第1章 転落人生②

夕方ともなるとスーパーには多くのお客さんが来店してレジ打ちの奈津子の所にも長蛇の列ができていた。客足が落ち着き、一息つける頃になるともうバイトの終了である21時を回っていた。今日は欲しい本の発売日で奈津子は最寄りの本屋へ立ち寄るべく手早く帰り支度をしていると突然携帯の着信音が鳴り出した・・・後になって思い返すと悪夢はこの1本の電話から始まっていた。

「♪・・・♫♪♬」

「・・・『この着信音はお姉ちゃんからだ、もう帰宅している頃だと思うんだけどどうしたんだろう』」

姉は自分より年が4つ上で現在は街で1番大きな総合病院で事務員として働いている。仕事柄宿直や残業が多く、その度に奈津子は1人でお留守番をしているのだが・・・そんな自分を心配してか就寝する時間帯になると必ずと言っていいほど電話を掛けてくれるとても優しい姉であった。

「もしもし、奈津子だけどお姉ちゃんどうかしたの」

「ああっ、奈津子。今ドコにいるのかなぁと思って」

「まだバイト先、これから本屋に寄って帰るつもりだけど」

「やっぱり電話を掛けて正解だったわ。実は今、夕食のおでんを拵えている最中なんだけどお姉ちゃんたらうっかり大根を買い忘れてきたの、私ったらダメよね。そこで悪いんだけど大根を買ってきて欲しいの」

「そんなことで良ければお安い御用よ」

「助かるわ、2人分だから小ぶりの大根で充分だからね。それじゃー、お願いねぇ・・・プツッ・・・」

「あっ、お姉ちゃん・・・ちょ、ちょっと」

姉は要件だけを伝えると電話を切ってしまった。所でお姉ちゃんは分かっているのであろうか、これから大根を入れたとして味が染み込み食べられるようになる頃には日付が変わってしまう気がするのだが・・・。姉はどんな場合でも失敗や想定外の事態が起こらないようにと入念な下調べと準備を怠らない典型的なA型人間であるのだが、料理に関してだけは何かが抜けてしまう悪い癖があった。今夜のような食材を忘れてしまうなどはまだマシな方で、慌てて電話を切った所から推測するに台所が戦場状態、材料や食材が散乱してあたふたする姿が容易に想像できる。姉は料理の失敗の度に『私はキャリアウーマンとして一生独身で生きていくから平気なの』と口癖のように自負しているのだが・・・妹としては姉の将来が少々心配である。それはともかく奈津子も夕食はまだでお腹がすかしている身、首を長くして待っているであろう姉のためにも素早く買いに戻ると本屋を諦めて直帰することにした。

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