第23話 人たらし(女神様の力じゃないよ?ほんとだよ?)

 女神様も含めての話し合いを終えた愛斗たちは、フーリの町へと戻るために森の中を歩いていた。

 ……正確には歩いているのは練だけで、愛斗は練の作った簡易的な荷台に乗って運ばれているだけだったが。

 その後いろいろあって忘れていたが、愛斗はオーガとの戦いのときに無茶をしたせいで、その後すぐに回復薬を飲まされたものの、まだ歩けるほどには身体が回復していなかったからだった。


「いやぁ、すみませんのぅ……。こんな老いぼれにここまでしてもらって……」


「茶番は良いから、ちゃんと周囲の警戒してよ。今襲われたりしたら、二人してアウトだからね?」


 寝っ転がって運ばれているだけで、暇だった愛斗は暇つぶしのつもりで声を掛けたが、重労働中の練にはそれに反応する余裕はないようであしらわれていた。

 とはいえ、愛斗もまだ駆け出しとはいえ冒険者、充分な周囲の状況を確認したうえで、ふざけていた。


 いや、本来ならこのような状況でふざけるのもダメだとは思うのだが、愛斗としてはふざけても大丈夫だと思える理由が出来たからこそ、ふざけ始めていた。


「……何これ」


 冒険者ではないとはいえ、ほんの数刻前まで別の勇者に命を狙われ、その後にはオーガにも追われていたので、周囲を警戒せざるを得ない環境でいたことで、多少は辺りに生き物がいるかどうかの判別はつくようになっていた。

 しかし、突如聞こえて来たその声は、それまで周囲に誰も、何もいなかったはずの、練の真横から聞こえてきていた。


「? えっ!? 誰、いやいつの間に!?」


「え!? ちょ、どわぁぁ!」


「……あ」


 いきなり、誰も居ないと思っていたのに真横から声を掛けられて驚いた練は、慌てて戦闘態勢に入ろうとし、その結果、愛斗の乗っていた荷台をひっくり返してしまって、そこに乗っていた愛斗は咄嗟のことに、そしてまだ俊敏に動けるほど回復していなかったので、ゴロゴロと転がって地面へと放り出されてしまった。




「……ということで、俺の師匠の、アリスさんです。アリスさん、こっちは練、事情というか、何があったのかはさっき話した通りです」


「……そう、分かった。……それにしても、あれだけ注意してたのに早速やらかすなんて。……状況的には仕方なかったから許すけど、ちゃんと訓練はしてるの?」


「一応、時間さえかければなんとかなるんですけどね……。咄嗟に、ってなるとまだまだです」


 ひとまずはアリスが来て安心した愛斗は、アリスの事を練に、練のこととここまでのことをアリスに話した。

 ついでに少し説教されながらも、一度そこでとどまって応援を出すことにした。

 動けない愛斗と戦えない練の二人の時には、注意をひくようなことをして襲われたらどうしようもないという事で、なんとか練に頑張ってもらって移動しようと思っていたが、アリスが合流した今ならば、愛斗を軽々と運べる人を呼んで待つことも出来るという事での判断だった。

 アリスが空に向かって信号弾を撃とうとしている間、練も疲労が溜まっていたようで、荷台から放り出されて地面に転がっている愛斗の傍に腰を下ろした。


「あんた、アリスさんが来てるの分かってたんじゃないの? なんで早く行ってくれなかったのよ……」


「いや、まあもうすぐ来そうかな、とは思ってたけど、思ってた以上に早かったから、伝える暇が無かったんだよ」


 ちなみに、愛斗の言葉は嘘である。

 今、フーリの町にいるものの中で、弟子だっただけあり一番アリスの速さを知っているのは愛斗であり、その愛斗がアリスの居場所を感知した時にはもう横に居てもおかしくはないというのは知っていた。

 しかし、ほんの少しのいたずらごころから、わざわざ黙って驚かすことにしていたのだ。

 練も、少し怪しんではいるものの、それ以上突いてくることは無く大きく息を吐いた。


「……と」


「ん? なんか言った?」


 何か小さく、声が聞こえた気がして、愛斗が聞き返すと、練は愛斗の顔は見ることは無かったが、それでも先ほどより大きな声で口を開いた。


「助けてくれて、それに生かしてくれてありがと。あんたも勇者なら、話を聞いてるなら私を助けずに殺した方が手っ取り早いって分かったんでしょ? それなのに、何もせずに……まあ、あの時は出来なかっただけかもしれないけど、今もそんな素振りを見せずにいるから……」


「最初に会った勇者は、顔を合わすなり殺そうとしてきたから、誰にも会いたくないと思ってたけど、あんたみたいなやつもいるって知れて良かった。自分も危なくなるのに、助けてくれるなんて思ってなかった」


 独白のようにぽつりぽつりと零される言葉に、なんと言ったらいいのか分からなかったが、何か声を掛けなければ、と思ったのか、愛斗は口を開いた。


「俺は、そりゃ叶えたい願いはあるけど、それでも人殺し何てしたくない。甘いかもしれないけど、自分を殺そうって向かってくる相手にも、出来れば死なないで欲しい。甘い考えかもしれないけど、でもそれが俺で、だから練にも死んでほしくなくて……って、何を言いたかったのか分かんなくなっちゃったけど、とにかく、もっと強くなって、練みたいな子も守れるように、他の勇者たちも殺さなくて済むように頑張る」


 慰めたいのか励ましたいのか、それともただ自分が宣言したかっただけなのか、自分でも分からなくなってしまったが、それでも練を元気づけることは出来たようで、こちらを振り向いた練はとても綺麗な顔をしていた。


「ふふ、励まそうとしてるんなら、もっとかっこよく言わなきゃ。……でも、まだ短い付き合いだけど、愛斗らしいよ」


 笑いながらそう伝えてくれる練は、フローリアという心に決めた相手がいる愛斗にもつい見惚れてしまうほど、綺麗だった。




 それから少しして、アリスの信号弾に気が付いた冒険者たちが来て、愛斗と練はフーリの町へと運ばれるのだった。

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