三節

 十月十七日。

 時計台の中で、秋乃たちは屯していた。春臣のすべては運命だったのでは、という指摘に、四人はずっと唸っている。もしそうなら、自由意志の有無に限らず、身体が勝手に動いていることになる。即ち自分たちは、操り人形なのだ。未来干渉という否定出来ない事実のために、この悲惨とも言える現実には耐え切れなかった。

 ただひとり了だけは普段通りで、運命論には何ら精神的な傷は負っていないように見える。秋乃は、彼には理解出来なかったのだろう、と解釈した。頭を抱える四人の中学生に、小学生は、

「どうしてそんなに打ちのめされてるのさ」と気楽そうに聞く。

「兄貴にはわからないだろうさ」

「いいや、わかるぞ。すべてが運命なんだろ?」

「ああ、そうだよ、そういうこと」春臣は不適当にあしらう。

「つまり、過去にタイムトラベルしたら、未来干渉の影響を受けて、タイムトラベルすることさえも前々からずっと決まっていたみたいになるんだろ? だったらさ、おれが落ちたみたいに、前提をさ、未来と一緒に変えてしまえば良いじゃないか」

 冬人が頭を上げた。瞳を煌めかせ、

「そうだね」と、何度も頷いてみせた。驚く面々を尻目に、「過去に行ったときだけ、運命に囚われた気分になる。けど、未来に向かった場合はどうだろう。そもそも運命に操られているようには感じなくなる──」

「おいおい……それは単なる現実逃避じゃねえか」春臣が突っ込みを入れる。

「感じなくなるってだけで、運命的な操り人形である否定は出来てないよね」夏莉は冬人に気難しい顔を見せた。

「いやそうじゃなくて。過去に向かった時にだけ、未来干渉という仕組みが効果を発揮するんじゃないかな。だから、過去にさえ行かなければ、僕たちは元来自由なのかも」

「ああそうか。問題なのは未来干渉だけなのか。晴村さんの話では、最下層には未確定未来があるんだもんね」

 秋乃が手を打ち、納得した。冬人もそうと肯定して、

「未確定未来の存在自体が、僕らの自由を保障していると言っても良いかもね」

「ほら見ろ春臣、お前は悪い方に考え過ぎだ」

 了がくどくどと説教して、春臣はあたふたとしながら話を聞いていた。曰く、

「お前はあの時もそうだった。ゲーム機を日向に置いておいたら焼けるんじゃないかと思って、麦茶をかけやがって。幾つだお前は、十歳だろ?」

「十四歳です……」

「口答えするなあ! 当時の話だ、当時の! ……最近の十歳はもっと賢いわ、たわけ! お陰で壊れるし母さんには怒られるし、湖から落とされたんだぞ!」

「ご、ごめんて……」

 秋乃たちは笑いを噛み殺しながら楽しんだ。春臣は兄には弱いのだな、と密かに頭にメモする。覚えていても仕方のないことではあるが。

「ま、まあ、これで俺たちの自由は再確認出来たわけで、今度は終末をどう回避するかを考えよう。な?」

 春臣が無理やりに話題を変える。異存はなかったので、五人は未来改変について画策した。提案されたものとして、例えば、

「もう一度湖から未確定未来に落ちるのは?」夏莉が意見して、

「それは危険だと晴村さんが言ってた」として、却下された。「並行世界に落ちるかもしれないから、身体が分裂しちゃうかも、だってさ」と、秋乃がわけを説明する。

「じゃあ、三周目の世界に行ってしまうのはどうだろう」春臣が手を挙げて言った。

「全員をそこに避難させるの?」了が非難するような口調で弟に言う。「それって皆にどう説明するのさ」

「ほら、色々あるじゃないか」

「その色々を考えるんだって。『色々あって良かったです』とはならんだろ」

「それに──」冬人が申し訳なさそうに手を挙げ、「そもそも僕たちに時層って作れるのかな」

「それはどうだろ」夏莉が頬に手を当てながら、考え込む。

「実際に確かめてみるしかないんじゃない?」秋乃は発言してから、「晴村さんたちが出来るのなら、僕らにも出来るでしょう」

「でも三周目は作らないよ」了は春臣に笑いかける。

「うるせえなあ」

 春臣は歯軋りさせて、抗議した。

 まず、タイムトラベル出来るのか、と言う点が問題だった。誰も経験していないことで、五人は机上の空論にも近い話し合いを長々としていたのだ。秋乃と冬人でさえ、十月二十日には湖での落下しか試したことがない。トンネルへ行き、非常口へと向かった。目的地はひとつ上の時層である。

 つまり、四年前だった。

 非常階段で確認された時層はすべてで五つ。一周目の時層。了が行方不明になった、四年前の十月十四日。現在の時層。終末の前日。最後に、終末の日である十月二十日だ。これより先に未確定未来が広がっているはずだから、非常階段も地下に続いていると思われたが、終末よりも下の時層は存在していなかった。まだ誰も作っていないということだろう、と秋乃は解釈する。

 夏莉が好奇心から、一周目の世界に行かないかと提案した。だが先ほどの、未来干渉による運命論的な支配という脅威がある。了だけは彼女に同意したものの、殆どの者がこれを却下した。「冒険心がないのね」と、夏莉は頬を膨らませる。

 今回行うのは、四年前にタイムトラベルをすること、湖からの落下を体験させること、これらを利用して新たに時層が作れないか、実験してみること──の三つだ。

 運命に操られるということから、過去への旅は恐怖でしかなかったが、秋乃は我慢した。階段を上り、非常口を抜ければ、そこは真っ暗なトンネル。

「昔に戻ったのか、実感が湧かないなぁ」春臣が愚痴を漏らした。

「まあ、確認してみよう」夏莉は初めてのタイムトラベルに心を躍らせているのか、声が弾んでいた。その上、前向きである。

 あまり目立たないように──かといってこそこそと隠れるような悪目立ちする振る舞いも抑えながら──町を散策した。通行人が携帯端末をポケットから取り出すのを見て、ここが四年前であることが判明すると同時に、不思議な気分になる。

 秋乃だけではなく、了を除いた全員がそうだったらしい。四年前とは言え、技術革新によってその暮らし方は大きく変わった。ピアスや他のガジェットのない生活に、心揺さぶられるのだった。

 感動もそこそこに、今度は湖へと向かう。

「ここから落ちれば下の時層だよ」

 何でもないように冬人が言うが、春臣はまったく信じない上に慄いていた。取り敢えず落ちてみせろ、と春臣が言うので、冬人は仕方なく落下してみせた。すぐに彼は沈んで、姿を消す。これには春臣以外もびっくりしたらしい。

「さ、次は誰が行く?」

「秋乃が行けよ」と、春臣。

「僕が行ったら誰もサポート出来ないだろ」少し口が悪くなった。

「じゃあ、私が」

 夏莉が二番手を宣言し、躊躇うことなくずかずかと足を運んでいく。突然、彼女は足の踏み場をなくし、短い悲鳴の後に消えていった。春臣は指を差して、

「今のは、間違いなく事故じゃないか……?」

 秋乃はにっこりとして、春臣を安心させた。

「その不気味な笑顔をやめてくれ」

 三番手には了が自ら手を挙げた。彼は少し距離を取り、助走してから飛び込み、そのまま頭から水底へと潜っていく。残りは春臣と秋乃だけ。

「正気か?」春臣はオーバーリアクション気味に聞いた。額には薄らと汗が滲んでいる。

「大丈夫だって。癖になるぞ、多分。ウォータースライダーみたいなもんだって──やったことないけど」

「どうしてそう、不安を煽る!」

「さあ、行け! 仕返しだ!」

 秋乃は春臣を突き飛ばした。彼を恨んでいたわけではない。ただ冷酷な突き飛ばしマシーンへと変貌しただけである。春臣は鳩が豆鉄砲を食らったような目をして、「あっ」と一言言ったきり、もう水上に姿を現すことはなかった。

 秋乃はひとり、苦笑いする。彼の最期の姿が目に焼き付いて離れない。きっと、春臣のことは忘れないだろう。彼は徐ろに走り出し、飛び込んだ。水飛沫が音を鳴らし、泡が舞う。半透明な視界が朧気になり、次第に地面へと吸い込まれていく。秋乃は感覚を思い出した。爪先に重りを付けられたみたいに引っ張られ、身体は浮遊感と共に落下。

 空中へ放り出される。擬似的な無重力を錯覚しながら、遠ざかっていく青空に目を背けた。真下には学校の屋上。敷かれたクッション。瞬きするうちに、秋乃はクッションへと飛び込み、弾かれていた。地面に腰を打ち付ける。激痛が走り、悲鳴をあげた──が、徐々に痛みは引いていった。

「楽しかった」夏莉が秋乃の手を取った。「癖になりそう」

「お前おかしいよ……」春臣は死にかけた顔つきで言う。

 冬人は薄く笑い、ふたりの反応を楽しんでいた。秋乃が立ち上がると、了を見やった。

「どうだった?」

「一度経験すれば十分かな」と、クールな返事。

「あそう……」秋乃は苦笑する。

「さて、問題なのはどうやって時層を作るかだね」

 夏莉が仕切って、問題を提起する。今この時、最後の実験へと取り掛かろうとしていた。落下した興奮を落ち着かせるため、側で寝転がりながら目を瞑っていた春臣は、

「取り敢えず、トンネルへ行ってから考えれば良くないか。ここに長居するのも、先生に見つかったら面倒だぜ」

 怠惰の権化らしき姿勢で、彼は四人を説得した。それもそうだと思い、一同は納得し、すぐさま屋上を出る。鍵は開いているのに、何故、解放厳禁なのか。七不思議のひとつだ、と春臣は言う。そんなものありはしない、と夏莉が訂正した。

 秋乃たちは非常階段まで赴くと、時層ごとに記された年月日に注目した。すると、冬人は「あっ」と声をあげて、指を差し向ける。五つの時層は、それぞれ時間が経過していた。つまり、任意の時間にタイムトラベル出来るわけではない。

「トラベル先も現実時間に合わせて動くのか」春臣は他人事のように理解すると、「なら、例えばある時層で一日過ごしてから、また非常階段に戻る。そうしたら、元から来た時層と一日後の時層とで増えてる、なんてことにはならないわけか」

「じゃあ、別の方法を考えないと」夏莉が自分に言い聞かせるように呟いた。

「何があるだろう」秋乃は思考の渦に飛び込んだ。「例えば、非常階段から更に上か、下に行けば、新しい時層が出来てたりする?」

 試しに、冬人が階段を上がっていった。頭上には四年前、一周目の世界と、過去が大きく広がっている。更に先に階段が続いていれば良いのだが、駆け足で戻ってくるなり、彼は、

「なかった」と肩で息をしながら落胆を示した。

「そうか……残念だな」秋乃は口を曲げる。

 階下に下りていた了も、秋乃たちの元へ合流すると、やはり終末より下に階段はなく、途切れていたとのことだった。他にも何かないかと秋乃は考えてみたが、思い浮かばない。

「万事休すかな」

「どう言う意味? それ」春臣は聞いた。「まさか専門用語じゃないよな」

「全部急須なんだよ、そんなことも知らないのか」了がさらりと嘘をつく。

「何だその状況。使い勝手悪過ぎるじゃねえか」

「だから専門用語なんだろ」

 また始まったと言わんばかりに、夏莉は秋乃を見据える。秋乃は困ったように笑い、頭を振った。冬人は呆気にとられて、

「ワオ……」と言った。

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