第18話 元カップルと余波

 ※優希※


『私好きな人がいるのよ。佐々木優希って言うんだけど』

『というわけで!これからもよろしくね!』


 笹川に言われた言葉を頭の中でリピートすること三六三回。

 未だ俺はその言葉を受け止められないでいた。

 大体どういうつもりなんだ?今更になってよりを戻したい?正気じゃない。

 そしてよりにもよって、俺と真昼が付き合い始めたその晩に告白するなんて、常軌を逸しているとしか考えられない。


「もう朝……」


 気付けばカーテンの隙間からは朝日が射し込んでいた。スマホで時刻を確認するともう朝の七時だった。

 というか、よりを戻したいならもっと機会があったはずだ。二人でファミレスに行くことだってあったんだし。そうしてくれていれば俺だって…………?

 もし、告白されるのが真昼と付き合う前だったとしたら…………?

 俺は笹川になんて返事をしたんだろうか。


 もうこの際はっきり言おう。

 正直なところ、俺の笹川へ対する怒りや恨みは、全くないと言っても過言ではない。

 もちろんを許した訳では無いが、ミスは誰だってするものだろう。きっとただ口が滑っただけなのだ。どんなに陰口を言われていたとしても、あの頃の笹川はそんなことをわざと言うような人ではない。


「もう出掛けたのね」


 共働きの両親の姿はリビングになく、妹も昨日から友達の家に泊まりに行っているので今の我が家にはいない。

 ……話を戻すが、結局のところ、笹川が俺に好意を寄せているという事実は変わらない。問題はそこではなく、考えるべきなのは、俺が笹川の好意に対してどう思っているかということだ。

 もう一度本人と会って話すしかないか……。

 到底電話で済ませられそうにない話なので、俺は笹川に『いつ空いてる?』とメッセージを送る。

 すると、ピンポーンと家のインターホンが鳴らされた。


「こんな朝早くに……?」


 もう妹が帰ってきたのかと思い、外の様子を伺う。


「何やってんの」

『優希開けてくれー!』


 玄関先に居たのは昴だった。



 ※萌結※


 言ってしまった。

 佐々木から『いつ空いてる?』というメッセージが届いたことを知らせるバイブで目が覚めた私は、昨日私の犯した失態を後悔せずにはいられなかった。

 よく、勢いで告白し振られたのに後悔していない、なんていうラブコメヒロインがいるが、あんなのはフィクションの中だけ。実際は現在進行形で後悔が湧き上がっている。


「あぁぁぁぁぁぁ────…………」


 枕に顔を埋め、私は己を恥じて叫ぶ。

 阿呆にも程がある!

 第一、佐々木と真昼が付き合い始めたばかりなのよ?!脇役の私がなんで水を刺すようなことをしちゃうのよ!せめて油を注ぎなさいよ!


「どんな顔して会えばいいのよ……」


 正直言って、真昼にも佐々木にも会わせる顔がない。

 謝れば済むだろうか……?いや、佐々木が謝って「はいそうですか」と流せるような人ではないのは私がよく分かっている。だからこそ彼女が出来たにも関わらず『いつ空いてる?』と聞いてきたのだろう。

 ……ちゃんと向き合おうとしてくれてるのよね……。


「はぁぁぁぁぁ……」


 私は彼らを別れさせたいのだろうか?

 いや、こうして付き合い始めた以上、全力で二人を応援するのが脇役としての務めだろう。

 脇役ね…………。


『佐々木はやめといた方がいいよ』『仕方なく付き合ってるんでしょ?ほら萌結優しいから』『萌結早く別れちゃいなよ』『萌結にはもっとふさわしい人がいるって』『佐々木は萌結とは合わないよねー』『佐々木も身の程を知れっつーの』『別れるなら早めの方がいいよ?情が湧いちゃったら大変』『アレはない。アレはないわー』


 脳内で再生される、中学時代に言われた言葉。

 私のため、という偽りの善意。

 私のためを思うなら放っておいてほしい。

 私が選んだ人なのだからバカにしないで欲しい。

 私にふさわしい男って何。

 ヒロイン枠の私には、自分の好きな人と結ばれる権利すらないの?

 だけど当時の私はそれを彼女らに言うことは出来なかった。



 私は佐々木より、保身を選んだのだ。



 小心者だけど優しくて、優柔不断なのに変なところで頑固な彼より、あんな偽善に溢れた友人関係を選んだ。

 だけど、脇役になった今は違う。

 真昼が佐々木と付き合うことになったと聞いた時に感じた確かな喪失感。その瞬間確信した。


 私はまだ佐々木のことが好きなのだ、と。


 恋愛は早い者勝ち?いいえ違う。

 私はスマホを取り、真昼に連絡する。それが終わると続いて佐々木に返信をする。

 正直怖い。積み重ねた四ヶ月を不意にするような行為だから。

 でも、それでも……。


「………………………………優希」


 私はそれでも、彼にそばにいてほしい、もう一度彼の温もりを感じたい。


 恋愛は早い者勝ちじゃない!!!


 諦めなかった者が勝つのよ!!!



 ※優希※


「なんでいるんだ?」

「暇だから?細かいことは気にするなよ」


 全然よくない。住所は個人情報だぞ!誰が漏洩したのか知らなければいけないだろ!


「俺住所教えたっけ?」

「電話番号交換した時に」


 漏洩したの俺でした。よかった……。

 いやいや「よかった」じゃない!


「なんで急に?しかもアポ無し」

「いやまぁ……その……」


 あーあれか……。

 昴の様子から、大方の察しが付いてしまう。

 昨日、俺が真昼に告白された頃、当然笹川と昴も二人きりだったはずだ。不可抗力とはいえ、その機会を逃すような奴ではない。

 だが、その夜に笹川が俺に告白してきたということは、昴は振られたのだろう。


「振られた」

「……そっか」


 昴の発したその四文字は、重く冷たく俺の心に刺さる。

 もちろん昴が意図してやっているわけじゃないのだろうが、それでも俺は罪悪感を拭えない。

 俺はなんて声を掛ければいいんだろうか?

 昴の好きな人が俺のことが好きで、しかし俺は別の女の子と付き合っている。


 …………なにこれカオスじゃん。


 状況を改めて整理するとなんてことだろう。

 恐ろしい三角関係だ……。

 俺はとりあえず昴をリビングに通す。昴はどこに座ろうかと悩んだ末にテレビの前のソファに軽く腰かけた。


「いい雰囲気だったしいけると思ったんだけどなぁ」

「まあ……なんと言えばいいのか……」


 昴は本気で笹川を狙いにいって振られたのだ。

 俺が真昼と付き合い始めた一方で、振られた人もいるわけだから、浮かれてばかりじゃいられないな……。


「いやなんだ……その……」

「謝罪とかはいらねぇぞ。俺が振られたのは俺に魅力が足らなかったからだ」


 ビシッとそう言い切る昴。


「前の人生でどんだけ徳を積んだら美少女二人からモテるんだよ……」

「そんな徳なんて、積んでないと思うぞ俺」


 だって実際は、高校に上がるまで陰キャだった訳ですから。

 もちろん口には出さないが。


「……諦めるのか?」


 俺はボソッと昴に訊ねた。

 昴は「そうだなぁ……」と天井を見上げてから、


「……もう少し粘ろうかと思うわ。諦めるのはまだ早ぇ……」

「そうか。…………幸せになって欲しいよ本当に」


 俺が出来なかった分まで、彼女を幸せにしてほしい。

 たとえ笹川の想いが俺に向いていたとしても、昴が頑張り続ければいつかは振り向くに違いない。


「なぁ、優希は振られたことあるか?」


 俺は麦茶を注いだコップを昴の前のローテーブルに置き、向かい側に座る。


「……ある」

「どれくらいで立ち直った?」


 立ち直った、か……。

 何をもって明確に『立ち直った』と言うのかわからないが、陰キャだった俺が見た目だけは立派な陽キャになるまで、要した時間は三ヶ月。

 正直、当時笹川に振られた直後の俺は、悲しいという感情よりも悔しいという感情の方が勝っていた。


「ちゃんと向き合えるようになるまで……三ヶ月くらいか」

「マジか……」


 別れてから卒業するまで、俺と笹川は一言も言葉を交わさなかった。

 俺は陽キャになるよう励み。同じように笹川は脇役になるように励んでいたのだろう。

 そして四月の再会。


「さくっと立ち直って、再チャレンジしたいんだけど」

「んなこと言われてもなぁ…………。漫画を読む」

「漫画?」

「あぁ、漫画じゃなくてもいい。小説でもドラマでもアニメでも、とにかく沢山ラブコメを味わえ」

「ラブコメを味わう……?」

「そしたらさっさと立ち直れるさ」


 そう俺のバイブルにも書いてあった。あれに書いてあることは世界の真理だからな。


「わかった。やるだけやってみるわ。夏休みだし……」

「おう」


 そして昴は「あ、そうだ」と呟くと、


「とりあえずおめでとう」

「ありがとう」


「それと……」と昴は続けた。



「お前、あんまりフラフラすんなよ?」

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