第8話 状況終了


 明るい星空の下で暗視モードの強度が弱めに自動調整され辺りの様子がすぐにはっきり分かるようになった。


 今自分がいるのは砂浜から見えた火山が右手に見える崖の下で、正面から左手にかけて広場が広がっていた。その先はジャングルのようだ。


 広場には、丸太小屋のようなものが10数個、その中にひと際大きな建物が1つ。鉱石を積んだような小山が1つ。小山にはつる草で編んだような網をかぶせてある。広場のジャングル側は丸太の先をとがらせたものを連ねた防壁のようなもので囲われて、防壁は内側から斜めにした丸太で各所が補強されていた。防壁の手前には丸太と綱でくみ上げられたやぐらが30メートルおきくらいに3基建っていた。その櫓の上には原住民が二人ずつジャングルの方向を向いて監視しているようだ。


 防壁があるということは外敵が存在するということだ。防壁の高さは5メートル、櫓の高さは7メートルほど。外敵は同種族の場合も考えられるし、異種族の場合も考えられる。


 原住民の広場を観察していたら、急に足元が揺れた。その後も不規則な揺れが断続している。揺れは強いものではないが、気味のいいものではない。星空の下、煙を上げる火山の方を見たが少し前より噴煙の量が多くなったような気もする。火口近くの噴煙が火口の中のマグマか何かに照らされて橙色に見える。良くない兆候かもしれない。


 そうこうしていたら、丸太を組んだ防壁の先、ジャングルの方から、大きな咆哮が響いた。方向の力強さから言って、どう見ても巨大生物の咆哮だ。地球にほんから輸入したビデオ映画で見た怪獣かもしれない。しかし、脱出訓練だったはずがサバイバル訓練に、そしてとうとう怪獣映画になってしまった。これはこれで楽しそうだ。まさかこの部分は、地球にほんにいるわたしの名づけの親でもある叔母おばの会社の製作したVRゲームってことはないよな。


 櫓の上では原住民が上から吊り下げられた板のようなものを棒で叩いて警報を鳴らし始めた。


 コンコンコンコン、コンコンコンコン。



 その木を鳴らす警報の中、野太い咆哮がこちらに近づいて来る。


 そして、ドーン、ドーンと巨大生物?が防壁に体当たりする音がし始めた。櫓の上の原住民は警報を発するのはやめて、矢のようなものを撃ちだし始めた。いまのところ防壁に何かがぶつかる音が弱まる気配はない。あまり効果はないようだ。


 小屋の中からも大勢の原住民が手に手に槍のようなものを持って櫓の方に走っていった。原住民たちは器用に梯子を上りそこから手にした槍を防壁の外に向かって投げつけ始めた。


 それでも防壁にぶつかる音は同じように続いている。


 その時、大きく地面が揺れた。続いて右手に見えていた火山が腹に響くようなボーン! という音を立てて噴火した。


 大量の噴煙が上がる中、噴石も飛散している。空高く上がった噴石が煙を引いてそこかしこに落下し始めた。


 いま一つの噴石が煙を引いて防壁の真ん中あたりに落下した。そこはちょうど謎の巨大生物が防壁に体当たりしている個所だった。


 壊れた防壁の隙間から謎の巨大生物が首を出して力いっぱい体を揺さぶったことで、防壁の柱が何本も倒れ、巨大生物の体が通れるほどの隙間が空いてしまった。


 のそりと体を表したのは、昔図鑑で見た地球の剣竜によく似た生物だった。大きさは体高で4メートルほど、しっぽの先は見えないが、今見えているだけで体長は10メートルを超えている。


 剣竜の特徴である三角板が背中に連なっていない代わりに体表は硬質のウロコのようなもので覆われている。また口は大きく顎が異常に発達しており、草食動物にはとても思えない。


 防壁を破って広場に侵入した怪獣に対して、近くにいた原住民たちは半ばパニックを起こして逃げまどい始めた。無理もないが、もう少し怪獣に対して果敢に挑むものかと思っていただけに拍子抜けしてしまった。


 わたし自身遠くから傍観しているだけなので、酷な言い方だったか。


 怪獣の周りから原住民がいなくなり、怪獣は原住民には目をくれずのっそりのっそりと鉱石の積まれた小山に近づいていく。


 どうもこの怪獣は鉱石が目当てだったようだ。どういった代謝が体内で行われるのかは分からないが、金属硫化物も酸化するものなので、消化されるのだろう。この怪獣は今のところ原住民に対して直接的な危害を加えてはいないが、彼らがせっかく集めた鉱石を奪うわけだから害獣と考えて良さそうだ。


 観察はこれくらいにして、わたしは、怪獣を駆除すべく小銃を構えた。


 そこで、私の姿に原住民が気付き騒ぎ始めたが、とくにわたしに対して攻撃するということは無かった。


 わたしは射撃を確実にするため、怪獣に近づいていく。距離にして40メートル。そこから落ち着いて怪獣の頭部を狙う。


 引き金を引くと、軽い反動と、シッ! という音が聞こえた。


 怪獣の側頭部に命中した小銃の3ミリ弾はまず小さな孔をあけ、弾の進行に合わせて後方にコーン状に広がる衝撃波が貫通部を大きく抉りながら押し広げた。弾が貫通して抜け出た部分も大きくえぐり取られ弾け飛び、そこから大量の内容物が噴出した。それでも怪獣は息絶えず鉱石を食べようとしている。


 3発ほど頭部に弾を命中させた後、怪獣の神経節が背骨にあるのではと思い、背骨の通るあたりに狙いをつけて首から尻尾に向けて順に小銃を発射した。6発目が命中したところで怪獣が横向きに倒れた。





 怪獣の異変と、わたしの今までの動作が原住民に関連付けられて認識されたようだ。原住民たちは手にした槍を放り投げて私の方に近づいてきて一斉にその場で四つん這いになった。そして、中の一体がなにやら私に向かって言葉を発している。もちろん意味は分からない。ただ、なにか畏れと敬意のようなものを感じた。


 うん? 崇められてる?


 どうも、原住民たちに崇められているようだ。


 わたしは怪獣を確認しようと膝射の姿勢から立ち上がろうとしたところで、原住民たちが立ち上がりわたしを取り囲んで、広場に建っていた石造りの建物に連れていかれた。


 建物の中は明かりが灯されていて、奥が一段高くなっており、その真ん中に大きな椅子のようなものが置いてあった。


 わたしを取り囲んだ原住民たちはその椅子までわたしを押していった。わたしがその椅子に座ると安心したように一段低い床の上に並んでまた四つん這いになった。


 なんだか、原住民たちの守り神的な何かにされてしまったようだ。これって脱出訓練だったはずだが、どこをどうすれば原住民の神さまになるんだ。そんなことを思いながら原住民たちを眺めていたら、急に意識が薄らいだ。


 再度気付けばシミュレーターの椅子に座っていた。何とか死亡エンド以外で状況終了させることができたようだ。だが、神さまエンドは長いアギラカナの歴史でも初めてだったのではないだろうか?




 シミュレーション終了後教官から聞いたが、敵はわたしの乗っていた脱出ポッドを破壊せずそのまま鹵獲して、基地で内部調査しようとしたらしく、脱出ポッドは全燃料をその場でエネルギーに変え、敵基地は壊滅したらしい。簡単なトラップのつもりで仕掛けた自爆機構だったが思いのほか効果があったようだ。あの自爆機構があの岸辺で作動していたら、原住民の集落もわたしも跡形もなく吹き飛んでしまったはずだ。


 このシミュレーション訓練から半年後、巡洋艦乗り組みを希望していた私は航宙軍ではなくその上の宇宙・・軍内に新しく設立された戦術・戦略研究所へ配属されることになってしまった。若干残念な気持ちがある。


 ただそこに配属されよかったことは、そのまま地球にほんにあるアギラカナ大使館付となったことだ。私が生れる少し前まで父と母はその大使館にいたらしいが、今父と母とはアギラカナの外周部第1層にある私邸うちにいるので、気まずい思いもしなくて済むのがなおいい。工場で生まれた純粋なバイオノイドたちには、そういった複雑な感情はないそうだ。地球にほん人の父と純粋バイオノイドの母のもとに生まれ複雑な感情を持てる自分はきっと幸せなのだろう。



(完)


[あとがき]

訓練生時代も終えたので、そのうち、山田明日香の大使館勤めでも書くかもしれません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙船をもらった男、もらったのは☆だった!?3、航宙軍訓練生 山口遊子 @wahaha7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ