」


 この街に住めるなら構わない、と。

 愛想のない返事を返され、ディセム神殿長はわしゃわしゃとエレの頭を撫でた。


 議論というのは、得てして小針が空中に溢れんとする空気感になることが多い。自らの意見を押し通すこともあれば、他人の意見に打ち負かされることもある。

 だが、それは議論の場だけの話だ。

 

 エレがこの街に住む。

 それが決まったと同時に、空気のほとんどは緩んだ。

 

 マリアベルは席をトトと回って、神殿長の反対側からエレの頭を撫でているし。

 それをディクテオルは眺めて苦笑いをしている。

 名誉学長はほっほっほと絹糸のような髭を撫でて上機嫌のようだ。


 ただ、一人。


 ジョウンだけはやはり反対というよりも、怒りの孕んだ瞳を必死に表に出さないように努めているようにみえる。




     ◆◇◆




「――じゃあ、俺は帰るぞ。住居を移したばっかりで、することが多い」


「え~。もうちょっと話していきましょーよー」


「逃げるのだけは早いんだな」


 ジョウンの嫌味に愛想笑いを作りながら、転移装置に乗った。

 エレ以外の五人はまだ話すことがあるとして円卓で席についている。

 装置に人が乗れば、自動で地上への転移が始まる仕組みだ。

 円卓の方を向き、エレは目を閉じると――



『――――――――――』



 何やら騒がしいことに気が付いた。



「これ、何の音だ」



「……これ、警鐘……? ってことは、まさか」



 《天至一矢アルキュラス》の下の街から聞こえる訳ではなかった。

 その空間全体に聞こえていたのは、地上からの警鐘。

 それが地上と中層を繋ぐ転移装置の傍らにある、黒い四角柱を通して聞こえてきていた。


 ――異変。


 しかし、あふれ出したマナは止まらない。

 このまま外に足を踏み出せば、転移に体が巻き込まれてしまう。


 エレが戸惑っている中、黒い四角柱から立て続けに声が響いた。



 魔族の姿を確認! 

 繰り返す! 魔族の姿を確認!!

 方角――北東方向。

 近隣の村を襲撃し、こちらへ接近中。

 確認できた魔族の個体名は《死霊術士》! 



 鬼気迫る声が、カンッカンッと鳴り響く警鐘と共に聞こえる。

 何度も、何度も、繰り返して伝えていた。

 円卓の全員に緊張が走る。 


「よりによって魔族!? まじか……! 迎撃隊を編成しないと!!」


「落ち着かんか」


 ディクテオルがガタリと席から立ちあがったのを、隻眼の老爺は目で制した。


「落ち着ける訳ないだろ! 魔族は来なくても、不死者アンデッドがくるぞ」


「だから冒険者だけでなく、高位神官を組み込んだ一党を四つは用意をせんとならん。急いて冒険者だけが向かっても分が悪い」 


 不死者。

 それは魂が抜け落ちたというのに動く死者のことを指す。

 骸骨、動死体、と種類は様々だが、塔より西側に影響を及ぼすとしてはこの魔族が最善手であることは明白だ。


 街に動く死体が跋扈する。

 人が死に、死体になる。

 それがまた《死霊術士》によって動く死体とされ、

 新たな兵士を作っていく。


 止めるためには魂を浄化させる必要があり、それができるのが神官となる。


 ディクテオルが焦った眼差しを神殿長に向けたが、神殿長は冷静な面持ちのまま。



「あいにく、神官は出払っていて用意できません」



「だったらどうするんですか! 神官じゃないと」



「たとえ、神官であっても物量相手には荷が重い。冒険者でも厳しい仕事でしょう」



 冷静な神殿長に、ディクテオルの蟀谷に青筋が浮かぶ。

 珍しく怒りを露にする若人を前に神殿長は、はた、と手を上げた。

 


「北東の村は巨大樹の立ち並ぶ森林付近。雪も積もっているでしょう。雪道の行軍、木登りは得意でしょうが――気を付けて」



 その言葉に、四人の視線が、一つの場所へ集まる。

 が、その時には既に姿はなかった。

 膨大なマナによって地上へ転移が済んでいたようだ。




      ◆◇◆




「この話、斥候殿にどこまで聞こえたんかのぉ……?」


 クラディウスのため息と共に聞こえた声に苦笑いをする神殿長だったが、グンッと衝撃が走って体が持ち上げられた。

 ジョウンが食ってかかるように胸倉を掴んで持ち上げたのだ。


 体格が三倍は違う獅子の膂力を肌身で感じ、後ろに黒髪が揺れ動く。



「何笑ってんだ、てめぇ! あんな腰抜けを魔族の迎撃隊に組み込むだぁ!? 馬鹿言え! あんな腰抜けが不死者の群れに勝てる訳ねぇだろ!!」



 赤い鬣の獅子の瞳孔が開き、溢れ出た殺意が空間を歪める。

 周りの三人が止めようとしたが、溜まりに溜まった苛立ちが獅子の剣を抜かせた。



「急に出てきて、急に話を進めて……挙句の果てには神官を出さずに千載一遇の機会を逃した馬鹿を……お前が言う『民が苦しまずに済む世界を作れなかった』弱者を遣わすだって? 

 街に入れることくらいは目を瞑ってやってもいい。いいが……拾い子だがなんだかしらねぇが、あんな奴を信頼すんのは馬鹿がすることだろ」



 怒りの炎を絶やさないまま、後ろで止めようと動いていた三人の方へ牙をむく。



「近寄んじゃねぇ!! お前らもそうだ! 何故アイツをそこまで信頼するんだ!? 魔王を殺せる機会を逃した張本人だぞ!?」



 ずっとジョウンが不機嫌だったのは、やはりエレが魔王の元から敗走をしたのが理由だったらしい。


 なにもエレのことが最初から嫌いだったわけではない。

 ジョウンはエレの実績をよく理解をしているし、冒険者の一人として尊敬すらしている。

 それほどまでに勇者一党の先鋒を務めていたというのは華々しい功績だ。



「一番、気に入らねぇんだよ……強い奴が――なんでもできるような奴が、真面目にしないのが!!」



 だが、ずっと平和が訪れるのを待っていた。

 機会があったのに、掴み切れなかった。

 挙句、尻尾を巻いて帰ってきた。



「俺なら殺してた! 俺ならやれたさ!!」



 失望をした。

 魔王さえ殺せば、魔族たちの力は弱まるというのに。

 同じ冒険者として、みっともない行いだと。



「俺は反対だ! あんな奴を迎撃隊に組み込むだなんて……また、敵を目の前にして逃げるに決まってんだ!! 次はたくさんの人が死ぬぞ! 俺らだ! 俺らの街が壊されるんだ!」


 

 喉元に伸びた獅子の牙。

 獣のように荒くなった鼻息。

 後ろの三人が息を飲む音が聞こえた。




「――――迎撃隊に組み込む? 私が、そういいましたか?」




 火傷してしまいそうな熱を持つ赤髪獅子が持ち上げる先では、ゆらりと赤い炎が冷たく燃えた。

 だが、視野が狭まっているジョウンがそれに気が付くわけもなく。




「お前が言ったんだろ! 神官が足りないからって――」




「誰も組み込むとは言ってはいないだろう」




 その鋭い剣のような声に、獅子の表情が一気に青ざめた。

 先ほどまでのニコリとしていた顔は何処にか消えていたことに気づく。


 美麗な顔が、不快そうに歪む。

 それは、決して、神殿長が浮かべてはならない表情だ。



。他の手助けなど要らない」



 獅子が話すことが全くの検討違いだとするその表情を見て、本能から思わず掴んでいた手を離した。



「魔王から逃げた? 

 腰抜けだと? 

 ならば、団長殿は――魔王の元から負傷をした三人を抱え、孤立無援の状況で、魔王や魔族からの攻撃を体に浴びながら、一人も被害を出さずに、王国まで帰還できるのかい?」



 皺が寄った神官服をぱっぱと払いながら、神殿長は再度問いかける。



「――できるのか、と聞いている」



 瞳に揺らめく赤い炎に貫かれ、ジョウンは縫い付けられたように口を閉ざした。


「神代からの言い伝えでは。その言い伝えを守り、国民の希望の星である勇者一党の全員を護った」


 新たな勇者が出てくるまで国民が魔族の脅威に怯える必要がないように。

 すぐに立て直してまた討伐の旅に出られるように。



「勇者は神が託宣イレーネを与えた一人しかいない。

 彼が魔王に負け、死んだとなると大損失だ。この国は魔王の危機に怯えて過ごすことになる。

 この街だって、例外ではない。

 彼を連れて帰っただけで、待ってるだけの私たちは諸手の拍手で出迎えるべきなんですよ」



 広報紙では決して語られない話であり、誰も疑問に思わなかった話だ。



 ――何故、勇者一党は誰も欠けずに帰ってきたというのにエレだけが批難されるのか?

 ――何故、魔王に止めを刺せなかったのかと罵詈雑言を浴びせられるのか。

 ――何故、斥候が全責任を負わされなければならないのか。



 他の三人が魔王よって戦闘不能な重傷を負わされたからだ。

 そして、最後まで立っていたのがエレだったからだ。

 そうでなくば、エレが連れて帰れるわけもない。


 そこまでに考えを至らせず、情報を鵜呑みにして批判をする。

 なんとも、愚かな事だ。



「――――あの子は、私が知り得るなかで一番の”勲し”ですよ」



 いやぁ、エレを勝ち取れて本当に良かった。

 良い買い物ができました。

 今日の巡り合わせに感謝をせねばなりませんね――


 そういう神殿長は、すっかり普段の表情に戻っていた。


   

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