第13話 ベッドの上で

【暮葉side】



 流石に連続で授業を休むのは気が引けたので、体調不良を自覚しながらもなんとか2時間目を乗り切った。多分私、今はゾンビくらい顔色が悪いと思われる。鏡を見なくてもわかる。


 授業が終わるや否や、私はまた保健室へ向かおうと席を立った。


「神戸! そう言えば日曜日のことなんだけどさっ」


 目黒さんが、楽しそうに話しかけている。もちろん相手は、かい君だ。

 私はその後ろを通り抜け、廊下に出て、トボトボと階段を降りていく。


「さ、佐保子先生……」


 半泣きで保健室の扉を開けるが……誰もいない。

 扉の裏を見ると、「オキシドール漬けになってきます 佐保子」と書かれた置手紙が貼り付けてあった。


 私はがっくりとひざを折って、その場に座り込む。佐保子先生に慰めてもらおうと思ったのに……。


 立つ気力すらなく、みじめにもハイハイしながらベッドの方に向かう。寝たら……寝たら嫌なことも忘れられるよね……?


 …………いや、流石に無理か。


 急に冷静なツッコミを入れてきたもう一人の私。

 ですよねー、寝ても根本は何も解決してないですもんねー。


 しかし「病は気から」というのは言い得て妙で、今の私は眩暈めまいと頭痛に翻弄ほんろうされている状態。かい君が他の女の子とデートするってだけで、ここまでのダメージを食らうとは。

 ……ということで、どちらにしろ眠らなくてはいけないことは確定しているらしい。


 なんとかベッドに辿り着き、その上にボフンと倒れ込む。

 すると……押し込めていた感情がどんどん湧き上がってきて、目頭が熱くなった。


 ──あぁ、私は本当に、かい君のことが好きなんだな……。


 自分でも呆れてしまうほどだ。こんなに辛いなら、好きでいなければ良いのに。

 でも、やっぱり嫌いになることなんて、できなくて。


「かい君のこと、好きだなぁ……」


 枕に顔を押しつける。じんわりと目の周りが湿ってきて、それはだんだん頬のあたりまで広がってくる。

 佐保子先生、ごめんなさい。枕を涙で濡らしちゃいました……。


「うぅ……かい君っ……」


 私じゃ目黒さんには勝てない。あんなにキラキラして可愛い女の子、大人しい私にはかないっこないよ……。




「呼んだか、暮葉」




 その声に、心臓がビクンと飛び跳ねた。


 今すぐ振り向きたかった。

 けど、涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せるわけにはいかない。


「な、なんで……? 目黒さんと、話してたんじゃ……?」

「ちょっと用事ができたって言って、話を後にしてもらったんだ」


 ベッドが少し傾いた気がした。きっと、かい君がベッドに座ったのだろう。

 依然として枕に顔を埋めたまま、私は言う。


「なんで、そんなことしたの? 私のことなんて、放っておけば良いのにっ……」


 違う。違うよ。

 私はそんなことが言いたいんじゃない。


「……そっか、暮葉はそう思ってるんだな」


 ベッドの傾きが元に戻る。

 かい君が、立ち去ろうとしている。


 待って──


 思っているのに、口が動かない。

 目黒さんに向かって何も言えなかった時みたいに、また私は大事なことが言えないまま終わってしまう。


 果たして私に、かい君を引き留める権利があるのか?

 突き放した私が悪いんじゃないか?


 ──自業自得なのだ。言うべきことをきちんと言えず、こうしてうだうだしている私のせい。それ以外の何でもない。

 ギュッと拳を握りしめる。どんな結末になったとしても、それは仕方がない。

 正直、未練しか残らないだろうけど、私はその十字架を背負う覚悟をした。


 ──しかし。



「俺はな、暮葉しか見えてないんだよ」



 私の手を、かい君の手がそっと包んだ。

 大きくて、ごつごつしてて、私の手とはまるで違う。

 握ってもらっただけで思わず安心してしまう、そんな手だった。


「ねぇ、かい君」


 私はどこか夢見心地になりながら、口から勝手に出てきた言葉を聞いていた。


「私と、寝てよ」

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