第7話 暮葉の夢

 小学5年生の秋、私は学年行事の演劇に参加した。

あまり表に出ることの無い私だったが、なぜかこの時に限っては主役級の登場人物を演じることになっていた。

 進んでやろうとした、というよりは「周りからの推薦でなんとなく決まってしまった」の方が近かった気がする。

 気の弱い私は、病弱なヒロインの印象にピッタリだったのだろう。


 クラス対抗で、勝敗もはっきりする大会形式だった。皆はやる気満々で、クラスは一致団結。本番直前まで場の雰囲気は悪くなかったと思う。


 事件は、劇の最中に起きた。

 クライマックスのシーン。病床にしたヒロイン役の私に、親友役の男の子と女の子が語りかけてくる。


「ねぇ、きっと治るよね?」

「そうだぞ。早く良くなって、また元気に登校してこいよ」


 次のセリフは私だ。

 本当は死期を悟っているのに『うん、大丈夫。絶対に大丈夫だから』と、強がる場面。

 親友に心配をかけたくないという、このヒロインの優しい性格が出る大事なところ。

 いつも主張を控えるヒロインが、また自分の気持ちを呑み込んで、我慢する。


 ……本当にそうだろうか?

 我慢して我慢して、死ぬときまで本当の気持ちを明かさないって……そんなことがあるのかな?

 仲の良い親友にまで素顔を隠し続けるなんて、おかしいよ。

 きっとこの子なら……私なら……!


「大丈夫、じゃないよ……」


 二人の驚いた顔。

 そうだよね。急に言われたら、びっくりするよね。

 でも「親友」の前では、最期くらい飾らない自分でいたい。

 ずっと隠してきたけど、本当の私はもろくて弱い、ちっぽけな人間で……。

 がっかりするかもしれない。でも、これが素の私だから。


「(……え、えっと、西條さん。セリフ違うよ)」


 セリフ……?

 ──ふと、自分の意識を取り戻す。


 待って、さっきの自分は私じゃない。

 五感が誰かに──いや、このヒロインに──乗っ取られていた。

 なんとなく頭がふわふわして。

 気付いたら勝手に口から言葉が出ていて。

 一度出した言葉は、もう戻せなくて。


 結果から言うと、劇のクオリティは散々なものになってしまった。

 小学生にしては難しい題材だった上に、アドリブまで挟まれてしまっては、誰もフォローすることなどできやしなかった。


 もちろん優勝は他のクラスの手に渡り、私たちはただそれを羨望せんぼう眼差まなざしで見つめるのみで。


「(西條さんのせいだよね)」

「(西條さんが変なこと言うからさ)」


 やがてクラスは、誰の責任かを追及し始めた。私が戦犯と断定されたのは、疑う余地もなかったが。


        * * *


 ──鳴り響く電子音に、私は目を覚ました。

 目を閉じたままデジタル目覚まし時計を探り、なんとも不恰好ぶかっこうにアラームを止める。


 ……起きるか。


 ぐいーっと伸びをして、欠伸あくびを噛み締めつつ窓の方に体を曲げる。

 シャッ、と払いのけるようにカーテンを開けたら、朝の日差しが私の視界を真っ白にした。うっ、眩しい……。


 ──シャッ。

 どこからかカーテンを開けるような音が聞こえた、と思いきや。


 数メートル先のかい君と目が合った。


「──っばばば!?」


 謎の奇声をあげながら、私は音速でカーテンを閉じ、枕に顔を埋める。

 やらかしました、まだ顔も洗ってないのに……。


 奇跡的によだれは垂れていなかったものの、半目状態のだらしないところを見られてしまった。

 かい君とは家が隣だから、ごく稀にこういうことが起こるんだけど……はぁ。

 うーっ、なんなの「っばばば!?」て。慌てすぎでしょ、私。


 自分の気持ち悪い言動を、しかし冷静に分析しつつ、洗面所へ向かう。

 そして、顔を洗い、リビングでトーストを焼いて食べ、身支度をし、家を出た。


『がちゃっ』


 ドアを開ける音が重なり、嫌な予感がして隣を見ると。

 やはり、かい君も家を出るところだった。


「あ、忘れ物、忘れ物~」


 そううそぶいて、私はドアを開ききらないうちに、家の中へと戻った。いや、避難した。

 うーん、さっき恥ずかしいところを見られてしまった手前、あまり上手に話せる自信がない。ただでさえコミュ障気味の私なのだから、いわんやこの状況をや、である。


 数分後、かい君が出立しゅったつしたことを確認してから登校することになったのだけど。

 かい君、傷ついちゃったかな?

 理由はどうであれ、かい君のことを避けちゃった訳だし……。


 ……いやいや、でもクールと名高い彼がそんな簡単に気を落としたりしないよね!

 そう思い直して、私はバス停に向かった。

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