第12話 誤解なんだ……!

【海賀side】



 1時間目の授業が終わった。


 だが、そんなことはどうでもよかった。


「刀矢、作戦の続きを考えるぞ」

「いや、僕はちょっとトイレに──」

「トイレなんて行かなくてもなんとかならないか?」

「いや、なんともならないやんな?」

「…………それな?」


 ジョークを交わして刀矢を見送る。

 ……くっ、刀矢がいないだけでこんなに心細いとは。失って初めて気がつくありがたみ、というやつか。

 仕方がない、自力で何とかしよう。どうすれば暮葉を振り向かせられるか、集中して考えるんだ……っ!


「ねぇ」


 トントンと、肩を叩かれた。

 思考に集中していたので、少しだけ驚いて肩を跳ねさせてしまった。


「……ん、目黒?」

「あ、神戸。今、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だけど」


 若干大丈夫じゃないが、別に目黒が悪いわけじゃないので話を聞くことにする。


「さっきの授業の内容、ざっくりと教えてくんない? お願いっ」

「まぁいいけど……目黒サボってたんだろ? 最初から真面目に授業受ければ良いのに」


 偉そうに言っているが、俺は俺で授業中に暮葉のことしか考えていなかった。

 そのことにすぐ気付き、なんだか後ろめたい気持ちになってしまう。


「だよね~。でもでも、これからは心を入れ替えて勉強しようって思ってさ」

「そう、なのか? ま、殊勝な心掛けなんじゃね」


 そう言いつつ、俺は目黒に授業ノートを手渡し──


 ──待て待て待て、1時間目は「暮葉攻略作戦」について考えてたから板書してないぞ!? というか、暮葉をドキッとさせるための行動が箇条書きで羅列られつされてる、めちゃめちゃイタイ仕上がりになってるし!?


「あ、あー、そう言えば俺、1時間目は居眠りしてたから板書デキテナインダッター」

「なにそれ、神戸でもそんなことあるんだ。……くすくす」


 せせら笑っているわけではなく、目黒は純粋におかしくて笑みをこぼしているようだ。……くっ、俺のクールイメージが崩れてしまった。

 歯嚙はがみしながらノートをバッグに戻し、代わりに案を考える。


「そういうわけで、俺は授業内容を教えられない。他の人に教えてもらうのはどうだ?」

「うーん、私の周りに頭いい人あんまいないからなー」

「あ、それなら刀矢に教えてもらったら? 刀矢、こう見えて頭はキレる──って、こいつトイレ行ってやがるチクショウ」


 またもや目黒が笑い始めた。

 普段はあまり笑顔を見せないイメージだったが……こんな顔もできるんだな。ちょっと意外。


「じゃあさ。今度の日曜日、神戸に家庭教師やってほしいんだけど」

「俺にそんな仕事頼んで良いのか? 時給ぼったくるぞ?」

「ひえー。それは恐ろしいー」


 大袈裟おおげさにワナワナと震えだす目黒。クラスのムードメーカーなだけあって、ノリはいいみたいだ。


「じゃあ対価として、私と1日デートできる権利をあげちゃいます」

「ふん、俺がその程度で重い腰をあげると思ったか」

「なにっ、これでも駄目だとぉ? かくなる上は……「私になんでもお願いできる権利」で手を打とうじゃないかっ」


 なぜか小芝居が始まったが、とにかく目黒に諦めるつもりはないらしい。

 本当は日曜日も暮葉攻略作戦を練るつもりだったが……努力しようとしている人間を見捨てることはできない。


「……分かったよ。どこに集合する?」

「やったー! 場所は……神戸の家とか?」

「え、俺の家?」


 流石に驚きを禁じ得なかった。

 目黒とは今まであまり話してこなかったから、こんな急に距離を詰めるような発言をするとは思わなかったのだ。


「駄目、かな……?」

「いや、駄目ってわけじゃないけど──」

「てかさ、神戸はどっちがいい? 神戸の家と、私の家」


 唐突に二択を突き付けられる。

 え、そこまで親しくない女子の家にあがるのってどうなんだ……?


「……それなら、俺の家、かな」

「りょーかい! じゃ、時間とかはLINEで決めようね」


 バイバイ、と軽快な足取りで去っていく目黒。

 そのタイミングで、刀矢が慌てて帰ってきた。


「海賀はん、目黒と遊ぶ約束してたか?」

「遊ぶっていうか……勉強会?」

「あちゃー……」


 刀矢が額に手を当てて苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「最後の会話だけ聞こえとったんやけど、さっき二択を突き付けられとったやろ?」

「ん、あぁ。「俺の家」か「目黒の家」かって話か?」

「それ有名なモテテクの一つで、相手にデートを断らせないテクニックなんや」

「いやいや、デートじゃないし」

「目黒はデートの口実をうまいこと作っとるんやって。つまり海賀はんは、まんまと乗せられとるっちゅーことやで」

「……えっ、そうなのか!?」

「海賀はん……もしかしてあれか? ちっちゃい頃からモテすぎて、逆にその辺の感覚が狂ってもうたんか?」


 嘆息をつく刀矢。

 なんだ、俺が悪いことでもしたみたいな空気に……。


「でも別に、目黒と約束したからって悪影響が出ることはないだろ?」

「……あれを見ても、同じことが言えるんかいな」


 刀矢の指さす先には、胸の前で手を組んだままプルプルと震えている暮葉の姿が。


「あっ!? 暮葉!? これは、違うんだ──」

「──ううん、かい君は頭いいもんね。人からこうやって頼られることもあるよね」

「だ、だから違くて……」

「た、タノシンデキテネー」


 顔面蒼白の暮葉は、フラフラと窓側の席に向かって歩いて行く。

 追いかけようとしたが、その瞬間に扉が開いて教師が入ってきた。学級委員が無慈悲にも号令をかけてしまい、俺は自席に戻らざるを得ない。


 マズい……今日はずっと下り坂だ。

 どうにかして挽回しなければ……!

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