第1章 転落人生①

10月も下旬頃に差し掛かると人々は薄手のジャッケトから厚手のコートへと衣替えをする時期に差し掛かり、木々の葉にも赤い色づきが目立ち始めて街全体の装いまで本格的な秋へと移り変わろうとしていた。ここ最近近隣では物騒な殺人事件が続発しており、人々は怯え,街全体に暗い影を落としていた。そんな殺伐とした雰囲気をよそに街の中心部に位置する高校では来週に迫っている文化祭の準備が進められていた。街全体を文化祭から活気づけようをメインテーマにクラスや部活単位で模擬店や出し物を企画、各々工夫を凝らした演出が行われていた。かく言う佐伯奈津子のクラスでも出し物の準備に余念がなく、今も急ピッチで作業が続けられていた。


「そろそろ時間か・・・後はお願いしていいかしら」

「ええ、いいわよ。続きはやっておくので気にせず行ってちょうだい」

「いつも絵璃華たちに押し付けてばかりで本当にごめんなさい」

「水臭いことを言わないの、私たちは親友でしょう。さあさ、早く行った行った」

スーパーでアルバイトをしている奈津子には時間の余裕があまりなく、後はクラスメートに任せて駈け出していった。

「奈津子だけズルイよねぇ、猫の手も借りたい忙しさだと言うのにさっさと帰ってしまって・・・あーあ、私だって部活の方でも準備あるからブッチしたいのに」

「何言ってるの、あんたの場合は両方サボる気なんでしょう・・・ゴチャゴチャ言ってないで手を動かしなさい。それに奈津子のことも家の中が今どんな状態だかあんたも知ってるでしょう。4年前の火事で多額の借金を抱えて両親は共働き、あの子だって県内でTOPクラスの水泳選手だったのにそれを諦めて家計を助けているのよ」

「それは知ってるけどさぁ」

「奈津子だって遊びたい盛りの時期なのにそれをアルバイトに費やし,お小遣いももらわず,アルバイト代も全部家に入れているのよ。それなのに一切弱音を吐かず、どれだけ頑張っているか」

「・・・」

「友人,クラスメートとして助けてあげられることがあるなら協力してあげたいじゃない」

「そうだよねぇ、私が悪かったわ。そうと決まれば文化祭まで時間もないことだしさっさとやっちゃおうか」

クラスでは本年度いっぱいで取り壊しになる旧校舎の3階ワンフロアを【学校の怪談】として学校に伝わる七不思議を体験する恐怖のお化け屋敷・・・ではなく、【学校の快談】???シャレをきかせた名前が示すようにエンターテイメント性を追求するお化け屋敷を計画していた。受付(3階に上がった所)から入り口(一番端の教室)までの間を恐怖に満ちた飾り付けでお客さんの恐怖心を煽り、中に入ると一変させてお笑いの要素をふんだんに盛り込みお客さんを楽しませる造りにしてある。しかしただ笑わせるだけでは芸がないので最後には一気に恐怖のドン底に陥れる仕掛けを組み込んでいるメリハリの効いたお化け屋敷であった。手先が器用で放課後に比較的自由な時間を持てる生徒は大道具や衣装班を,文才に長けている生徒やテストでの成績上位者は脚本や演出班を,またクラブ活動や放課後に時間の持てない生徒は脅かす担当をすることになっていた。特殊メイクに関しては同高校のOBでもある奈津子の姉、朱美が買って出てくれていて、在学当時映画研究会で特殊メイクの技法に関してはプロも顔負けのテクニックを有していた。奈津子本人は家庭事情を考慮されて、顔に大きな切り傷,全身に真っ赤な血のりの特殊メイク,頭に天冠と呼ばれる三角の白い布,白装束を身に着けてお客さんを笑わせるドジなオバケを担当することになっている。人一倍怖がりの奈津子はこれまでお化け屋敷に入ったことがなく、例えお笑い型のお化け屋敷と言っても当日1人っきりでお客さんを待ち構えて脅かすことに不安を抱えていた。

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