第6話 マイホーム(2回目)

【暮葉side】



「暮葉!」


 背後から、聞き慣れた声が飛んできた。

 恐るおそる振り返ると、やはりそこには──


「うっ……かい君……」


 いや、嬉しいんだけどね。

 嬉しいんだけど、今日はかい君のこと避けちゃってた手前、今更どんな顔して良いのか分からない。


「あのさ。久しぶりに一緒に帰らない?」


 えっ、うそうそ! かい君からそんな風に誘ってくれるなんて!

 いや、でも気まずいよね。さっきまで素っ気ない態度をとってた訳だし。

 でも、一緒に帰りたい!

 うーん、やっぱり気まずい!

 帰りたい、気まずい、帰りたい、気まずい……。


「………………えーっと、別に、良い、けど」


 とりあえず「そこまで言うなら一緒に帰っても良いわよ?」みたいなニュアンスをかもしておいた。

 私としては不本意だけど、これが一番不自然にならないはず。

 ごめんね、かい君。別に私、機嫌が悪い訳じゃないんだよ?


 心の中でそう謝りつつ、私たちは昇降口を通りすぎ、校門を抜け、バス停に向かって歩きだした。


 ……そう言えば、かい君と一緒に帰るの久しぶりだな。小学校のころ以来かも。

 かい君、あの時よりもずっと背が高くて、声も低くなって、「男の子」から「男の人」に近づいてるんだなと、しみじみ思う。……やば、なんかドキドキしてきた。


 足もすらっと長くて、喉仏のどぼとけのところとか凄く色気があって──

──「そう言えば古典の授業中、目黒と話してたけど、何話してたの?」──

──なんか気のせいかもしれないけど良い匂いするし……。


 ……。

 …………。

 ……あれ、もしかして私、話しかけられてた!?


「んっ? え、あ、東京の目黒区に御殿ごてん? 夢だよね! 大豪邸だいごうてい!」

「いや御殿ごてんじゃなくて古典こてんだから」


 さーっと血の気が引いていく。折角せっかくかい君が話題を振ってくれたのに、聞いてなかったとは……。

 しかも、なんか苦笑されてるし!?


「えっと、目黒さんにノートを貸してまして……ははは」


 なぜか敬語になってしまったことを後悔しつつ、むりやり笑って誤魔化ごまかした。なんか不恰好ぶかっこうな愛想笑いみたいになってしまった。


「まぁでも、暮葉らしいな」

「えっ、何が?」

「ノート貸したのもそうだけど、暮葉って誰にでも優しいでしょ? だから、暮葉らしいなって」


 か、かい君、そんな、私のことを褒めて……!


 ──いや、待てよ。私、ノート貸さずに「宿題は自分でやった方が良いよ」って言おうとしてなかった? 結局は陽キャ様に屈して差し出しただけだから……。

 ということはまさか、かい君はそこまでお見通しで「お前って誰にでも媚びへつらうよな」って言おうとしてるのかも……?


 熱くなっていた頭がすーっと冷めていく。

 果してこれは、褒めているのか? けなしているのか?

 ……まぁ、フィフティフィフティといったところだろうか。


「あ、うん。ありがと」


 あんまり仰々ぎょうぎょうしく喜んだりすると、褒められてなかった場合のダメージが大きすぎるので、さらっと返した。

 まぁ、この反応が安パイ。


「……今日はごめんな」

「ん? どうしたの、急に?」

「暮葉は優しいから言わないだけだと思うんだけど、俺、色々と迷惑かけちゃったからさ……」


 迷惑? いや、心当たりが無いんだけど?

 ……あ、分かった。椅子が私の頭にぶつかったことを言ってるんだ!

 突然謝られたから何事かと思ったけど、じゃあ私と一緒に帰りたがってたのは、これを謝るために……?


「ふふっ。なーんだ、そんなこと?」


 なんだか可笑しくなってしまって、私は笑みをこぼした。

 かい君ってクール男子を気取ってるけど、そういうところ不器用だから、ちょっと可愛い。


「……あのね。私は、かい君の方が優しいと思うよ?」


 私は周りの空気を読んで行動しているだけ。

 それに比べて、かい君は細かいことでも気遣ってくれるから、きっと私よりずっと優しい。


 私は、かい君の目を真っ直ぐ見て、やっぱり恥ずかしくて、顔を俯きがちにしてしまって、でもその瞳に視線が吸い寄せられて……上目遣いになってしまった。

 あざといとか思われるかな。

 でも、これくらいは許してほしい。


 程無くしてバス停に到着し、私たちは他愛もない雑談をした。

 そこからは、まるで小学生の頃に戻ったように、夢中で話し続けた。


 そうしているうちに、どこか離れてしまっていた心の距離が少しずつ縮まっている気がして。

 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。

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