第7話 原住民


 前方に見えた穴に入って、洞窟をさらに進んでいくと、左よりに洞窟が枝別れしてその先にかすかに光が見えたような気がした。一度ライトを消して確かめてみると確かに明かりだ。


 枝道えだみちの先で洞窟途切れたにせよ夜が明けるにはまだ早いし、明かりの色もオレンジ色でどうも化学的燃焼による『火』で作られた明かりのようだ。


 ということは、火を扱う原住生物がこの先にいるということなのだろう。火を扱っているということならもはや原住生物ではなく原住民ということになるのか。


 自分は宇宙艦からの脱出訓練をしていたはずなのに、どうしてこんな状況になっているのか普通に疑問に思ったが、不測の事態に対応するという意味では十分意味のある訓練だと自分に言い聞かせた。


 ヘルメットのビームライトは消したまま足元に気を付けて、小銃を構え姿勢を低くして慎重に洞窟を進む。今のところ原住民が敵対的かどうか判断できないので、小銃の安全装置は一応ロックしている。


 光に向かって進んだ枝道は段々と狭まり、最後は腹ばいになってどうにか通り抜けることができた。


 潜り抜けた先には、ところどころかがり火のようなものがかれており、全体を見渡せた。そこは広大な地下空間で、どこかで見た地球の露天掘りの採掘場のような形で段状に斜面が切り取られている。


 その段の上には黒い何かがところどころで動いている。


 その動いているが原住民なのだろう。ヘルメットを直接視認モードから、間接暗視モードに変え、望遠倍率も上げたところ、原住民の体長は1メートル20ほど。四肢を持つ2足歩行。その原住民が何かの道具を使っていることが分かった。衣服のようなものは身に着けておらず、体色は真っ黒だ。


 原住民たちはおそらく鉱石を採掘している。火もあれば道具も使ってこういった採掘場を切り開いているわけで、ある程度の文明を築いていると考えた方がいいだろう。原住民の形状は人に似ているが、頭部は人の半分程度の大きさで、左右二つの目がやや離れた位置に付いている。首は極端に短いか全く無いように見える。スキャナーで周囲を確認したところ、熱源は30個ほど。スキャナーで明るく見えるかがり火の数が10個ほどあるのでこの地下空間にいる原住民の総数は20体ほどのようだ。


 さて、自分はこれから何をすればいいのか? 目の前の原住民とコンタクトをとるのが正解か? 有無を言わさず原住民を制圧するのが正解か? さすがに有無を言わさず制圧はないな。実際今手にしている小銃で斃せるかも不明だし、小銃弾にも限りがある。


 となると平和的コンタクト。アーセンと似た環境で進化した生物だが意思疎通可能かというとかなり難しいだろう。航宙艦レベルの情報処理能力があれば可能だろうが、戦闘服の情報処理能力ではまず無理だ。悩ましい。


 もう少し近くから原住民を観察したいが、航宙士用の戦闘服にステルスモードが装備されていないことが残念だ。というより、どう見てもこのシミュレーション訓練、脱出より、サバイバルに重点が置かれている。まさかと思うが陸戦隊訓練生用のシミューレーションということはないだろうか?



 今見えている地下空間には出入り口になるような穴が何個所も開いていた。


 原住民たちが光の中で作業しているということは、人の可視光線環境で進化したはずなので、この洞窟の外に居住環境があると考えていいだろう。移動する原住民をこっそりつけていくことができれば、洞窟の外に出られそうだ。敵軍も原住民に対して干渉はしないだろうから、原住民の近くで潜んでいれば敵軍も手を出さないかもしれない。やってみる価値はあるだろう。


 原住民を観察していると、彼らは掘った鉱石を地球にほんの歴史か何かで見たことのあるトロッコのようなものに積んでいるらしく、一体の原住民がそのトロッコを押して動き始めた。低い位置から段の上を見ていた関係で最初は気づかなかったが、原住民が押すだけで曲がっていくトロッコの動きから、どうもレールのようなものが段の上に敷いてあるようだ。


 鉱石が金属採取用ならば、レールの先には原始的であろうと選鉱場か精錬所に類する何かがあるはずだ。


 洞窟の中で工場の類を作る必然性などないので、レールを伝って行けば外への出口がある可能性が高い。


 以前、航宙軍訓練生の自分が地球にほんの歴史など学ぶ必要があるのかと疑問に思っていたが、選鉱場とか精錬所など、アギラカナでは決して必要のない知識だがたまたま自分はその知識を地球にほんの歴史を学んだことで蓄えていた。なるほど、知識というものはどこでどう役に立つか分からないものだと感心した。



 まずは身を伏せながらかがり火の光の届かない陰を選んで採掘場の中に進んでみた。


 20メートルほど進んだところで、平たく削られた岩盤上の路面の上に50センチ間隔で平行に二本の溝が掘られていた。それがどうもレールの代わりらしく、前方の暗がりの中に続いていた。


 これまでと同じように、周囲を確認しつつ、暗がりの中をレールに沿って進み、何とか前方に空いたトンネルの中に滑り込むことができた。


 そのトンネルは元は洞窟だったのかもしれないが、壁も路面もきれいに削られている。トンネル内はきれいなもので、がらくたなどが落ちているわけでもなかった。原住民はきれい好きな性格なのだろうが、逆に原住民についての情報はそれ以外得られないということだ。


 トンネルの中には明かりになるようなものは全くなかったため真っ暗なのだが、路面に掘られたレールを頼りに進めば間違いなく先に進むことができるようなので明かりがなくてもいいのだろう。


 わたし自身は、ヘルメットの間接暗視モードを使っているので、首をめぐらす代わりにヘルメットの方向を変えるため体の向きを変える必要があるが、支障なく周囲を見ることができる。体の向きを変えなくても首を動かすだけでそちらを見ることができるよう改善してもらいたいが、航宙軍兵士の戦闘服ではおそらく不要な機能だろうし、陸戦隊員用のヘルメットではすでに対応しているのだろう。


 こういったVRシミュレーション上の思考は記憶されているはずなので、特別なアクションを起こすまでもなくそのうち私の要望も採用される可能性は十分ある。


 真っ暗な通路を進んでいったところ通路は上り坂になってきた。トロッコが上り下りしなくてなならないので急な坂道になるはずはないが、それでもやや急な感じのする上り道だ。そこから考えられることは、原住民の足腰は相当しっかりしているということだろう。


 さらに進んでいくと、通路の先が明るくなってきた。通路から出た先は大きく開けた広場で、洞窟に入るまであった雲はすっかりどこかに行ってしまった夜空に満天の星が輝いていた。暗視モードの強度は自動調整されるので、やや明るすぎる視界も少しずつ落ち着いてきた。


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