8. 校則違反
颯空の提案により、学校近くの商店街までやって来た二人。慣れた様子で歩く颯空とは対照的に美琴の方はおっかなびっくり歩いている、といった感じであった。
「……なにビビってんだ?」
「こんな夜遅くに制服でこんな場所を歩いていたら、警察に逮捕されちゃうかもしれないじゃない」
「夜遅くってまだ午後六時過ぎだろうが。そもそも逮捕じゃなくて補導な」
「しかも、こういうところってあんたみたいなヤンキーのたまり場にもなってるんでしょ?」
鞄を抱くように抱え、びくびくと周りを見ながら美琴が尋ねる。
「まぁ、ゲーセンとかカラオケとかにそういう連中がいる可能性はあるわな。後路地裏とか」
「ろ、ろ、路地裏なんて怖くて絶対行かないわよっ!!」
「懸命だな。お前みたいな普通の学生が行く場所じゃねぇ」
人の目が届きにくい所では悪事が横行しやすいもの。華やかな街の裏で何が行われているかなど、美琴のような一学生が知る必要はない。
「で? 校則はどうなってんだよ? まさか『清新学園の生徒、ゲーセンやカラオケに行くべからず』とはなってねぇだろ?」
「なってないかと聞かれたらない、とは言い難いわね。娯楽施設に制服で行ってはいけない、という校則があるから」
「ははーん……制服さえ来てなけりゃ、清新学園の生徒だってわからねぇもんな。度が過ぎた行為をしない限り、学校の悪評が立たないってわけだ」
「それだけじゃないわ。清新学園の生徒は色々と狙われやすいのよ。ほら、高所得層が結構通っているから」
「納得」
かつあげをするなら貧乏学生なんかよりもお金を持ってそうな学生を狙うのが普通だ。そういう意味で清新学園の生徒は
「要は制服を着たまま遊んでいる奴を見つければいいってわけだろ? 校内で探すより簡単だな。よっしゃ! 早速取り締まりに行くぞ!」
「意気込んでるのはいいけど、どうやって見つけるつもりよ?」
「あぁ? んなもん、一軒一軒
さも当然とばかりに颯空が言い放つと、美琴は何とも言えない表情を浮かべた。
「久我山君……私達も制服なのよ?」
「はぁ? だからなんだ…………え?」
美琴の言いたい事がまるで分からなかった颯空だったが、彼女の顔を見て嫌な考えが頭に浮かぶ。制服での娯楽施設の入場を禁ずる。それは娯楽目的ではなく、取り締まりという目的であったとしても許されない行為だとしたら?
「ちょっと待て。まさか……!」
「えぇ、そのまさかよ。私達はゲームセンターにもカラオケにも入れないわ」
小さくため息を吐きつつ、美琴がきっぱりと言い切る。信じられない、という顔をしていた颯空だったが、美琴に首を振られ、がっくりと肩を落とした。
「じゃあどうやって校則違反を見つけりゃいいんだよ?」
「そもそも、学校の外で取り締まるのは生徒の仕事ではなく教師の仕事ね。教師だったらゲームセンターとかに入っても問題ないし」
「つー事は何か? そもそも俺がやろうとしていた事は的外れもいいとこだったって事か?」
「うーん……まぁ、そうとも言えるわね」
少しだけ言いにくそうに言った美琴を見て、颯空は盛大にため息を吐きながら非難じみた視線を向ける。
「だったら最初から言えよ。一人で張り切って馬鹿みたいじゃねぇか」
「だって……嬉しかったんだもん」
「嬉しかっただぁ?」
「最後までやるぞ、って言ってくれたのがすごく嬉しくて……」
最後は尻すぼみになりながらそう言った美琴は、赤くなった顔でそっぽを向いた。そんな態度を見せられてしまえば、颯空は何も言う事が出来ない。通常、彼は男に対しても女に対してもそれほど接し方を変えないタイプの人間なので、こういう時は相手が女であろうと普通に文句を言うはずなのだが、渚美琴といるとどうにも調子が狂ってしまう。
「あー! もうこうなったら破れかぶれだ!! 別に外で見張っている分には校則違反じゃねぇんだろ!?」
「そ、それなら問題ないわ!」
「ならどこかに隠れておいて、うちの生徒が店に入ろうとしたら現行犯でひっ捕らえる!!」
「それでいきましょう!」
颯空がヤケクソ気味に言いいながら適当な建物の陰に立つと、どこか楽しげな様子の美琴がそれに続いた。
張り込みの仕事というのは忍耐力との戦いだ。決してターゲットには自分の存在を認知されず、ターゲットの一挙手一投足に目を光らせなければならない。その緊張感は疲労にも直結する。数日を跨いで張り込みを行う刑事はやはりプロフェッショナルなのだろう。プロでもなんでもないただの高校生である二人に、一時間程度の張り込みで飽きが来るのは必然だったと言える。
「……来ねぇな」
「……来ないわね」
このやりとりも何度やった事か。同じ場所で張り込んでいる以上、代わり映えの無い景色を前に話題などあるわけもなかった。
「たくっ……まどろっこしくて性に合わねぇよ、本当」
痺れを切らせた颯空がしかめっ面で建物の陰から出て行く。その後を美琴が慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっと!? どこ行くのよ!?」
「腹が減ったからなんか買ってくるわ」
「何言ってんの!? 買い食いも校則で禁止されてるのよ!?」
「はぁ!? マジで言ってんのか!?」
「マジもマジ、大マジよ! ほら、ここに書いてあるでしょ?」
そう言って自分の生徒手帳をめくりだした美琴が、あるページで手を止め、それを颯空に見せつける。そこには『下校中、飲食店及び出店の利用を禁止する』と書かれていた。それを読み、颯空が盛大に顔をしかめる。
「昔のお偉いさんは学生を囚人かなんかと勘違いしてねぇか? 自由を奪いすぎだろ、マジで。……けどよ? この匂いを嗅いでもお前は我慢できんのかよ?」
「え?」
颯空の事を止めようとその腕を掴んでいた美琴の鼻腔を、香ばしいソースと鰹節の香りが刺激する。反射的に匂いの出どころに目を向けると、小さなビルのテナントの一階、殆ど露天みたいな形で売りに出されているたこ焼きが目に飛び込んできた。それを見た瞬間、美琴のお腹が盛大に音を鳴らす。
「体は正直なんだな」
「う、うっさい!」
顔を赤くして自分のお腹を押さえつつ、伸ばしてきた美琴の手を振り払い、颯空は意気揚々とたこ焼き屋の店員に声をかけた。
「おう兄ちゃん、たこ焼き一つくれ」
「いらっしゃ……え?」
「なに勝手に……え?」
鉄板の上でたこ焼きを転がしていた店員と、たこ焼き購入を阻止しようとした美琴が目を合わせた途端、同時にその場で固まる。事情がわからない颯空が二人を見て頭を傾げた。
「何だお前ら、知り合いか?」
「…………渚さん」
どこか気まずそうな顔で店員の男が呟く。美琴も先ほどまでとは打って変わり、厳しい表情をしていた。
「
「あー……そういえば見た事あるようなないような」
「適当な事を言わないでちょうだい」
美琴がぴしゃりと言い放つと、颯空はしかめっ面で押し黙った。そのやり取りを見ていた武夫は意外そうな顔をしている。
「学校で話しているところなんか見た事なかったから珍しいなって思ったけど、案外悪くない組み合わせみたいだな」
「おいおい、目ん玉ちゃんとついてんのか? どう見たって相性最悪だろうが」
「……間違ってはいないけど、久我山君に言われると
心底嫌そうな顔で言った颯空を見て頬をひくつかせた美琴であったが、すぐに真面目な顔で武夫の方に向き直った。
「そんな事は今どうでもいいのよ。佐藤君、あなた」
「アルバイトは校則違反だって言うんでしょ? わかってるさ」
美琴が言うよりも早く武夫が半笑いで答える。その態度を見るに、どうやら彼には悪い事をしているという自覚がないようだ。美琴の表情が増々険しくなる。
「……生徒会役員として見過ごせないわ。この件は生徒会長に報告させていただきます」
「……まぁ、そうなるよね」
少しだけ肩をすくめた武夫は興味を失ったかのように美琴から視線を切り、再び鉄板のたこ焼きを転がし始めた。なんとなく相手にされていないような気がして、苛立ちを覚えた美琴であったが、これ以上伝えるべき事もないので、さっさと武夫に背を向ける。
「行きましょう」
「…………」
小さな声で颯空に声をかけるが、彼は答えず、武夫の手をボーっと見つめていた。
「久我山君! 行くわよ!」
「え? あぁ、
美琴が少し語調を強めると、呼ばれている事に気が付いた颯空が武夫の手から視線を外し、彼女の後について行く。そのまま歩いて行き、たこ焼き屋から少し離れたところで美琴はゆっくりと立ち止まった。
「……まさか本当に見つかるとは思わなかった。しかも、アルバイトしている生徒だなんて、かなりのお手柄に違いないわ!」
「そうだな」
「なによ? これで生徒会に入れるのよ? 少しは嬉しそうにしなさいよ」
「俺は別に入りたくねぇからな」
浮かない顔をしている颯空に、美琴が唇を尖らせる。とは言え、彼の言う通り、生徒会に入る事を本人は望んでいるわけではないから、嬉しくないのも仕方のない事なのかもしれない。
「とりあえず、これで明日会長にいい報告ができるわ!!」
鼻歌でも歌いそうなほど、ご機嫌な様子で歩き始めた美琴だったが、少しして颯空が着いてきていないことに気が付いた。
「あら? 帰らないの?」
「あー、ちょっと野暮用思い出したから。つーか、一緒に帰る間柄でもねぇだろ?」
「……そう言われてみればそうね。じゃあ、私は先に帰らせてもらうわ。あなたもあまり寄り道しないでさっさと帰りなさいよ? 何か問題でも起こそうものなら今日の苦労が水の泡になっちゃうんだから」
「へいへい、わーってるって」
適当に返事をしながら美琴に背を向けひらひらと手を振る颯空。そんな彼の後姿に
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