円卓②



 もうすでに歓迎の雰囲気が作り上げられたのだと感じた。


 商業組合の組合長と二大クランの一人が首を縦に振ったのだ。

 もう、横に振る者は誰もいない。

 そう感じるほどマリアベルの意見は、エレがこの街に住むことで得られる恩恵を分かりやすく伝えていた。


 けれど、クラディウスは首を横に振った。


 発言力がないと話していた人が、反対の立場が不利な状況で。

 それが何を意図しているのかと皆が眉間に皺を寄せる中、クラディウスは膝上で手を組んだ。



「この街にこれ以上の戦力は要らぬ。冒険者が増えたとしてもすぐに依頼が回らんようになるじゃろう」



「待てよじーさん。俺ぁこいつがここに来ることを反対してるが、それはでっち上げじゃねーか? 冒険者の依頼は今でも余ってんだぞ?」



「ふむ。そうじゃなぁ。まだ公になっとらん話を持ち出すのは公平ではないんじゃが……《結べコンキリット》」



 《ことば》が聞こえると、全員の頭上にあった名前が卓の中心に向けて溶けだし、融合してまたある形を作り出す。


 ――金色の塔。


 それは五人が議論をしている場所である《天至一矢アルキュラス》だった。

 それが五つ横に並べられて浮かんでいた。


「この土地には、一つの塔がある。それが北に向けて国土を横断するように更に四つある。それは知っておろう?」


「あぁ……知っているが、それが」


「何の役にも立たんただのはりぼての塔かと思っとんたんじゃがのぉ……長年かけて研究をした結果。この塔は、魔族を弾く――不可視の結界のようなものを作り出しとることが分かった」


 エレの目がピクリと動いた。


 魔法使いは嘘をつけば、その効果が鈍る。

 神がこの世界を創った時に用いられた《創世のことば》を使うからだ、と言われている。


 ましてや賢者の言葉、嘘偽りがないことは明白。


 だが、それを知っていたとしても、エレはクラディウスの言葉は俄には信じられなかった。

 『魔族を弾く結界』それが南から北にあるということは――……。



「魔族は、ここから西の領土を侵攻できないって話か」



 エレの言葉に、賢者は目を瞑って頷いた。

 



      ◆◇◆




 この街は丁度真ん中に位置をしている街だ。

 それでも、まだ塔を挟んで向こう側には人々が住まう村や街が存在をしている。

 

 有力とされる魔族を勇者一党が西から東にかけて潰しに行ったこともあり、その『防衛線』が東に追いやられ、安心になった土地に人が流れて行き、各地の街が活気を取り戻した。


 だから、気が付きにくかったのだ。


 【天至一矢】より西側には、魔族の被害が一件もないということに。


 魔族の被害はなくとも、魔物の被害は当然存在している。

 魔王や魔族がまき散らす瘴気も当然こちら側へと流れてきている。魔族らが作り出す怪物らはその塔を通ることが出来るのだ。



 しかし、その母体――魔族らは塔を跨ぐことが出来ない。



 元より、この《麗水ノ海港》がある位置としては勇者が魔族を倒しに奮い立ったその時点で、魔族の発見数は疎らであった。

 つまりは、エレやモスカ、ヴァンドやルートスが塔から向こう側に行った時には……既に、魔族の力というのはそこまで及んでいなかったということだ。


 ならば魔導学院の名誉学長であるクラディウスが言わんとすることは分かる。


『魔族らが力を取り戻したとしても、この土地まで進行をしてくることはない』


 この街での仕事はカイブツ退治で事が済む。

 それならば――と。隻眼の賢者はエレを見据えた。




「勇者の一党という肩書を持つ者は、この街に必要はない。波乱を呼ぶだけじゃろう」

 


「なぁーるほどねん。じゃあ……もし、呼んだ場合はどうなるか分かる?」



「そうじゃのぉ、専門外じゃが……。

 今現在で依頼が多少余っておる程度ならば、斥候殿が来たことで仕事が炙れる者が出てくるのは明白じゃろう。商業組合が考えとる経済的な面も、わしの意見を踏まえて考えたら想定よりも少ない数で推移をする。

 依頼数と冒険者数が不釣り合いになり、仕事に炙れた冒険者が何をするかはわかりやすい。他の街へ行くか、それでもこの街に在留するか。

 依頼がある場所へと冒険を求めていくもんは放っておいてもいいが、在留を選んだ冒険者は治安を悪化させる場合がある。そもそも冒険者は腕が立つだけで文字の読み書きができんもんもおるでな」


 他の職業に就くのも難しい――と直接的には言わずとも、その場にいる者達はそれをくみ取る。


 この世界の識字率はそこまで低くはない。

 世に出るときに騙されないためにと読み書きを教える家庭が多くなってきた。けれども、やはり学がない者は多い。


 冒険者はまさにそうだった。


 力を絶対的なものとして、依頼を熟す。

 依頼に書かれている文字はそれとなく読めるが、書くことが出来ぬものが多い。


 それは他の職業に就いた際に、やはり顕著に出てしまう。



「結界があるから魔族が押し入ってくる最悪の状態になることはない。ましてや、塔よりも向こう側には人が住まう街があるから、大丈夫だろう――そういうことね?」



 マリアベルの言葉に、クラディウスは髭を撫でながら応えた。



「そのことに関してじゃが、魔族は今かなり攻撃的になっているらしいと聞いた。勇者が魔王から事実上の敗走をしたんじゃからな。もうお祭り騒ぎじゃろう。

 噂じゃと、新たな魔族の出現が各地で報告をされとるらしい。徒党を組んで近隣の街を襲っとるとも聞く。まだ目覚めたてノービスじゃから、そこまでの脅威はなかろうが……以前のような情勢は改める必要があるかもしれん。

 塔より西には来んだけで、その境界線に出てきたらこの街にも被害が及ぶ。そうなってくると、境界線を防衛するような戦力が必要なんはそうじゃろう。

 それに留意をした時に勇者の斥候殿の力が必要になってくるかもしれん。が、それも現在の常在戦力で対応しきれると考えとる」



「でも、エレがいてくれたら安心はしない? するでしょ?」



「斥候の一旗アルスが来てくれるんじゃったら、そりゃあ心強い。

 じゃが、再三の話にはなるが、エレ殿の存在は波乱を呼ぶ。

 魔族の被害がこの街に及ぶまでひっそりと過ごせ、依頼をするな――それならばこの街におるよりも塔より東に出でて警護に当たったほうがその恩恵を最大限活用できよう。

 依頼をして、魔族が来るまでの間でこの街の派閥が増えてしまって、まとまりが無くなったら元も子もない」



 そして、何より――とクラディウスはエレを睨むように見た。



「エレ殿を、形式上『匿う』ことになってしまう。

 それはこの街にとって大きな痛手となる。

 わしらは――ジョウン殿を除けば、じゃが、そこまで重たく受け止めてはおらん。しかし、人気者を呼び込むとなった時……この街は、攻撃のええ的になるじゃろう」


 じゃから、戦力として街に来ることは反対の立場を取ろう。


 今までの賛成意見を一蹴したような言葉に、賛成をしていた二人は黙り込んだ。


「…………」


 エレとしてはただただ住まわせてもらうだけで良かったのだが、聞いている限り無理らしい。

 反論をしようとしても、エレはこの卓上ではただの議論をされる人物でしかなく、そこまでの発言力はない。


 この街の実情に精通をしている者らに何かを話そうとしてもいい訳にしか聞こえないだろう。


 

「んで、どーすんだ。じーさんの話によったら商業組合として賛成したのが全てひっくり返ることになるが」


「んむ……そうねぇ……」


「これに反論するのは難しいっすねぇ……」


 一転反対意見が攻勢に。


 ジョウンも目を開き、大仰な仕草でマリアベルとディクテオルへと反論はないかと駆り立てる。

 虎の威を借りる狐。その言葉がまさしく似あう様子であったが、それでもこの街の現状維持を望んでいるのは彼とて同じだ。

 賛成意見へと立ちはだかる資格は有している。


 二対二の構図。

 多数決という古典的な決の採り方は現状できない。

 どちらかが折れなければならない。


 折れなければ、現状維持――つまりはエレがこの場所に住まない時点での話で終結する。

 


(アレッタを預けてきたんだけどなぁ)



 悲しむ訳でもなく、怒るわけでもなく。

 エレはただただ背もたれに体重を乗せ、空を呆けて見ていた。


 自分がそれほど大きな存在であるとは露知らず。

 勇者一党の先鋒と言っても、輝かしい功績を持っている訳ではない――と思っていた。


 他の三人の方が知名度が高く、魔族を倒したと報じられた回数も圧倒的に多い。

 だから「拠点を移動するだけだ、何も問題はないだろう」と。


 今日、このように円卓会議が開かれることも疑問に思っていたほどだ。


 聞けばなるほど、と納得ができたのだが。



(別の街を探すか。塔より東なら危険地帯になるから……戦力は大歓迎だろうし)



 街を出る方向へ舵を切り始めた時、エレは思い出した。



(アレ)



 この街を実績を担うのは、本当にこの四人だけなのか?

 エレは何のためにこの街を目指していたのか。

 そうだ、この街の最大権力は――……。


 同時、五人が腰を掛ける卓に雲が通った。

 大きな雲だ。


 それが通過して視界が開けた瞬間に、四人の視界に入ったのは足。

 見上げていたエレの視界に収まったのは、褐色肌の男性の顔だった。

 



「――やぁ」




 低く、落ち着きのある男性の声にエレは目を見開く。

 その人物はエレが昨日、遠目で見た人物だった。


 一度会って話してみたら、忘れることはまずないだろうと思えるその風貌。


 金糸の入った神官服に身を包み、上からは稲穂色に縁どられたゆったりとした純白のローブを羽織っている。

 皺ひとつないその衣類は、小さな星が散りばめられているのかと思うほど綺麗に輝き、高貴な気品を醸し出している。


 透明感のあるくせっけの黒髪が風によって煽られ、耳を隠し、血色のいい褐色といい色相を奏でている。

 エレを見下ろしている余裕ある表情には、ニコリと弧を描く口角があり、細められた目の奥には炎のような赤い瞳が潜んでいる。



「――――神殿長……」



 エレの記憶では、この街の最大権力の神殿の長だった。




     ◆◇◆




「エレ、久しぶりだね」

 

 すらりと伸びた足で円卓を踏み、一瞬のうちに現れた神殿長はエレの頭を撫でながら神官服を揺らした。


 雲に紛れて登場をしたというのに、ずっとそこにいたような存在感をしている。堂々と、背筋を伸ばし、風に煽られても引き締まった体は崩れることはない。

 

「卓は乗るものじゃなくて座るものですよ」


「そうなのかい? なら――」


 と言って、、エレと真っすぐに向き合った。



「――では、議論を進めようか」



「――いや、だから」



 融通の利かない男にエレは珍しく表情を崩した。

 だというのに、神殿長は冗談を言っているつもりなどないように真面目な顔を崩さない。


 この人はいつもこうだ。

 すぐに自分のペースを作って、巻き込んでいく。


 エレは胸内でそう愚痴ると、神殿長は「ああ! そういえば」と声を上げて、四人に背中を向けたまま。


「昨日、神殿に来てたよね? なんで挨拶してくれなかったの?」


「付き添いで来ただけです。……あとは、忙しそうだったので」


 エレの言葉に驚き、ガッとエレの両頬を掴んだ。


「忙しそうだった!? それを言い訳にすることは私はできないなぁ。だって、働いている人間は皆忙しいじゃあないか。エレも忙しい中、時間を縫って足を運んだんだろう? だったら、忙しい中で時間を作るのも仕事の内だと思うんだが」


 言葉を並べる神殿長にエレは反論をする様子すら見せず。


「……次からは」


「そうしてくれ。私は暇じゃあないが、時間を作れる。なにより、優先順位を間違えることはしないさ」


 エレを説教を受けた気分にさせた後、神殿長はエレの隣に降りて、くるりと反転をして立ったまま四人のほうへ順番に様子を眺めた。


 ジョウンは目を細めて警戒をしている様子。

 ディクテオルも同じ様子だ。

 他の二人は驚きはしているものの、興味があるのか嫌な顔はしていない。


 上々だね――と口にして、神殿長は右手を左胸にあて、左足を軽く引いて挨拶をした。



「久しぶりだ、円卓を囲む友人諸君! この街の神殿長をしている、ディセム・オラキュテ・グリム・ミラネロフォ・アニマと申す者です、私は。

 此度はエレの進退を皆が決めると聞き及んで足を運んだ。

 さぁ、どのような話になったかを聞かせてくれないか?」



 手を広げて四人の言葉を待っていたが、誰からも声が聞こえないことに疑問に思って黒髪を揺らして首を傾げた。


「まだ、議論はそこまで進んでいないのかい? それとも、もう何らかの形で決まったのかい?」


「神殿長には関係ない話だろ」


「冷たいことを言わないでおくれよ団長」


「あんたは元より、この円卓から抜けた身だろ。急に出しゃばられても困る」


 赤い獅子が饒舌であった神殿長の口を閉ざす。




 神殿が強い権力を持っていたのはエレがこの街にいた時の話であり、今はそこまで実権は持っていない。


 円卓が発足したのは数年前だが、当時は円卓にも参加していた神殿が急にぱたりと参加しなくなり、円卓から抜けて行った。

 その理由はなんともアッサリとした内容で。



「神殿が街のあり方に口を出すと、全ての人間を手の平で支えようとするだろう。

 だが、それでは回らないこともあることを存じている。

 民を救うために民に無理をさせてしまうかもしれない」



 だから、円卓の皆を信じて任せよう。

 そして、皆がこうあれとした街の波から逸れた民を神殿が救おう。


 こうして神殿は実権を放棄し、円卓の補助に回ったのだ。

 補助といってもその活動は幅広く、上手く経済が回らずに困窮した民がいれば、身を切る思いで民を支えていたこともある。


 だが、捉えようによっては『実権を半ば放棄するように周りに投げつけた』とも取れる。


 何を隠そう、円卓を発足させたのは神殿なのだ。

 実権を放棄するために作ったのではないか、と勘繰るのは当然。少なくともジョウンはそう捉えていた。




「ふぅむ。そうだな。

 いや、まったくもってその通りだ。

 口を出すのは幾分か躊躇いをした方が良さそうだ。

 まつりごとはどうも難しく、身を引いた立場。平和になるべくと周りからは実現不可能であることや、夢見物語ばかり語ると罵られたのも懐かしい。

 とくに、ジョウン団長にはかなりきつめの言葉を頂いたこともある」


 視線を送りながらこくこくと頷いた後――


「しかし」


 と口にする神殿長は、とても楽し気にエレの黒髪を撫でた。


「この子は、私の息子だ。息子が帰ってきてそうそうに立ち去れとなっていたら悲しいだろう?」



 ――空気が変わった。



 周知の事実であろうと口にした言葉によって、四人の顔が時を止めたように固まる。


 チラと目だけで神殿長とエレの顔を見比べ――(髪の毛の質は確かに、似てるかもしれないけど)と考えた。

 そんな中、エレは肩を落としてまだ頭の上にある神殿長の手を退かした。



「拾われただけだ。血は繋がっていない」

 


 くくくと笑う神殿長に対し、五人は渋々と先ほどまでの議論を丁寧に説明をしていった。

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