5章 殺人鬼②

病院へと向かっていた綾夜は河川敷まで歩み進んでいた。この近辺は深夜になると人通りが極端に減り、更には民家からも離れているので安全面において不安があった。しかし病院にはこの歩道を進むのが最短ルートで綾夜は足早く突っ切ることにした。暫く進んでいると前方からこちらに向かって歩み進む人の姿が見えてきた。

「・・・『へぇ~、こんな夜遅くにこんな道を通るなんて変わった人が・・・だけど私も同じように通っているんだから変わり者かしらねぇ』」

などと思っていると綾夜はその人影の異様な姿に釘付けとなった。外見から判断すると女性であるのは確かなのだが全身を覆う真っ赤な装い,自分を睨みつける鋭利な眼差し,口元を隠す大きなマスクなどによって恐怖を覚えるのであった。そうしている間にも2人の距離が縮まり、もう少しですれ違うと距離に近づいた瞬間、人影は急に立ち止まると綾夜の前で両腕を広げた。行く手を遮られた綾夜は人影の予想外の行動によって恐怖心を増長させて、その場から一歩も動けなくなってしまった。

「ねぇ、あたし、キレイ」

「あ、あの~、何を言っているんですか」

突然、意味の分からない問いかけに綾夜は唖然となった。

「あたし、キレイ」

尚も問いかけてくる人影に対して、綾夜は人影の姿を見てみることにした。長くて綺麗なストレートの髪,モデル並みに高い身長,均整のとれたボディライン,すらっと伸びた美脚,ドコのパーツを取っても素晴らしく同性の自分が見ても羨ましいと思える見事なスタイルを誇っていた。

「え、ええっ、とてもお綺麗ですね」

「そう、嬉しいわ、うふっ」

綾夜が率直な感想を述べると返答に満足したのか、人影は鋭利だった眼差しを緩ませ笑みを浮かべた。

「本当にあたし、キレイ」

人影は同じ問いかけを繰り返した。

「とてもお綺麗だと思いますが」

「そう、あたしってやっぱり綺麗なんだ・・・それじゃー」

綾夜が同じ返答を繰り返すと何を思ったのか人影は口元を覆っているマスクを左手でマスクを押さえ,右手で耳から紐を外して,ゆっくりとマスクを外した。

「こんなあたしでも、キレイ」

人影はマスクで覆い隠していた口元を綾夜に見せると三度同じ質問を繰り返した。

「キャー、ばっ、ばっ、化け物!」

マスクの下には頬が上下に裂けて、新たに口の一部として左右に大きく広がったこの世のものとは思えない恐ろしい口が存在していた。人影の顔に驚き、悲鳴をあげた綾夜はもはや立っていられなくなってその場に崩れるようにして座り込んでしまった。

「許さない」

自らに向けて発せられた【化け物】の言葉に人影は瞬時にして凶器に満ちた表情を浮かべると怒りに全身を打ち震わせた。

「あたしのことを【化け物】呼ばわりする悪い人(ヤツ)なんて生かしちゃおかない」

人影は再び刃鎌を握りしめるとゆっくり取り出し、高々と振り上げた。

「誰かー助けてー、殺される!!!」

命の危機を感じた綾夜は力の限り大声を上げて助けを求めた。

「覚悟なさい、《口は災いの元》自らが犯した罪の深さをたっぷりと味あわせてあげるわ」

制裁の名の下に刃鎌が綾夜に向かって振り下ろされた。

「ギャーーーッ!!!」

綾夜が悲痛な叫びを上げると同時に首筋からおびただしい量の血が噴き出した。その血液が返り血となって人影に降り注ぎ、人影にはこれまで感じことがない新たな興奮がもたらされた。

「あの女が言った通り、いいわ、最高の気分よ。もっと泣き叫び,もーっとたくさんの血を噴き出させてあたしを楽しませてちょうだい」

真っ赤な装いが返り血によって更に真っ赤に染まり、人影の全身は美しさを通り越して不気味さが増していった。

「止めてください。お願い、許してください」

助けを求め続ける綾夜はハンカチを取り出すと看護師としての経験を生かして圧迫止血を試みた。涙ながらに許しを請う綾夜の光景に人影は不思議な感覚を覚えるのであった。

「・・・!!!『そう言えばこの人と同じような口をドコかで、それもここ最近に見たような気が・・・!!!』」

冷静さを取り戻しつつあった綾夜はある少女のことを思い出した。その少女は数日前、通り魔によって頬を切り裂かれ運び込まれてきた。直ちに緊急手術によって事なきを得た少女は今、頬の回復に努めるべく入院しているはずなのだが・・・大怪我を負ったばかりの身体で病院を抜け出し、こんな真夜中の街中をうろついているとは考えづらい。いやそれよりも少女が傷口を開き、再び口を大きく広げることの方が考えられなかった。また2人を比較してみると顔つきや雰囲気がまったく異なり、可愛らしい高校生の少女が他人を傷つける女性へと変貌を遂げるとはとても思えなかった。けれども声だけはとても似ていて、同一人物である疑いを拭い去ることができなかった。

「あなた・・・もしかして、佐伯奈津子さんではないですか」

綾夜は思い浮かんだ疑問を確かめるべく問いかけてみた。

「何を言い出すかと思えば・・・あたしの名前は【口裂け女】、く・ち・さ・け・お・ん・な」

人影は都市伝説になぞらえているのか自らを口裂け女と名乗った。

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