第19話 元カップルは大失敗

 ※優希※


 青いと言えば聞こえがよく、若気の過ちと言えば聞こえが悪いが、俺には中学時代、彼女がいたことがある。

 クラスのリーダー的な立ち位置で、誰にでも分け隔てなく接するよく出来た人だった。

 そんな俺と彼女が付き合っていたのは中学三年のわずか三ヶ月。

 俺は陰キャで彼女はカーストトップのメインヒロイン。根も葉もない罵詈雑言や誇大広告も甚だしいと思えてしまうような悪評は、校内でパンデミックのごとく拡散された。



 俺たちの交際は、誰からも祝福されなかった。



 別れてからはより一層揶揄された。

 なんで別れたのか、どっちが振ったのか、どこにデートに行ったのか、手は繋いだのか、キスはしたのか、ヤッたのかヤッてないのか。


 クタバレ。


 そう言ってやれたら、俺を取り巻いていた環境はいくらかマシになっていただろうか?……過去のことを言っても仕方がないが……。

 当時の陰キャだった俺は、何の反論も釈明も出来なかった。

 それ故に、噂はさらに加速。

 いじめと言うほど虐げられてはいなかったが、クラスの輪に入れていたかと聞かれれば、間違いなく浮いていただろう。


 そして別れてから卒業までの三ヶ月。俺は己を磨きに磨いた。

 同中の奴らが来ないようなところをわざと受験し、見事合格した俺は、陰キャから一転、陽キャとして華々しく高校デビューする…………はずだった。

 入学初日、教室で出会ったのは雰囲気をがらりと変え脇役に成り下がっていた元カノ────笹川萌結。

 俺の予定していた平穏な高校生活はまた奴によって壊される…………と思っていた。


 俺も笹川も、過去の自分を変えた人。

 だからこそ、俺たち二人は約束を交した。


『お互いの過去については他言しないこと』


 俺たちはその契約を守り、危ない場面こそあるものの、なんとか乗り越えて夏休みに突入したつもりだった。

 しかし、それはつい二週間前、俺の今カノ────如月真昼に見事に言い当てられた。


「────というわけでバレました」

「なんでケロッとしてるわけ?」


 夏休みも中盤。夏祭りからちょうど二週間経ったその日、俺はファミレスで笹川と落ち合い、真昼に俺たちの関係がバレたことを説明した。


「……とは言っても、俺とお前の高校デビューについては言ってない」

「当たり前よ。バレてないことまで話すバカがどこにいるの?」


 なんか当たり強くね?

 そもそも、俺が笹川に『いつ空いてる』か聞いたのが二週間前。今になってようやく笹川の予定がついたのだが、真昼はともかく、笹川は同中の連中と遊ぶことは避けていそうだから、そこまで予定が埋まるとは思えないんだが……。


「なぁ、そもそもなんで今日だったんだ?そんなに忙しくないだろ」

「私を引き立て役に徹しただけの女だと思ってるの?」


 思ってるよ。


「私にだって色々あるのよ。…………恋愛とか」

「…………っっっ!」


 急にキュンとするやつやめろ、マジで。

 こっちまで恥ずかしくなるじゃないか!

 ……俺と真昼が付き合い始めた二週間前の夏祭りの晩。こいつはあろう事か俺に告白してきたのだ。

 そもそも今日呼び出したのも、それについて言及するためだ。


「もう一度聞くが……、お前って俺のこと……」

「好きよ」

「お、おう……」


 一切取り繕わない笹川の言葉に、聞いた俺の方が恥ずかしくなってしまう。

 なんて言えばいいんだろうか……。

 ありがとう?ごめんなさい?

 いやいや、好意を伝えられただけで「付き合ってくれ」と言われたわけじゃないのだから、ありがとうでいいはずだ。

 そう心の中で結論付け、俺が「ありがとう」と言おうとした瞬間、



「ねぇ、もう一度私と付き合わない?」



 ※萌結※


 夏祭りの晩に佐々木に告白してから一週間後、私は真昼と予定を合わせ、二人で会う機会を設けてもらった。

 その目的は、当然私も佐々木のことが好きだと伝えるため。

 もちろん、これまでの関係を捨てなければならなくなる可能性すらある賭け。真昼に拒絶されるかもと考えると、正直とても怖い。

 だけど、佐々木に伝えてしまった以上、真昼に伝えないというのはあまりに卑怯だと思う。

 だからこそ、真昼に伝えない訳にはいけないと思う。

 私たちは約束の時間通りに複合施設に集合し、秋物の服をぶらりと見てから、ファーストフード店に入る。注文を終え、今から食べ始めよう、という時、私はついに切り出すことにした。


「私……佐々木のことが好きなんだ」


 一切装飾のない言葉。

 私の思いを、ストレートに伝える。


「真昼が佐々木と付き合ってるのは知ってる。まだ付き合って一週間なのにこんなこと言われて困るのもわかる。でも……」

「それくらい優希のことが好きなんだ」

「……うん」


 真昼は「そっかー」と小さく呟く。

 絶交されるだろうか?何考えてるの信じられないと責められるだろうか?



「じゃあ私たちはライバルだ!」



「え……?」


 真昼は一変して明るい声でそう言った。


「私も優希が好き。萌結も優希が好き。同じ人を好きになっちゃったんならしょうがない!好きなもんは好きなんだからしょうがない!」


 そして真昼は「でも……」と続ける。


「正々堂々となんて戦わないよ。私は優希を譲るつもりがないから平等に戦おうなんて思わない。これからも優希と付き合う。萌結のために別れたりしない。それでもいい?」


 真昼は私に言っているのだ。私にはこれだけのアドバンテージがある、と。それでもやるのか、と。

 確かに分が悪い。さっさと諦めて中村くんと向き合う方が建設的かもしれない。


「真昼知ってる?」

「……?」


 今カノと元カノ。

 佐々木が向いてる方と向いてない方。

 ボタンの掛け違いですれ違ってしまった私たちだけど、掛け違ったボタンはまた掛け直せばいいだけなのだ。


「恋愛においてはね」


 あー、私の高校デビューは……



「手に入った女より、手に入らなかった女の方が強いのよ?」



 大失敗だ。



 ────現在。


「ねぇ、もう一度私と付き合わない?」


 きっと真昼に責められていれば、私はこんなこと言わなかっただろう。

 正面からもう一度彼に交際を申し込むことなんてしなかっただろう。

 でも決めたから。もう逃げないし、目も背けない。誰に何を言われようと、私は私の想いを成就させたい。


「すまん」


 淡々と告げられた私の告白への返事。

 私はそれを聞いて、すぅと大きく息を吸い込む。


「……そ」

「俺には彼女がいる。だからお前とは付き合えない」


 ……!


「それだけ?」

「それだけ……ってなんだ?理由としては十分成立してるだろ」

「ふーん、あっそ」


 私は財布から自分の金額ちょうどをテーブルに置き、先に店を後にした。


 ────


 なんだ……。


「私にも全然勝ち目あるじゃない」


 私は上機嫌にそう呟いた。

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