003;キャラクターメイキング.01(姫七夕)

◆]キャラクターメイキングを始めます[◆



 白い光に包まれた空間の中で、ぼくはほんの僅かな痺れを全身に感じました。

 まるで魂の輪郭が脱皮をしたようにヒリヒリとひいらぐ――今ではすっかり慣れっこになった感覚です。


 それはこれまでぼくが乗り移っていた泥んこ塗れの頭像アバターとぼくの意識とを繋ぐ電気信号が切断された際の感覚です。

 ぼくから剥がれ切った泥んこ塗れは、ぼくの視界の中心に躍り出てこちらを振り向き、リセットされた真っ新な輪郭にどんどんと色彩を載せていきました。


 末端から、中心へと。

 雪解けに春が芽吹くように、ぼくの頭像アバターは鮮やかに色衝いていきます。


 そうしてぼくの目の前に、ぼくが佇みました。


 システムが“電脳遊戯没入筐体HUMPTY-DUMPTY”を介してその中に横たわり電子の幻想を夢見るぼくの生体情報を読み取って再現した、がそこにいるのです。


 このゲームも例に漏れず、この段階での姿はまるっと裸です。まだ可愛い他の人の裸なら眼薬として非常に役に立ちますけど、コンプレックスの塊とも言える自分自身の裸なのですから、とても目の毒お気の毒です。

 それでも一昨年、コスプレイヤーとしての活動を始めたおかげで自分の肌を客観視するという行為にはとてもよく慣れました。自分では不満だらけの可愛くない造形ですが、そんなぼくの映像作品を買ってくれる方もいますんですよ! 可愛いだなんて言ってくれる方もいますんですよ! 很喜歡だいすき



◆]チュートリアルでの記録をもとに、

  あなたの《アニマ》が決定されます[◆



 システムアナウンスが響き渡ると同時に、目の前のぼくの輪郭が滲みます。

 それから、翠玉エメラルドを融かしたような翡翠色の気流がまとわりつきました。

 それはぼくの肌から沸き出て頭頂部へと上昇すると、雄鹿のような美麗な角状の魔術式を構成しては褪せ消えていきます。


 それを見たぼくは“成功やった!”と心の中でガッツポーズをしました。

 しかしここは電脳空間ですから、思うと動く世界ですから、今は見えなくなっているぼくの身体もぼくの感情に合わせてガッツポーズをしてしまいます。

 飛び跳ねたせいで視界がぐらりと揺れます。

 こういうこと、よくあります。


 《アニマ》とは、キャラクターの能力値・成長の傾向を決める指針だと思うといい、と聞いたことがあります。他のRPGで言えば“種族”が一番近いでしょうか。

 そして翠の気流が示すのは“王冠ステマのアニマ”――ぼくが最も欲していた魔術職に最適なアニマで、あからさまに打たれ弱いのですが逆に高い魔術適正を誇ります。


 あと、地味に鹿の尻尾みたいなのが生えてるのKawaiiんです。

 ああ、本当に嬉しいです……


 しかし実は、ぼくはこの結果を予想していました。

 チュートリアルでの行動がこのアニマ決定に大きく影響することはほぼ周知の事実ですが、では実際にどのような行動を取ったらどのアニマになるのかについてをぼく以上に網羅している方というのはそこそこ少数だと思います。


 と、言うのも、このVRMMORPG『ヴァーサスリアル』は10年前にリリースされたゲームで、ぼくは当時そのプレイヤーでした。

 競合するタイトルが犇く中で今ひとつ顧客を獲得し切れなかった『ヴァスリ』は、メインクエストの全てが配信されないまま3年という長くもあり短くもある期間でサービス終了となりました。

 このゲームにRPGヴァージンを捧げたぼくはしばらく落ち込みましたが、それから7年経った今、新たに蘇ると知ってぼくはわくわくしっぱなしの毎日でした!


 最新鋭のVRシステムに対応するための大型パッチはもちろん先行配信で、ベータテストにも二度参加しましたし、幾度に渡る先行配信特典も全てゲットしてきました。

 満を辞しに辞して辞しまくってリリースの今日、こうしてキャラクターメイキングに勤しんでいるのです!


 そう……つまりぼくは、『ヴァスリヲタ』と言っても過言では無いのです!


 だから当然、チュートリアルとキャラクターメイキングの関係性も熟知してますし、魔術職で渡っていくためにもこのアニマ獲得は外せませんでした。



◆]あなたに宿るのは《王冠ステマのアニマ》[◆

◆]マナに導かれマナを導く、

   魔女の王としての《アニマ》です[◆

◆]その《アニマ》に相応しい

     《アルマ》を決めてください[◆



 さぁ、次は《アルマ》――キャラクタークラスの選択です!

 アナウンスの残響が鳴り止まないうちに、緑色の風を纏ったぼくが3人に分身します。

 そして空間を滑るように左右に展開され、ぼくの右、正面、左に1人ずつ配置されました。

 裸だった格好も、それぞれ別のものに変わっています。


 正面。

 ツバの広いとんがり帽子を被り、ローブの上からマントを羽織って両手で杖を握る――《魔術士メイジ》です。

 魔術を用いた遠隔攻撃の得意なアルマで、単純な魔術同士を組合わせて自ら魔術を編み出せるほか、単体相手に手数で攻め切るといった、魔術職の中でも攻撃に傾倒したアルマです。


 しかし、ぼくが求めているのとは違います。


 右側。

 両脇を革紐で留めた簡素な貫頭衣に脛当てのついたサンダルを履き、十字架を大きくしたような槍を持つ――《巡礼者ピルグリム》です。

 初期選択できるアルマのうち、最初から治癒魔術を修得しているのはこの《巡礼者ピルグリム》だけで、攻撃手段だけでなく豊富な支援魔術を修得できることからなかなか人気のアルマです。


 しかしやはり、これもぼくが求めているのとは異なりますのです。


 残るはあとひとつ、左側のあとひとつだけです。

 こればっかりは運の要素が絡みます。初期選択が可能な基本の魔術職は全部で4種類、しかしキャラクターメイキングで提示される選択肢は3つなのです。ぼくが求めるひとつが、提示されないひとつになっていることもあるのです。


 ぼく、リセマラは嫌いなんです。そもそもこのゲームはリセマラし辛い仕組みになっていますし。


 だから、ただ左側を向く、というだけの行為にものすごく意を決する時間を要しました。

 来て、来て、来て、来て……お願い


「――っ!!」


 左側。

 フード付きのローブに身を包み、斜に構えた左手に厚みのある本を開いて持ち、右手にペンを握る――来ました! 《詠唱士チャンター》です!


 感極まるとはこういうことを言うのかもしれないです! ぼくは喜びに思わず跳ね、視界を上下に大きく乱しました。


 詠唱士チャンターとは、自ら魔術構文スクリプトを自由に組み上げて魔術を放つ魔術士メイジとは異なり、魔術書や経典に記述された文章を読み上げることで暗号化されて込められた魔術構文スクリプトを解読して展開する、範囲攻撃や広域への支援・妨害を得意とする魔術職なんです。


 魔術の発動のために詠唱を行う必要性から、魔術士メイジに比べて攻撃頻度と速度、手数に劣りますが、威力・効力は大きく勝ります。

 ただ、魔導書や経典に記述された暗号構文を読むことでしか魔術を使えないのと、暗記が死ぬほど大変なので対応力には少しだけ負けます。ううん、かなり負けです。



◆]《詠唱士チャンター》を選びますか?[◆



 システムアナウンスにはっと我に返されたぼくは、大きくこくりと頷きます。

 すると目の前のぼくがぼくの視界ごと中央へとスライドしていき、正面に降り立ちました。

 いつの間にか、《魔術士メイジ》と《巡礼者ピルグリム》は消えています。



◆]《詠唱士チャンター》を獲得しました[◆

◆]アバター整形の権利を獲得しました[◆



 白い光がぼくに灯り、再びぼくの頭像アバターは素っ裸に引ん剝かれます。この演出、リメイクされる前もありましたけど何でいちいち裸になりますでしょうか……?


 そしてぼくの頭像アバターが裸になっていくと同時に、ぼくの見えない両腕にじんわりと感覚が戻ってきます。白く濁った半透明の角質を纏って、それはぼくの手と同期しました。


 ぼくはこれを、密かに『无形的手神の見えざる手』とんでいます。

 その言葉が本来どう言った意味を持っているのかはよく解ってはいませんが、何だか耳触りが良くて好師かっこいい


 この手でこれから行うことは、キャラクターメイキングの根幹とも言える……頭像アバター改造カスタムです。

 手を近づけると、改造カスタム可能なパーツが仄かに光を纏います。

 そのまま指先で触れてみると、選択箇所の形状にまつわる様々な関連値パラメータ浮上ポップアップしました。

 この数値を直接変更するか、それとも入力欄の隣にあるダイアルを回して数値を上下させるか、またまたもっと感覚的に、選択箇所を引っ張ったり捻ったりして弄るかして頭像アバターの形を変えていくのです。

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