第2章

第8話 元カップルはデートする

 ※優希※


 それは、オリエンテーション合宿より少し前のこと。


「佐々木くん、少しいいかな?」


 談笑していた俺たちの元に、同級生の津川杏奈がやってきて俺に話しかけた。

 津川は「ちょっとここじゃ言い辛いから……」と俺を教室の外。上階と下階を繋ぐ階段のそばへと連れていく。


「佐々木くん、こんな同級生になったばかりの人に言われてもびっくりするかもだけど……」


 こ、この流れは!

 真の陽キャは告白される前に告白を予知する。これは俺がひらすらに読み漁った少女漫画から学んだことだ。

 そして、この流れはまさに告白!


「お願い!私の────」


 彼氏になってください!

 言われなくてもわかってる。なるほどな、やはり俺の陽キャへの成り上がりは成功していたようだ。

 返事?もちろんOKだよ。何故って?断る理由がないからさ!動機が不純だって?恋愛とはそういうものなのだよ陰キャ共。

 くっくっくっ……早くも俺は彼女持ちに────



「いらっしゃいませー」


 カランコロンカランコロンと、何が鳴っているのかわからないが、誰かが店の扉を開けた音したと同時、俺は来店客に挨拶する。これ基本。

 オリエンテーション合宿から戻った翌々日、俺は学校から二駅ほど離れた所にあるカフェテリアでバイトしていた。


 何故俺がここでバイトしてるかって?


 困ってる人はほっとけないんだよね!

 ……振り返ってみるとなんて恥ずかしいのだろうかあの頃の俺は。自意識過剰にも程があるとしか言い様がない。


『私のバイト先のヘルプに入ってくれない?!』

『俺なんかでよければ喜んで!』


 告白される気満々で、即答してしまった自分が恥ずかしい。

 とはいえ、即答した俺に喜ぶ津川の姿を見ると、やっぱりやめますとは言い出せなかった。

 店長からも、「君のような人あたりの良さそうな人が入ってくれて助かるよ!」と言われてしまい、やめるタイミングを見失った。


 陰キャあるある。人から頼られると断れない。


 だが、やってみると案外楽しいもので、前日の研修で渡された接客のマニュアルを一日で叩き込んだ俺は、


「ご注文は何になさいますか?」

「んーじゃあ、とりあえずコーヒー二つで」

「かしこまりましたー!」


 ヤバい。バイト楽しい。

 俺はコーヒーを作る専門の人、バリスタさんに「コーヒー二つ」と注文を伝える。

 ちなみにバリスタさんの名前は知らない。

 淹れた二杯のコーヒーをお盆に乗せてお客様の元へと運ぶ。


「君新しい子?」

「は、はい」

「おーそうか、頑張って」

「ありがとうございます!」


 俺はそう言われ、上機嫌でカウンターに戻る。

 すると、


「いやー!本当に助かったよ佐々木くん!ありがとう!」

「いやいや、こちらこそ誘ってくれてありがとう!めちゃくちゃ楽しいよ」


 スタッフの制服に身を包んだ津川が俺に感謝を述べる。

 勘違いから始めてしまったバイトだが、結局やってみたらとても楽しいので俺的には満足だ。

 すると津川は「あ、そうだ」と何かを思い出し、慌てて控え室へ入り、すぐに出てくる。


「はいこれ」

「え、なに?」


 津川は俺に二枚のチケットを渡してきた。


「私のお父さんが仕事で貰ってきたんだ。よかったらどうぞ」

「え、ありがとう」


 渡されたのは映画鑑賞券二枚。それもつい最近公開されたばかりの話題の新作。

 行きたいと思っていたやつだ……!


「いいのか?こんな貴重なもの貰っちゃって」

「うん!お礼だもん。好きに使ってよ」


 むしろ感謝するのは俺の方なんだが……!

 だがここで返すというのは少々無礼ではないだろうか。

 ならば素直に頂いておくべきだろう。


「大事に使うよ!ありがとう!」



 ※萌結※


『優希のこと好きになってもいいかな?』


 真昼がオリエンテーション合宿の時に私に言った言葉が私の脳内で反復する。


 真昼が佐々木を好き……?


 あの時は反射的に「いいんじゃない?」と言ってしまったが、もしかしなくても私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

 と、今になって数日前の己の発言を後悔する。


 決して、佐々木と真昼が付き合うのが嫌というわけじゃない。

 佐々木なんかに真昼は勿体ないと思うのだ。


「でもなぁ……」


 もしあの時「やめときな」と彼女の恋心を打ち消させるような発言をしていたら、解きかけていた誤解が再発してしまう可能性があった。

 だから私のあの時の発言は正しかったのだ。


 いやいやいやいやいやいやいやいや!!!


 ちゃんと脳細胞を機能させて考えなさい笹川萌結!

 そもそも、あいつが真昼と付き合わなければいいだけの話。

 そのためには意思確認をしておく必要があるわね……。

 とはいえ、学校ではヒロイン引き立て役に徹すると決めている私に、校内で真昼と離れる時間はほぼない。


「仕方なく……そう仕方なくよ……」


 そう自分に言い聞かせ、スマホのトークアプリを開く。

 そして佐々木とのまっさらなトーク画面を開くと、私は通話ボタンに指を重ねる。


『…………もしもし』

「随分と気分が悪そうな声ね」

『そりゃお前からの電話だからな』


 イラ。

 いやいや、この程度はいつも通り……。ここで怒っていては話が進まない。


「次の日曜、空いてる?」

『次の日曜ー?あー空いてるが……』

「じゃあ空けといて」

『いやいやいや!まてまて!念の為聞くが、何をするんだ?』


 ふふ、何を今更、わかりきってるじゃない。

 男女が二人。休日にすることと言えば、


「デートよ」


 私は佐々木に対し二度と言わないだろうと思っていた言葉を口にした。



 ※優希※


 デートとは、基本的に男女が日付や時間を合わせて会うことを指す。

 主にそれを行うのは交際する者同士。交際していない者同士で行うそれは、広く言えばデートだが、本人たちにデートという認識はない。


 さて、中学時代、笹川と付き合っていた俺も、例に漏れずデートというものを何度かしたことがある。

 四六時中緊張しっぱなしで、心臓バクバクだったこともあって、楽しいや幸せなどと言った感情を味わう隙はなかったが、思い出にはなった。


 ところで、俺らが最悪の形で別れ早四ヶ月。

 彼女から二度と聞くことの無いだろうと思っていた言葉は、あまりにも唐突に俺に放たれた。


「お待たせ、待った?」

「あぁだいぶ待たされた。春なのに熱中症で倒れそうだから帰っていいか?」

「ダメに決まってるでしょ」


 五月初め。

 俺は笹川から一方的に告げられた日時、場所にて彼女と待ち合わせしていた。……させられていた。


 俺らの契約は必ずしも絶対ではない。


 自滅覚悟で暴露すれば共倒れすることが可能なのだ。

 つまり俺のように一週間、毎日あの頃の写真をチラチラと見せられ、無言の脅しをされ続ければ了承せざる負えないのだ。


「なぁ、なんで二人なんだよ」

「いいじゃない?」


 悪魔かこいつは。

 誰のせいでここまで俺が嫌がらなきゃいけなくなったと思ってるんだ。

 とはいえ、脱陰キャを果たした今、昔のことをグチグチと本人に向かって言うのは俺の理念に反する。

 ならばここは開き直って、


「そうだな、じゃあ恋人っぽく手でも握るか?」

「はぁぇ?!」


 完璧なカウンター!

 これは決まっただろう。流石の笹川も「調子に乗らないで!帰る!」と言い出すに決まっている。

 というかそうでなければ困る。

 俺の言葉に目を見開いた笹川は、



「いいわよ。繋ぎましょうか、手」



 俺に「はいっ」と言って手を差し出した。


「……は?」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ?!?!?!



 ※萌結※


 一見完璧かのように思えた佐々木のカウンター。

 しかし、そんなもの私が我慢すればいいだけの話。

 だ、断じてラッキーとか思ったりしてないから!


「ほら、繋ぐんでしょ?まさか私にここまでさせておいて怖気付くの?」

「くっ……」


 私に煽られた彼は渋い顔をすると、そっと私の手に自分の手を乗せて掴むと歩き出した。

 ……あの頃と全然違う。


「なんでだろうな?」

「なにが?」

「俺たちは別れたはずなんだけどな、って思ってさ……」

「そうね……」


 そう、もう恋人じゃない私たちが手を繋ぐなんておかしい。

 そんなカップルはこの世のどこを探したって見当たらないに決まっている。


 でも何故か、この手を離せない。


 あの頃の彼は、手を繋ぐのを恥ずかしがって、握るのに力が入っていなかった。

 でも今は違う、がっしりと掴んで離さないのだ。私の手も心も。


「〜〜〜っ!」

「どうした?」

「なんでもない!」


 やはり勘のいい彼は、私の異変にすぐ気付き尋ねてくるが、私は彼から顔を隠すように逆に顔を向ける。


 あーもう……本当に……最悪。


 捨てたのは私なのに……我慢できなかったのは私なのに……こいつは私のことを嫌っているのに……親友の好きな人なのに……


 私が望んだ普通の恋愛は、いとも簡単に


 熱を帯びた私の頬がそれを証明している。



 あぁ……私の高校デビューは、失敗だ。

 本当に……最悪よ。

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