円卓①




「俺ぁ反対だぞ」


 《天至一矢アルキュラス》の中層で始まった話し合いは、さっそく熱を帯びていた。

 ジョウンがすぐさま『反対』の立場を取ったのだ。


「これ以上、この街の実権を握る人物が増えたら敵わん」


 端的な言葉だが、これだけでエレがこの街に住むことで起きる話がおおよそ分かるだろう。



 今現在、この《麗水ノ海港》はこの場にいる者達が実権を握っている。


 この街を拠点として問題解決に勤しむ『二大クラン』

 現役を退いても発言力は健在な『魔導学院の元学長』

 この街を拠点に流通を取り仕切っている『商業組合』


 冒険者達がこの街にもたらすものは『安心』である。

 魔導学院がこの街にもたらすものは『文明』である。

 商業組合がこの街にもたらすものは『発展』である。


 こうして辛うじて均衡がとれているこの街に、彼らと同等の実権を担える人物が訪れたらどうなると思う?

 ……議論の余地としては有り余るほど存在しているのだ。


「俺は、警戒されるほどの疚しい考えを持っている訳ではないんだが」


「思っていなくとも、どうにかしようとすればできるのが問題だろ」


 ジョウンはエレの言葉を突っぱね、鼻を鳴らした。


「勇者の一党の先鋒様だ。派閥を作ろうとすれば作れるし、作らずとも何らかの動きを見せるだけで自然と後を追う者は増えていく。その可能性がある者をここに招いて『はいどうぞ、お住みください』なんて言えるか?」


 言えないだろう? ジョウンはエレを睨み上げる。


「住むんだったら依頼を受けず、人目の触れない場所でひっそりと暮らしてくれ。それとも、追放をされたお前が堂々とこの街に住むつもりか?」



 ジョウンの指摘は、冒険者の立場からの言葉だ。


 エレが依頼を受ければ、それは大きな話題となるだろう。

 解決するような内容も、蒼銀等級が受ける依頼だ。それだけでも英雄譚の一つが綴れてしまう。


 新進気鋭の若者ならばまだしも、来てそうそう何かの問題を発見、解決するだけでこの卓に座している者達と同等の発言力を持つことだってあり得る。


 新たな風が吹くことを嫌うものは多い。


 英雄に一歩及ばずとも勇者の一党に所属をしていた――という肩書だけでもジョウンやディクテオルのクランに所属をしている冒険者がエレの元へ押し寄せるかもしれない。


 オモシロクナイのだ。

 今まで築き上げてきたところに突然入り込んできた者が発言権を持つことが。

 

「堂々と住む……とはなんともイヤな響きだが……そうだな。世間では大きく騒ぎ立てられているが、少なくとも俺は間違った行為をしたとは思っていない」


「魔王の前から尻尾巻いて逃げたことがか?」


「あぁ。神に誓って」


「ハンッ! その頭には脳みそが詰まってねぇのか? 殺せる機会があったのに、闘争ではなく逃亡を図ったんだろ? 世間様が許してねぇってことは、そういうことだろーが」

 

 椅子にふんぞり返ったジョウンを見て、エレは表情を一切変えずに。


「理解できないなら話にならない。話し合いと言っていたから、どんなものかと思っていたが……人の話を突っぱねるのが議論だと思っているのか?」


「――あぁ?」


 赤い獅子がその鋭い眼光でエレを睨みつけた。

 エレは冷静に黒い瞳をジョウンに向ける。


「ならば、エレ殿は何をしようとしているのかのぉ? この街に来て、何をするつもりじゃ?」


 クラディウスが興味がありそうに質問を投げかけて、熱が少しばかり冷めて。


「未定だ」


「決まってはおらぬ、か」


 そうか、ふむ。クラディウスは髭を扱いた。


「悪いな」


「ほっほっほ。何も悪いことなんてありはせんぞ」


「まぁ、ただ……人の役に立つことをしたいとは思っている。漠然だが、俺には……それくらいしかできないからな」


「それなら、なおのこと良い話じゃな」


 髭を扱く手を止め、クラディウスは上機嫌に笑った。


「役に立ちてぇなら出ていけ。決まってねぇなら猶更来んじゃねぇ。この街でしかできないことがあるならまだしも――」


「この街でしかできないことはある。生まれ故郷だからな、羽を伸ばすことができる」


「てめぇこそ、会話をするつもりがないのか?」


「やっと堅苦しい職務から解放されたんだ。ゆっくりしたいと思うのは普通だと思うが?」


 再び二人の視線が交差し、ジョウンの歯が軋んだタイミングで、マリアベルその視線を割るように手を伸ばした。

 


「――はいはい。ジョウンの言いたいことは分かったわ。じゃあ、同じ職業のディクテオルからは何か意見はないかな?」

 


 司会進行のマリアベルの言葉にジョウンは、再び瞳を閉じた。それでも喉はずっと不機嫌そうに唸っている。

 その苛立ちを抱えたまま眠った獅子を横目に、ディクテオルはただ一言。



「賛成っすよ?」



 あぁ!? とジョウンから不可視の剣を突き立てられた。

 それをひらと流すように手を振り、言葉を続けた。



「だって、エレさん優秀じゃないっすか。追放されたかどーとか言われてますけど、僕としては憧れのセンパイがいるだけで元気百倍っすわぁ」


「こいつが来たら均衡が崩れるんだぞ!?」


「だって僕が来た時に一回崩れて、それでも大丈夫だったじゃないっすか。いまだに僕のことを目の敵にしてるみたいっすけど。いい加減、新体制に移行しましょーよ」


 薄目のまま、ジョウンの装備を下から上へと撫で上げて。


「古きが良き、新しきは悪しって感覚でしたら、なんにも進みはしません。進みたくないなら、そんな御大層な防具もつけずに裸で駆けずり回ればいいじゃあないですか」



「てめぇ……!」



「イヤっすよねぇ、お高い防具ですもん。

 でも、その防具が作れたのは技術が進んだからっすよね。既存のものが良いっていうんでしたら、一貫して昔みたいに銀色の防具を付けといてくださいよ。

 確かに今は落ち着いている。でも、それを崩すのが嫌だっていう理由で動かないんだったら進化はせんでしょ。

 技術が進歩する。文明だって花開いていく。

 そんな中でそれらを取り仕切る僕らが「うえぇ~やだよぉ、新しいの怖いぃ」って……みっともないっすよ? 


「――コイツ……ッ」


 最後の名指しに、とうとう感情が溢れたらしい。

 赤い髪を怒りに震わせながら椅子を蹴飛ばし、左隣のディクテオルの胸倉につかみかかろうとして――透明の障壁がその手を弾いた。


「なっ――」


 すぐさまジョウンはその術者を睨みつけた。


「じじぃ……!」


「若いのは元気が取り柄じゃが、ここは議論の場じゃ。それとも装備を付けとらんものに武力行使をしたいがためにその防具を付けとるんかの?」


 隻眼のクラディウスの射抜く視線に、ジョウンは罰が悪そうにドカッと腰を下ろした。

 

「あと、ディクテオルもだ。あまり煽るな。それに……その袖の中に隠した武器を仕舞え」


「はーい」


 エレの言葉を聞くと、何時の間にか抜いていた短剣をくるくるとさせて机の上に置いた。


「――って、エレさんも挑発してたじゃないっすか!」


「俺が?」


「あ、素なんすネ……」


 失笑しながら、机の上の短剣をくるくると回している。

 しまわなかったということは、次に何らかの形で争いが生まれたら堂々と武器を振るうつもりなのだろう。


 そう思っていると次の瞬間には、机の上から消えた。


「……相変わらず、手癖が悪いな」


「どこかのセンパイのおかげで。伸びしろがある能力だけ伸ばさせてもらいましたから」


「そりゃあよかった」


「あーあー、コホンっ!」


 本筋から脱線しそうな雰囲気を戻すようにマリアベルが声を上げた。


「商業組合としては、エレがこの街に住むことは大賛成よ!」


 ジョウンが目を開かずともピクリと反応をし、ディクテオルは頬杖を突きながら薄く笑った。


 

「勇者一党には昔から良くしてもらったからね~」



 そういうとエレの方をチラと見て、ウィンクをした。



「エレが来てくれたら、その噂を聞きつけて他の冒険者がこの街にやってくる。

 人が来るということはカネが動く。

 そしたらこの街はもっと潤う! いいこと尽くし! 

 長距離輸送の時の警護の依頼もすぐに決まって、物流も滞りなく動くことになる」



 楽観的な展望ではあるが、有り得る話だ。


 目を爛々とさせて語るマリアベルはこの街の商業組合の組合長をして、そう時間は経っていない。

 それでも組合長になることが出来たのは、その小人族の持つ『放浪癖』と商業が上手くかみ合ったからだ。


 行商人と共に行動をし、各地を転々として様々な街を見てきた。


 内陸部や川沿いにある街、そして海に面している街。

 海沿いにある街は発展をし、内陸部はその恩恵を受けているのを肌で直に感じていた。


 この国の経済が機能をするのは、海や川沿いに発展をした大きな街があるからだ。

 それらがもっと光り輝けば、その光は内陸部の貧しい村にも及ぶだろうと。


 そうして、この《麗水ノ海港》に腰を据えて経済を回すことだけを意識して立ち回ってきた。


 エレが来れば、新たな人の流れができるのは明白。

 依頼が舞い込み、街が街として更に機能をしていく。



「冒険者がやってきて治安が悪くなったらどーすんだ。今はいいとして」



「あら、それは以前から変わらないわ。

 徹底的に弾いていくに決まっているじゃない。

 観光客ならまだしも、この街で悪さをしようとする人は何か利益を得る前に弾くわ。この街で何らかの利益を上げることが出来る、と思い込んでしまう前にね。

 悪しきを罰するのは早い方が良いから」



「だから、今の体制じゃあ――」と言いかけて、ジョウンは口を噤んだ。


 マリアベルの瞳が、嬉しさに潤んでいたのだ。


「分かってるじゃない! 

 警備を強化しなくてはならない。

 その分の給金が必要になる。

 警備を強化しようとすれば雇用が生まれる。

 カネが動く。

 いいことしかないわね! 全く!」



「くそ……分かってて、引き出したのか」



「どんな反論がされるかくらいは想定してくるわよね~。ふふん」



 もちろんいいことばかりではないのはマリアベルとしても理解をしている。けれど、良いことの方が多いとも感じている。



「だから、私はエレがこの街に来るのは大歓迎!」



 不純物が混じらない爽やかな空気がエレの頬を撫でた。

 無表情のエレの胸の中にもこの街に住めるとの淡い期待が生まれてくるほど、もう議論は決着が見えたような気がした。


 しかし、その空気感はすぐに覆った。


 まだ発言をしていないクラディウスの意見を聞こうとマリアベルが振ると、好々爺然とした表情は崩さぬまま。


「エレ殿は、この街には要らぬじゃろう」


 そう、賢者が言い切ったのだ。

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