7. 優等生ちゃんの意外な素顔

 清新学園の南校舎、そこは主に一年生の教室がある棟であった。しかも、今は四月。入学したばかりでまだ制服に着られている初々しい生徒達がほとんどだ。そんな時期から校則にルーズになるような者は、この清新学園には入ってこない。


「俺はどうだったっけ……?」


 放課後も結構時間が経った後であり、まばらにしかいない新入生を眺めながら颯空は自分が入学したての頃を思い出す。確か、入学式の最中に教頭から「おい! そこの金髪!」と大声で怒られた気がする。つまり、自分は入学した当初からあんな感じだったわけだ。


「まぁ、俺みたいな新入生なんていねぇわな」


 苦笑いしながら一年生の校舎を歩いて行く。どうやら一年生には自分の悪評がまだ広まっていないらしい。颯空を見ても特に奇異の目で見てくる生徒はいない。金髪だったらいざ知れず、今の見た目であれば警戒されることもないだろう。


 ──このままじゃあなた一生独りぼっちよ? 私はそれが心配。


 不意に美琴に言われた言葉が頭に浮かんだ。この学校に入ってから、一番心にズシンと来た台詞セリフであり、髪の色を金から黒に染め、ピアスを放り投げた理由でもある。だが、言えない。美琴の言葉を受けて変わろうと思ったなんて、言えるわけがない。そもそも自分自身が認めていなかった。


 そんな事を考えながら適当にぶらぶら南校舎を歩いていると、指示された時間になったので美琴との待ち合わせ場所へ向かう。一時間、校舎を歩きまわった結果収穫はゼロ。そもそも何が校則違反かわかっていない颯空が校則破りの生徒を見つけるなど、無理な話であった。


「あれ? まだ戻って来てねぇのか?」


 先ほど、片桐寧々と出会った場所に着いても美琴の姿は見えない。仕方なく颯空は階段に腰を下ろして待つことにした。

 五分、十分……待てども待てども美琴は姿を現さない。そうこうしている内に、もうすぐ下校時刻がやってくる。


「くそ……あの自己チュー女、どこで油売ってんだよ」


 面倒くさいけど探しに行こう、そう思って立ち上がった時に初めて、階段上の屋上へと続く扉が少しだけ開いている事に気が付いた。


「……まさかな」


 生徒立ち入り禁止の屋上に生徒会役員の優等生がいくわけがない。そう思いつつ、颯空の足は屋上へと向かっていた。


 キーッ……。


 錆び付いた扉を開けると、最初に飛び込んできたのは紫色に染まった空だった。こんなにも近くに空が見えるなんて思ってもみなかった颯空は、その光景に圧倒されつつも、きょろきょろと屋上内を見回して目当ての人物がいないか確認する。


「あれは……」


 階段室の横にダンゴムシのように丸くなっている人物を見つけた颯空は、そのままズカズカと近づいていき、その場で膝を曲げ不良座りを決めると、その膝の上に自分の肘を乗せる。


「校則違反、見っけ」


 颯空の声にピクッと反応した美琴だったが、まるで動こうとはしなかった。せっかくわざわざ屋上まで探しに来て声までかけたというのに。颯空が盛大に顔を顰める。


「おいこら。無視すんじゃねぇよ」

「……なによ?」


 ようやく顔を上げた美琴の真っ赤な目を見て、思わず颯空は口ごもった。


「お前、泣いてたのか?」

「……ずずー……泣いてないわよ……」

「いや、どう見たって」

「うっさい」


 鼻水をすすりながら言うと、美琴は再び自分の膝に顔を埋める。どうしたらいいのかわからず、颯空は頭をかきながらため息を吐いた。とはいえ、放っておくわけにもいかないので、颯空は美琴の横に移動し、階段室の壁を背もたれにして地面に腰を下ろす。


「なんかあったのか?」

「…………何もないわ」

「何もなきゃそうはならねぇだろ」

「何もなかったって言ってるでしょ! 本当に何もなかったのよ!!」


 美琴が顔を伏せながら声を荒げた。


「これだけ見回っても何もなかった! 校則違反をしている生徒を一人も見つけられなかったわ!」

「……あー、なるほど。そういう事か」

「自分で自分が嫌になるっ! あーもう……本当に私って駄目だわ!」


 落ち込んでいる理由を理解した颯空は静かに空を仰ぐ。なんとまぁ感情の起伏が激しい女なのだろう。馬鹿にされて怒ったと思えば優越感に浸りながら笑ったり、そうかと思ったら時間がないと焦り出したり、意気揚々と北校舎に行ったと思ったら屋上で塞ぎ込んだり、挙句の果てには一人泣いていたりと、まぁ忙しい奴だ。


「ぐすん……いくら優秀でも一人だと限界があるのよ。やっぱりあの女みたいに手駒を引き連れなきゃダメなのかしら……?」

「あの女? あぁ、さっきのお嬢様気取りの女か」

「片桐寧々……私と同じ生徒会役員よ。私が生徒会長になるにあたって最大の障壁になる女だわ。邪魔者と言い換えてもいい」

「あの取り巻きは?」

「あの女の手駒ね。色香をまき散らして異性を誘惑し、自分の駒にするのよ。あの女の役に立つため、全員が生徒会に所属しているわ」

「へー……」


 美琴の言葉を受け、颯空が何やら口元に手を当て思案する。


「……どうしたのよ? 考え込むなんてあんたらしくもない」

「いやなに、あいつらはあの気に食わねぇ生徒会長の出す課題をクリアしたんだなーって思ってよ」

「いえ、そうじゃないと思うわ。恐らく入会届を出して、それが普通に受理されただけよ。課題なんて出されてないわよ、きっと」

「はぁ!?」


 耳を疑う言葉に思わず颯空から大声が出た。信じられない顔でいる彼を見て、美琴は呆れたように小さく息を吐く。


「あのねぇ、生徒会の幹部である役員になるにはそれなりに実績なんかが必要になったりするけど、ただ単に生徒会に入るだけならば普通は苦労しないものよ? 部活動に入るようなものだわ」

「じゃあなんで俺はこんな七面倒くせぇ事させられてんだよ?」

「そんなの私が聞きたいわ。……ったく、これで私にも便利な部下ができると思ったのに」

「え?」


 颯空が眉をひそめて美琴の方へ視線をやると、彼女は一瞬だけしまった、という表情を見せ、慌てて颯空とは反対方向へと顔を向けた。


「なるほどな」


 颯空が小声で呟く。これまでのやり取りを踏まえれば、美琴の考えなど何となく想像がついた。


「なんで俺なんかを生徒会に入れたいのか疑問だったんだけど、そういう事だったのか。てっきり生徒会に生徒を入れて会長の評価を上げるため、とか勝手に思っていたが、そういうわけじゃねぇんだな」

「な、何の事かしら?」


 大量の汗をかきながら、ならない口笛を必死に吹いている美琴に、颯空が冷たい視線を向ける。


「あの女みたいに使える手駒が欲しかったんだろ? あれだけ味方がいりゃ、見回りの効率だって段違いだし、点数も稼ぎ放題ってわけだ。お前の命令で生徒会に入った俺なら、お前も遠慮なく俺をこき使えるだろうしな」

「うぅ……!!」

「……お前って本当わかりやすいな」


 眉を八の字に曲げながら唸り声を上げる美琴を見て、颯空は呆れたように肩をすくめた。その様がさもバカにされたように感じた美琴が、悔しがりながら詰め寄ってくる。


「……だってだってだって! 私は一人で頑張ってるっていうのに、あいつばっかりたくさん助けてくれる人がいてずるいじゃない! 一人くらい自分の味方になってくれる人を求めて何が悪いっていうのよ!?」

「い、いや、別に悪くねぇけど」

「本当は一人で見回りするのだって緊張するのよっ!? 鬱陶うっとうしがられるかもしれない、注意したら逆ギレされるかもしれない、上級生に調子に乗るなって怒られるかもしれない……そういう事に怯えながら、私はこれまで一人でやって来たんだからっ!」

「そ、そうか。それは」

「なのにどうしてっ!? 一人で奮闘している私じゃなくて、大人数で楽をしているあの女の方が評価が高いの!? 納得いかないわっ!」


 完全に八つ当たりじゃねぇか。そう心の中で叫んだ颯空だったが、瞳をうるませながら歯を食いしばっている姿を見たら、言う気も失せていく。


「私だって! 私だってぇ!!」

「あーはいはい、わーったよ」


 颯空が両手を上げて降参のポーズをとる。これ以上心の内をぶちまけさせたら、また泣き出しそうだった。生徒会に入るような優等生がまさかこんなにも泣き虫で子供っぽい性格だとは。


「別に責めてるわけじゃねぇって。弱みを握られているとはいえ、お前の話に乗ったのは俺自身なんだからよ」

「…………ぐすん」

「それに、一度やるって決めた事は最後まできっちりやりたい派なんでね。結果はどうなるかわからねぇけど、無様に足掻いてみせようぜ」

「……もう無理よ。もう下校時刻まで間がないし、学校に残っている生徒なんてほとんどいないわ」


 しゅんっと肩をすぼめる美琴に、颯空はニヤリと笑いかける。


「校則っていうのはな、学内で破る奴よりも学外で破る奴の方が断然多いんだよ。そっちの方が断然監視の目がねぇから」

「え?」

「おら、ボーっとしてないでさっさと行くぞ! 校則違反の取り締まり、延長戦だ!」

「え? え?」


 あまりの急展開に目をぱちくりさせる美琴だったが、スッと立ち上がり屋上の入口へと向かって歩き始めた颯空の背中を慌てて追いかけていった。

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