005;キャラクターメイキング.03(姫七夕)

「姉ちゃんっ、エール追加だっ! ふたつっ!」


「だから俺は言ったんだ、あの遺跡はまだ早すぎる、って!」


「ビーンズキーマカレー、お待たせしました~!」


「てめぇやんのかぁ!?」

「いい度胸だ、表ぇ出やがれっ!」


 ――活気と喧騒。

 見渡す広い店内は雑多な色使いで、実に様々な形に溢れています。

 壁にかけられた武器――クレイモアやハルバード、トライデントなど――は模造品でしょうか。採光により明るい店内の壁でそれらはキラキラと輝いています。


 入って正面には奥の階段へと繋がる広めの動線。その左右に、琥珀色の円卓を囲んで椅子代わりの樽に腰かけた様々な方々が、こんな真昼間からお酒を飲んだり騒いだり殴り合いそうになったりしています。


 所々、辛気臭そうな顔で静かに陶杯を煽っているのは、ははーん、仕事にあぶれた方たちですね?


 ちなみにまだぼくの身体はぼく以外の意思が操っています。所謂いわゆるってやつです。よくある演出です。


 首を回して店内の装飾や喧騒の人々を眺めながら――今、胸倉を掴み合いながら険しい顔で睨み合って外へ出て行こうとしていた半裸の男性二人にぶつかられましたっ! ――ぼくはどきどきと緊張する自分の心音に大きく息を吐いて、そして階段を上っていきます。


 上がった先には、大きな大きなカウンターがありました。そしてカウンターの右手にはさらに大きなクエストボード――様々な羊皮紙が、所狭しと貼り付けられています。


「いらっしゃいませ!」


 景気のいい声で挨拶をしてくれたのは、カウンターで受付をしているお姉さんです。後ろでひとつに束ねられた栗色の髪がやはりきらきらと輝いています。


「冒険者ギルド【黄金の双翼亭】へようこそ!」



◆]冒険者ギルドに登録し、

  キャラクター名や

  経歴を決定してください[◆



 システムアナウンスの終わりと同時に、ぼくの身体はカウンターへと進み、そしてそこで漸く自由を取り戻しました。

 そう――このカウンターにいる受付のお姉さんに話しかけ、「冒険者の登録をお願いします」と言うことで、キャラクター名や経歴を決定し、これにてキャラクターメイキング終了なのですが……


「……どうしたの?」


 カウンターに来たものの何も言わないぼくに受付のお姉さんはきょとんと首を傾げました。

 別に緊張しているわけではありません。先程階段を上っている時にどくんどくんと聞こえていたのは確かにぼくの心音でしたが、それはこのシーンにおける演出であって、ぼくが本当に緊張しているわけではないのです。


「……あの?」


 ぼくはただ、このお姉さんの笑顔を目に焼き付けているだけです。だって、この後しばらく、このお姉さんの屈託のない素敵な笑顔は見られなくなるのですから。


「もしも~し?」


 潮時です。ぼくはお姉さんににこりと微笑みかけると、びしっと頭を下げました。


「ごめんなさい! ここじゃないんです!」

「……え?」


 そして踵をくるりと返した後は、猛ダッシュです! 来た道をひたすらに戻ってお店から出ます!


 そう、ここじゃないのです。登録すべきなのは、この冒険者ギルドじゃないのです!


 10年前の『ヴァスリ』もそうでした。所属を選んだあと、ムービーシーンを挟んで辿り着くのはその国の最大手の冒険者ギルドのカウンター前。

 そこであんなシステムアナウンスが流れたら、普通はそこで登録しちゃうじゃないですかぁ!


 まぁそれが不正解、ってわけじゃないんですけど。

 でも、実は何も冒険者として登録できるのはそこだけじゃないんです!


 そして、《詠唱士チャンター》を選んだぼくには、このダーラカ王国に最も適した冒険者ギルドがあるのです!

 さらにそれが10年経ってリメイクされた今も同じであるということは、三ヶ月前に参加した第二回ベータテストで実証済みなのです!



 ギルドから目抜き通りへと飛び出たぼくは、記憶を頼りに通りを北へと奔走します。

 何せルールは同じでも、流石にマップが違います。リメイクされた今作は単純にマップの広さが最低でも2倍、最大だと10倍以上、広いのです。

 そして広ければ広いほど、ディテールは細かく描かれます。この国の雑多さはもはや混沌と称してもいいほど――複雑で、難解なのです。


(目抜き通りを北……恥ずかしがりな露天商を通り過ぎて右……)


「あの……いらっしゃい、……ませ……」


(右左にじぐざぐ二回、……路地裏の猫が会議してる広場を突っ切って階段を上って……)


「おあーっ!」

「ふしゃーっ!」

「にぎゃーっ!」


(急勾配の坂を駆け下りて道なり、……図書館を右に折れて礼拝堂のわき道を真っ直ぐ……)


「星霊の加護がありますように……」


(……着いたっ!)


 心で叫び、ぼくは息を切らしながらその建物を見上げました。

 最初に赴いた【黄金の双翼亭】よりも小さく、そして古ぼけた建物。

 全世界の冒険者ギルド共通の開け放たれた両開きの正面玄関を潜って、ぼくはやや薄暗い一階部分へと足を踏み入れました。

 冒険者ギルドの一階部分がご飯処兼酒場になっているのも、ほぼ全世界の冒険者ギルド共通です。


 しかし全然賑わっていません。小さいギルドですから、テーブルの数も【黄金の双翼亭】の半分もありませんし。

 かろうじて奥の方のテーブルに、酔いつぶれて突っ伏した頭頂部の薄いおじさんが陶杯を手にしながらいびきを搔いているのが見えます。


 階段はありません。入ってすぐ左手に大きなカウンターがあり、しかし受付のお姉さんは見当たりません。

 カウンターの右手に聳える大きなクエストボードに貼っている羊皮紙も、たったの三つしかありません。


「……こんにちはー」


 カウンターに手を着き、身を乗り出すようにして声をかけました。

 しかしうんともすんとも、何ともありません。誰も出てきませんし、何も起きません。


 おかしいですね……ベータテストでは確かに、このギルドで冒険者登録が出来たのですが……


 そうやってぼくが小首を傾げて困っていると、背中越しに声をかけられました。


「え? お客様!?」


 振り返ると、いっぱい荷物の詰まった大きな紙袋を抱えた赤髪の少女がそばかすだらけの顔いっぱいに驚愕を点して目をぱちくりとさせています。


「あの、ぼうけ」

「冒険者登録ですか!? はいはいっちょっと待ってて下さいねぇ! お父さぁん! お客様ぁぁぁあああ!」


 紙袋をドタンとカウンターの上に置き、裏手の扉をバタンと開けてドタドタと雪崩れ込んでいきました。

 置き方が悪かったのでしょう、紙袋に倒れる兆候が見えたのでぼくは慌ててそれを受け止めました。


「冒険者登録だとっ!?」


 またもバタンとカウンター裏の扉が開き、中から出てきたのは――白髪交じりのぼさぼさ頭と無精髭のだらしない、でも決して憎めない顔つきのおじさんでした。


「ああっ、お客様! 申し訳ございませぇぇぇん!」


 赤髪そばかすの女の子が慌てて駆け寄り、ぼくが抱き留めて支えている重たい紙袋をひょいと受け取りました。……力持ちなんですね。


「それで、うちで冒険者登録をしたいっていうなお客様はアンタかっ!?」

「こらっお父さん! お客様に“奇特”なんて言い方したらダメでしょ!」

「あ、いえ……お構いなく……」


 ぼくはにこりと微笑みました。とにかく無事に、冒険者登録をしてくれそうで良かったです。


「ほ、本当に……うちでいいのか?」

「はい」

「な、何でだ……何でよりによってこの、【砂海の人魚亭】に!? 大通りにはこの国最大のギルドもある中でどうしてうちなんだ!?」

「ちょっとお父さん! いくらうちが倒産寸前の没落ギルドだからってお客様にそういう言い方無いでしょ!」

「いや、あ、これは申し訳ない……しかし聞かせてくれないか? どうしてうちなんだ??」

「あ、えっと……」


 ぼくは言い訳を考えます。

 10年前からぼくはこのギルドにお世話になりっぱなしですし、大通りの見た目可愛いですが裏の顔ありまくりな受付嬢よりこの素直過ぎる馬鹿正直なそばかすちゃんが大好きですし、がめついあちらのギルドマスターより謙虚過ぎる商才の無いこのおじさんが大好きです。何というか、利益より情を優先しちゃって墓穴掘る、って言うのが人間味に溢れすぎていて、ついつい肩入れしたくなっちゃうのです。


 ですが本当のことは言えません。言うと、変な人認定されますから。

 だから、ここはこう言うようにします。


「実は……【黄金の双翼亭】とは肌が合わなくて……」

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