番外編2


「どういうことだよ、これ」


「……ぇ?僕のメモ……なん、で……?」


程なくして起床した明里。顔を洗ってうがいをした後にいつも通りキスを求めてきたが、今日は頑なに断る。ひとえに、彼女を懲らしめる為である。


そうしたら殺されるのかと思うぐらい怖い目をして『嫌いになったのか』とか『浮気は許さないよ?』とか意味の分からない事を言って暴走し始めたので、例のメモを見せた。


そうしたら案の定動揺し始めたって訳だ。


「なぁ、明里。俺はあの時お前を襲ったんだよな?」


「いや、その……」


「俺は襲われた訳じゃないんだよな?」


「………」


「俺を騙していたのか?」


「い、いや!騙したとか、そういう訳じゃなくて……」


「じゃあなんなんだよ。俺があの日に明里を襲った事をずっと負い目に感じていた事は知ってるだろ?その上で嘘を貫き通した納得する理由を教えてくれよ」


「そ、それは…………」


だんまりを決め込む明里。きっと今彼女の頭の中で、俺への上手い言い訳を考えているのだろうが、ここで素直に謝るという選択をしない時点でもうお察しである。


プライドが高い明里は、俺に謝罪という謝罪をした事が無い。高校時代のでさえ俺に謝らなかった事からも、彼女のプライドの高さそれが窺える。


だから、今回は明里に『謝罪をさせること』にフォーカスしようと決めた。


「もう、いいよ」


その終点に帰着させる為に練ってきたシナリオを、俺はなぞるだけ。



シナリオと言っても、離婚をチラつかせるだけである。それだけでも、十分効果があるはずだ。


「……ぇ?」


俺は予めポケットの中に入れておいた離婚届を机の上に広げる。インターネットで拾ったものをコピーしただけなので効力があるかは分からないが、別に本当に離婚する訳ではないので、そこは気になる所ではない。


「これ、書いておいてくれ」


「……な、なんで、そんな……いきなりすぎるよ……ねぇ……」


「俺はお前にんだぞ?……そこにいきなりとか関係ねぇよ」


「………」


俺の言葉はかなり強いパンチラインになっていたらしく、明里は何も言い返せずにまた黙り込んでしまった。


「わかったら、書けよ」


「……い、嫌だ」


「この後に及んでまだそんな事を言うのか」


俺が呆れるように言い返すと、明里はわらわらと震え出して、カッと顔を上げた。


「絶対に嫌だ!僕が離婚届にサインしなきゃ僕達はずっと夫婦なんだからな!絶対に書いてやんない!」


駄々をこねるように俺に宣言する明里。そこには普段のクールな彼女は少したりとも存在しなかった。


俺としては、ここらで謝罪をしてくると思っていたので、正直がっかりだ。


「まあそれでもいいよ。裁判起こすだけだから。……じゃあ、法廷で会おう」


勿論裁判なんて起こすつもりは無いが、彼女にとって『法』をチラつかせたのは、酷く心にきたようで、明里は呆然と立ち尽くしてしまった。


その後、徐に動き出した明里は、キッチンに向かった。


どうしたんだと思いキッチンを覗き込む。

しばらくして帰ってきた明里の手にはが握られていた。


場の空気が一気に緊迫したのが分かった。


「………俺を刺す気か?」


「……僕と別れるっていうなら、


彼女の目は、ハイライトを失っていた。


確実に、やりすぎた。


「俺を殺したら、もう俺に会う事は出来なくなるぞ」


説得を試みる。どうにかして、彼女を正気に戻さなければ。


「?……刺すのは、の方だよ?」


明里は包丁の先端を自らの首元に近づけた。


「君が僕と離れるって言うのなら、僕はこの世から離れるよ?だって、君と一緒じゃない世界だなんて、生きてる意味ないもん」


「……」


戦慄。彼女の凶行を止めようと腕を前に向けるも、虚空を切るのみで、声すら出ることは無かった。


「冗談じゃないよ?ほら──」


明里は首に包丁の先端をほんの少し食い込ませる。


そこから生々しい血が滴り落ちた。


「──わかった!降参だ。……離婚はしない。だから、包丁を置いてくれ」


声が出ずにパクパクしていた俺の口が、やっと働いてくれた。


もう、謝らせるとか言ってる場合じゃない。


最悪の事態は避けなければならない。


「なぁんだ、やっぱり君も離婚したくないんじゃん。もう冗談はやめてよね?」


「……あぁ、ごめん」


「じゃあ、朝ごはん作るから、待っててね?」


明里は何事も無かったかのように野菜を切り始めた。


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夜。俺が風呂上がりに涼んでいると、明里が沈んだ顔で俺に近づいてきた。


「……あの、今日の朝の事なんだけど」


「……首は大丈夫なのか?」


血が滲む大きな絆創膏を見る。傷自体は浅かったみたいだが、一歩間違えれば大惨事になりかねなかった。


「うん、大丈夫……」


「そっか」


「………」


「………」


「……僕さ」


沈黙を破って明里が話し始める。


「君に『離婚する』って言われた瞬間、頭が真っ白になって、どうにかしなきゃって思って、色々暴走しちゃって……いつの間にか包丁を持ってた」


「うん」


「でも、冷静になって、あの時君は『離婚しない』って言ってくれたけど、それは……やっぱり……僕が脅したからで──」


彼女の言葉が途切れ途切れになる。床にポツポツと水滴が落ちる音がした。


「君はもう僕を愛していないんだって……それに気づいて……僕、今日ずっと苦しくて……何度も死にたくなって……君が今日一日中気を遣ってくれてることも……余計苦しくて……」


「……」


震える声で、目を真っ赤にしながらも彼女は言葉を紡ぐ。


俺が何か言葉を挟むことは出来なかった。


「…………僕が、悪かったから……捨てないで……ください……」





明里と繋がりを持って16年。彼女がまともに俺に謝罪したのはこれが初めてだ。


明里はとっくに成人している。誰もが遅すぎると言うだろう。


それでも、明里は確かに成長してくれた。


彼女の性格に難がある事は分かってる。


でも、こうやって俺と一緒に成長していけばいいじゃないか。


俺は明里を優しく抱きしめる。


「大丈夫、捨てない。だって俺も、明里が大好きだから」


ちょっとした意地悪だったなんて説明したら、彼女は怒るだろうか。


この後は大変なことになりそうだ。




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あとがき


ボコボコにしたかったのに、ポコポコぐらいになってしまいました。つくづく自分は才能無いなって思い知らされます……。これから受験が控えているので、最高傑作を書いて書き納めとしたかったのですが……中々難しいですね。


ともかく、番外編まで見てくれた皆様、ありがとうございました。


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掴み所が無い上に、俺を小馬鹿にしてくる僕っ娘年上幼馴染を諦めた結果 @qpwoei

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