二兎を追う者は一兎をも得ず


 二股をかけていたことがバレてしまった。一人は高校の同級生。もう一人は、職場の後輩。俺にとってはどちらも本命で、選べないから二人と付き合っていたのだ。それに、二人に接点はないからバレないだろうと高を括っていた。


「二股なんてあり得ない!」


 同級生の孝美(たかみ)はそう声を上げ、俺を睨みつける。


「そんな男とは付き合ってられないわ。さよなら」


 そうして俺は彼女に弁解する余地もなくフラれてしまった。

 職場の後輩である美月(みつき)からは、「後日お話しましょう」という素っ気ない言葉とともに、日付と待ち合わせ場所が記載されたメールが送られてきた。俺はなんとか自分の気持ちを分かってもらおう、そして関係が継続できるように誠心誠意謝ろう。そう意気込みを入れた。






「……え?孝美?」


 指定された場所で待っていたのは美月と、孝美だった。呆気にとられた表情の俺に、孝美は言い放った。


「この子に連れられて来たのよ。どうしてもって言われてさ。アンタを許したわけじゃないから」


 しっかりと釘を刺してきた彼女に、俺は曖昧に笑うことしかできない。美月はにこやかな笑顔で俺と孝美を喫茶店に案内した。俺の向かいに美月と孝美が座る。詰問するのには丁度いい構図だろう。俺は緊張を飲み干すように水を口に入れた。


「……美月。孝美まで呼ぶなんて、そんなに怒っているのか?」


 美月からの返答はなく、ただ笑みを浮かべているだけだ。しかし、彼女の瞳の奥は冷え冷えとしており、笑っていないことは俺でも分かった。俺は慌てて言葉を重ねる。


「すまない。言い訳になってしまうかもしれないが、俺は二人を同じくらい愛しているんだ。だから……、悪いとは思っていたけど、どうしても止められなかったんだ」


 俺は俯く。これで反省していることは伝わっただろうか。伺うように美月を見上げると、彼女の冷えた目が俺を捉えていた。


「それで?」

「あ……、え、ええと……だから、その……」

「ハッキリ言ってくださいよ。私達とよりを戻してまた美味しい思いをしたいって」


 美月は真顔でそう言い放った。核心を突かれたような心地に、肝が冷える。ドッドッ、と心臓が大きく脈を打つ。冷や汗が背中を流れた。俺は必死に口角を上げて、彼女の言葉に応えた。


「そ、そんなこと思っているわけないだろ」

「では、謝って誠意を見せるだけで十分ですね。私も別れますよ。二股男と一緒にいても幸せになれませんから」

「いや、それは……!別れるなんて言わないでくれよ!」

「あれあれ~?二股かけておいて別れるなって都合良すぎではありません?」

「本当ね。謝るくらいなら最初から二股なんてかけないでほしいわ」


 孝美まで追撃を加えてきた。俺は言葉を詰まらせる。彼女達には何を言っても響かない、ということを嫌でも理解してしまった。詰み、というやつだろうか。押し黙った俺に、美月はパッと笑って財布からお金を抜き、机に置いた。


「はい、オシマイですね。これは私の分の代金です。おつりは結構です。高い勉強代だと思うことにしますから」

「私もそうするわ」


 二人は喫茶店を出て行ってしまった。ああ、二人とも美人だったのに。惜しいことをした。去ってゆく二人の背中を見つめながら俺は思った。






 俺と別れたばかりなのに、最近の美月は機嫌が良い。仕事の効率も上がり、気が付けば彼女は俺を追い抜き昇進していた。昼休み、美月が同僚と弁当を食べているところを見かけた。俺は気まずくなり、コーヒーを作るふりをしながら様子を伺う。


「美月、最近調子いいね!何かあったの?」

「趣味の合うお友達が出来たんだ~。美人さんなんだけど可愛さもあって、話してるだけで楽しくなるんだよね~」


 彼女はふふふ、と笑う。俺と付き合っていた頃よりも彼女の笑顔は美しく咲き誇っているように見えた。


「見て!双子コーデしてみたんだけど、私がかすんじゃうくらい可愛いの!」

「すご!可愛いね!」


 美月のスマートフォンからちらりと見えたのは孝美の姿だった。


Fin.

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