004;キャラクターメイキング.02(姫七夕)

 ただ、この作業はとてもとても疲れます。感覚や規則――どの数値を弄るとどう形が変化するのか――を掴むのに非常に時間がかかりますし、何より弄り出すとキリが無くなっていきます。

 ただでさえ顔だけでも弄れる箇所が多いのに、手足や胸、お腹、腰やお尻に肩幅など、選択箇所が多岐に渡り過ぎなのです!

 それに、パーツごとに好みの形を仕上げられたなぁなんて感慨に耽って改めて見てみると全体のバランスがおかしかったり……很麻煩めんどくさい


 しかし広い世の中、この電脳遊戯の世界にも猛者はいるものでして、元がいいのかどうかは分かりませんが実に非常によく作り込まれた、幻想的かつ現実的でもある絶妙なラインでの造形美を持った頭像アバターで歩き誇る方がいっぱいいます。


 ぼくもひと月ほどかけて違うゲームで切磋琢磨してみましたが、どうにもこうにもうまくいきませんでした。

 だからぼくは、考えました。それはもう、いっぱいいっぱい考えました。

 そして導き出した答えは――を弄ることでした!


 整形手術とまではいきませんが――歯並びは矯正しましたけれども――他人に誇れるようなプロポーションを手に入れるために適度をやや超えて運動したり、柔軟したり、笑顔の練習をしたり、美容に気を遣ったり。


 幸運なことに、自分で言うのもなんですが、ぼくは童顔を超えて幼顔ではあるものの可愛らしさにはほんのちこっと自信があるのです。こんな顔に生んでくれた阿母かぁさんには本当に感謝です。


 ですから、ぼくは自分の頭像アバターを全然弄りません。髪色と、虹彩の色、肌色くらいなものです。


 そしてそれも、一番お気に入りのものを保存してありますから、システムメニューから筐体のデータフォルダに接続して、お気に入りの髪色と虹彩の色とを呼び出して適用させました。


 念願だった《王冠ステマのアニマ》に相応しい、翡翠色の髪の毛とグレーの目です。

 本来のぼくは暗めの茶髪と、やっぱり暗めのダークブラウンの目をしているんですが、ゲームの中では明るい色がいいな、と思ってこの色にしています。目は少し、暗めな方なんですけどね。


 肌の色は本来よりも少し日に焼けた感じの色合いにしました。

 色身だけ変わったぼくが、穏やかな顔で目の前に佇んでいます。ぼくがコスプレイヤーをしていなかったら、その姿に不思議な感慨を覚えたのでしょうか。今となっては慣れっこなので、よく解りません。


(あ!)


 思い出してぼくは、メイキングメニューからペンを選択します。

 利き手である左手に光が集まって細い円筒が現れました。油性マーカーに似ています。

 その先っぽを右目の下、頬骨の少し上あたりにちょん、と着けると……泣き黒子が出来上がりました。

 大きさ、濃さ、位置。どれも完璧な仕上がりです!


 一歩引いて、ぼくは全体を眺めました。うん、自分で言うのもなんですが、Kawaii。


 んー……でもやっぱり、お胸が大きすぎる気がします……

 ぼくはこんな顔だから、多少の方が似合うんじゃ無いですかなぁ?

 あ、でもでもそれだとロリ過ぎます? うう……どうするべきでしょうか……


 うーん……


 うーん……


 うーん……


 結局、そこから弄り直すのはやっぱりやめて、ぼくは頭像アバター弄りを終えました。


 さぁ、キャラクターメイキングも次で最後です。



◆]所属を選んで下さい[◆



 アナウンスと同時に、ぼくを眺めていたぼくの意識が正面へと吸い込まれ、視界が高速で反転したかと思いきや、ぼくはぼくと同期を始めました。

 両手それぞれに持った磁石のN極とS極とをゆっくりと近付けていくような引力を、ぼくは全身の肌の内側で感じました。感覚が新しい肉体に馴染んでいく、ふわふわとした感覚――チュートリアルを始めた直後の浮遊感が、羽根が地面に落ちていくように無くなっていきます。


 そして完全に同期を果たしますと、ぼくがいる空間に奥行きのある美しい風景が広がっていました。


 風景はぼくを中心として四つのエリアに分かれているようです。

 身体ごと右に向くと、風景ががらりと様変わりします。ちょうど90度ずつです。


 正面には雪原が広がっていました。見渡す限りの銀世界、その奥には降り頻る雪にかげった、巨大な建造物が見えます。

 そしてその手前には、がしょんがしょんと重たい金属の身体を揺らしながら歩き回る、機械仕掛けの巨人がいます。何体もいるのです。

 巨人と言っても、その大きさは3メートルくらいでしょうか。ここからだと遠くてよく判りませんが、その正体をぼくは勿論知っていますし、この風景がどの国のものかも。


 でもここには興味がありませんから、身体を再び90度、右へと向けます。

 火勢が紙を瞬時に燃え上がらせるように、風景が切り替わりました。


 次に映し出され広がったのは、険しい岩肌でつくられた山道です。平坦な道が続きますが奥に行くに従って下向きの傾斜を見せ始め、はるかその奥には槍衾とも言える切り立った山並みが雲を纏っています。

 現実世界にいるのとはちょっと違いますが、山羊や羚羊のような山岳の獣が行き交い、空には巨大な猛禽類やドラゴンでしょうか? が飛んでいる姿も見られます。


 でもここには興味がありませんから、身体を再び90度、右へと向けます。

 火勢が紙を瞬時に燃え上がらせるように、風景が切り替わりました。


 次に映し出され広がったのは、静謐という言葉が相応しい、美しい森の風景です。開けた一本道の奥に見えるのは天を衝く一本槍のように聳える巨大な山で、その麓には華美で荘厳な聖堂が雄大に座しています。

 鹿や兎が道を横断して茂みの中へと消えていきますが、その姿は実に牧歌的です。優しい匂いがして、木漏れ日も淡く色付いているようです。


 でもここには興味がありませんから、身体を再び90度、右へと向けます。

 火勢が紙を瞬時に燃え上がらせるように、風景が切り替わりました。


 最後の風景、それは広大な砂漠でした。

 奥の方でキラキラと地面が輝いているのは、海と混じり合って“砂海”になっているからです。つまり、超巨大なビーチです。

 そして石板を敷き詰めて造られた交易路を、様々な格好をした交易商人たちが往来します。交易路の少し向こう側に目を向けると、露店がいくつも開かれて冗談交じりの商談や譲らない顔で渡り合う値引き交渉をする方々もいます。

 活気のいい声が響き渡っていて、道を真っ直ぐ進むぼくも何だか元気が湧いてきます。


 そう。ぼくはこの場所に用があるのです。この場所に興味があるのです。

 この、【ダーラカ王国】という場所に、籍を置きたいのです!


 街並みと化した景色をゆったりと見渡しながら、ぼくは交易路をただ真っ直ぐに歩きます。

 ぼくの格好もこの道を歩き始めたその瞬間から《詠唱士チャンター》の至ってノーマルな格好になっています。

 道行く人もぼくの存在に気が付き始め、露天商は威勢のいい声で「お嬢ちゃん、どうだい!? 買ってかないかい!?」なんて手招きをしています。


 適当にあしらうための爽やかな笑顔を見せながら手を振り、ぼくはまだまだ真っ直ぐ進みます。

 すると身体の操縦が自動オートに切り替わりました。

 ただ前を向きながら、ぼくの意思に関わらず真っ直ぐ歩いています。


 そんなぼくの前に、地面から文字列が浮かび上がっては空へと立ち昇り、消えていきます。


 そのどちらも、この時にしか味わえない、特別な演出です。



【“砂塵の無頼” ダーラカ王国】

 Wuxia in the Sandstorm.

    DARAKHA KINGDOM.


 かつて荒野だったこの地に、“武王”と謳われた傑物、初代ダラハン王が興したのがこの“ダーラカ王国”である。

 作物の育たぬ枯れたこの地で、民は王に倣い、自らを鍛え、他者とよく関りを持ち、やがて活気溢れる国へと育て上げた。


 周辺の民族をどんどんと吸収し、瞬く間に領土を広げていった王国は、大陸四大国の残り三国と面するという独自性を持ち。

 またかねてよりの国民性が、この国を一大交易国家へとも仕立て上げた。


 街を賑わせる商人たち、そして街を守る武侠たち。彼らの元へと集った幾つもの民族は互いに風習と文化を捨てず、そしてそれらはまた統一されず、ゆえにその街並みは雑多で、彩に塗れていると言える。


 一部が海へと到達した砂漠は今も尚広がり続け、そしてその海と交わった“砂海”には、古代文明紀の遺跡が今も尚眠っている。

 未踏破の遺跡からは過去の遺産が発掘されることもあり、ダーラカに拠点を置く冒険者たちは、砂の海に眠る歴史に、今日も挑むのである――――



 モノローグ、終わりました。

 つまり、ぼくが所属するダーラカ王国というのは、そういう国なのです。


 そしてモノローグが終わったと同時に、ぼくはある建物の前で足を止めました。まだ身体の制御権コントロールは取り戻せていません。

 大きな両開きの扉が完全に開かれた、そのアーチの下を潜ってぼくは中へと入ります。


 ぼくの意思に反するこの身体が、ごくりと大きな音を立てて唾の塊を飲み込み、そしてぼくはとても長い瞬きを一度だけ、閉じてから開く間に深呼吸を一回だけ、しました。


 ここは、“冒険者ギルド”です。



◆]《ダーラカ王国》に所属しました[◆

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