そして歴史は繰り返される



 富澤 隆一は落合 夏未を愛している。自分に魔法が使えたならば、彼女を襲う全てのものから守る魔法をかけるだろう。助かったわ、ありがとう。そう言って笑う彼女に心底安心して、彼女の囁く愛に包まれて眠りにつくことができるのに。けれど魔法などあるはずもなく。霊安室で横たわる彼女は悲しいほど美しいが、この世の者ではなくなっていた。交通事故だった。車に撥ね飛ばされ、彼女は頭を強く打ち付けてしまったそうだ。痛々しい傷を見たくなくて、彼女がよく被っていたニット帽を頭に被せた。そうすると、彼女は眠っているだけなんじゃないかという錯覚に襲われる。


「ねえ、起きてよ……。夏未、君はいつもねぼすけさんだね。ねえ、夏未。ねえってば……!」


 水をかけられたように、視界が滲む。夏未の身体は冷えきっていて、彼女の死が僕の指先に伝わってくる。何故、彼女がこんな目にあわなくてはならなかったのだろう。僕の怒りや悲しみが瞳からあふれ出て止まることはなかった。






 明日は僕と夏未の結婚記念日だ。安月給の僕だけど、この日は奮発して少し値の張るレストランを予約した。食前酒にはロゼを、食後には彼女の好きなチョコレートケーキをお願いした。そして僕は机の上で、ペンを走らせる。


『高校生の私へ。明日の花火大会で『富澤 隆一』に会うと思うけど、絶対に喋らないで。『富澤 隆一』はアンタを不幸にする。だから絶対に、絶対に付き合うな』


 夏未が好みそうな便箋に手紙を入れ、瓶の中に放り込む。夏未の実家近くの浜辺に行き、それを海に捨てた。何故こんなことをしようと思ったのか分からない。僕は夏未を幸せにしたかった。けれど僕と結婚しなければ彼女は命を落とすことはなかった。僕の後悔や無力がそうさせたのかもしれない。高校生の夏未に届くわけがないけれど、書かずにはいられなかった。さようなら、僕の後悔。僕の心の中には夏未が生きている。明日、僕は夏未の分まで結婚記念日を祝うよ。だから夏未、天国で待っていてくれ。






「あれ?この瓶、中に何か入ってる」


 浜辺を散歩していた少女は瓶の中にあるものを取り出した。


「手紙だ!何々?『高校生の私へ。明日の花火大会で『富澤 隆一』に会うと思うけど、絶対に喋らないで。『富澤 隆一』はアンタを不幸にする。だから絶対に、絶対に付き合うな』……?ウソ、未来の私からの手紙?でも、字がちょっと違うような……?」


 少女、夏未は首を傾げる。それから、『富澤 隆一』という人物がクラスメイトだということを思い出した。


「へえ、富澤クンと明日の花火大会で会うのか。付き合うなって書いてあるけど、どういうこと?私を不幸にするってこと?」


 夏未は鼻で笑った。


「私を不幸にできるならしてみなさいよ。できるものならね」


 明日の予定が決まった。花火大会に行き、『富澤 隆一』と付き合う。夏未は瓶の中に手紙を戻し、家に持ち帰るのだった。


Fin.

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