第6話 洞窟


 を食べたら元気が出た。美味しかったため結局8分の一切れを2つ食べたら腹いっぱいになってしまった。満腹状態はマズいので、MPD(メディカルパッケージデバイス)で消化薬を作ってそれを飲んでおいた。


 垂れた果汁で戦闘服がかなり汚れてしまったので、タオルできれいに拭いておいた。余ったは冷蔵庫があるわけでもないので畳んだタオルの上に置いておくしかなかった。


 時計を見ると時刻は18:30。外を映したモニターを見るとまだ雨は降っている。寝ることのできる時に睡眠をとっておくのは大切なので、シートを倒して目をつむり眠ることにした。



 しばらく目を瞑ってうつらうつらしていたら、脱出ポッド内に警報が鳴り響いた。目を開き、深呼吸して脳に酸素を送り眠気を覚ます。


『アクティブセンサーのものと思われる電磁波を感知しました。当機はステルスモードに移行しています』


 ステルスモードに移行前にサーチされたのだから、こちらは発見されたものと考えていいだろう。このポッド自体は発見されていなかったとしても、ジャングルを切り開いた跡は必ず見つかっている。しかしポッドの突入直後ならまだしも今頃になってアクティブセンサーで惑星上をサーチする意味が今ひとつわからない。


 敵がここに来る前に移動しておく必要があるが、遠くまで移動できない以上いずれ発見される。いずれ発見され斃されるにせよ、待ち構えてできる限り敵を斃すという選択をせざるを得ない。


 操作盤を操作して、ハッチを無理に開こうとしたらポッドが自爆するようセットしておいた。どうせ自爆するなら盛大な方がいいので、その時は後先考えず、全燃料を一度に融合エネルギーに代えてしまうようセットしてやった。


 次に、必要なものを素早くバックパックに詰めて、ヘルメットをかぶり小銃を持ってハッチから雨の降り続く砂浜の上に出た。


 ゆっくりポッドから距離をとって、ジャングルと砂浜の境界に生えた草むらの中で膝射しっしゃ姿勢かまえをとり、可視光線も含めてステルス状態に移行しているためほとんど周辺に溶け込んで視認しづらくなったポッド方向に小銃を構えておいた。半日はこの体勢を続けられる。


 じっとそのまま1時間ほど射撃態勢でいたら、雨もやみ、雲も晴れて星空が見え始めた。


 空を見上げると、星空の中に黒い何かが海の方から近づいて来た。音は聞こえないが小型の無人観測機ドローンだろう。肉眼で見えるほど低く下りてきているということは、やはりポッドが見つかったと考えていい。ドローンがステルスモードでない理由は不明だが、シミュレーション上の何らかのサービスだったか。


 ポッドに注意を向けていたらやはり無人観測機ドローンがステルス状態のポッドの周りを飛び回っている。ここからドローンを狙撃してもいいが、この小銃では一撃で破壊する自信はないので止めておく。


 しばらくポッドを観察していたドローンはそのうち上空に舞い上がって海の方向、西の空に向かって飛んで行った。


 さて、私はこれからどういった行動をとるべきか?


 先ほどはかなわぬまでも一矢報いようかと考えたが、冷静に考えればそんなことをしても何もならない。


 どうせポッドが見つかった以上、ポッドから救難信号を発してみるのも手ではあるが、それでわたし自身の主観的未来、この訓練を死亡エンドで終了するという未来が変わるわけでもないだろう。


 岸辺に転がっているのがわが軍の航宙艦からの脱出ポッドであることは敵に知れたわけだから、普通に考えれば生存者を生きて捕虜にするため生身の陸戦隊員の分隊規模から小隊規模の捜索隊が派遣されると考えていいだろう。脱出ポッドは内部調査のために鹵獲ろかくされる可能性もある。


 シミュレーション上だからこそ本格的戦闘訓練を受けた陸戦隊員に、航宙軍訓練生でしかない自分がかなう訳はない。しかも相手は複数の無人支援兵器を随伴しているはずだ。詰んだな。


 そういうことなので、踏ん切りがついた。ここにこうしていても何もならないので、ここから離れ、なるべく遠くへ移動することにした。


 1分1秒でも長く生きればそれだけ訓練シミュレーションの評価が上がるかもしれないという淡い期待のなせる業だ。


 今私が着ている戦闘服は陸戦隊の戦闘服ではないため、ステルスモードが装備されていない。ステルスモードを装備した場合どの程度の負荷が戦闘服のバッテリーにかかるものかはわからないが、この訓練が終わったら航宙軍の戦闘服にもステルスモードを装備するよう今の思考ログだけでなく正式に・・・具申しよう。



 ジャングルと砂地の境目当たりの砂の上を北に向かって歩いていくと砂地が途切れ岩場が現れてきた。岩場には海に向かって大きな岩が突き出ていたので、その先に進むには海に入って回り込む必要がある。太ももあたりまで海水につかったが、なんとか大岩の反対側にまわり込めた。そこはわずかばかりの砂浜になっていて、海の反対側にはぽっかりと洞窟の口が開いていた。



 目の前にある洞窟に入っていった場合、この脱出シミュレーションは一体どのような展開になるのだろうかと考えたが、きっと何かの意図があるのだろうと自分を納得させた。


 戦闘服のヘルメットは直接視認モードと間接暗視モードの二つのモードを選択できるが、今は首を廻らせば周囲が簡単に確認できる直接視認モードとし、ヘルメットに付いた白色ライトだけを点灯し、ビーム形状を扇状に変えて洞窟の中に入っていく。入り口付近の洞窟の断面は三角形で足元の幅は3メートル、天井までの高さも3メートルほど。入り口付近の足元は砂だったが10メートルも進むと砂は無くなり岩肌となった。足元の幅は2メートルほどと狭くなったが、そのままの広さで洞窟は水平に続いていった。


 洞窟を100メートルほど進んだあたりから足元が緩い上り坂になった。通気の状態がどうなっているのかは今のところ分からないが、酸素濃度等には変化がないようだ。そこから100メートルほど上り坂を登るとまた足元は水平になった。それと同時に洞窟自体も広がった。断面が逆U字型となり足元で5メートル、天井までもやはり5メートルほど。


 洞窟の表面がライトに照らされてやけに反射すると思って近くに寄ってみたら、金色に近い黄色い鉱石の結晶がいたるところに露出していた。結晶の先端はそれほど尖っているわけではないし、金属の硫化物だろうからそれほど高い硬度はないと思う。壁に当たって戦闘服が少しくらい擦れても、戦闘服が破れるようなことはないだろう。


 そういった鉱石に囲まれた洞窟をさらに進んでいく。1時間ほど洞窟の中を進んだのだが洞窟に変化はない。戦闘服を操作して、口元に給水チューブの口を出して水分補給しておく。





 1分1秒でも死亡エンドを引き延ばそうと、発見した洞窟の中に入って1時間少々奥に向かった歩いていったが、洞窟はどこまでも続いている。このまま歩いていくとやがて岸辺から見えていた火山地帯までたどり着きそうだ。そう思って気温を確認したが特に気温は上がっていなかった。


 さらに洞窟を進むこと1時間。やや広い場所に出た。正面には洞窟が続いている。振り返ると自分の出てきた洞窟の穴の脇にもう一つ洞窟の穴があった。ここで二本の洞窟が合流して前方の1本の洞窟につながっていると考えればいいのだろう。


 手前の穴に入ると海岸方向に戻ることになるので前方の穴に進むことにした。





 こちらはシミュレーションを見守る訓練教官室の二人。


「ドローンで発見して、探索部隊を送り込むはずが、早々にドローンは発見されるし、アスカ・ヤマダは洞窟の中に逃げ込んでしまった。マズいことに鉱石で洞窟が覆われているため、通常探査では発見するのは難しいぞ。それで、彼女の今いる洞窟はどこまで続いているんだ?」


「シミュレーターがこんな洞窟まで作っているとは驚きです。彼女の今いる洞窟は、……。あと4キロほど続いて、その先には現地人の地下採掘場がありさらにその先に彼らの集落があるようです」


「現地人? なんだそれ。そんなのをシミュレーターが創ったのか?」


「そうなんでしょうね。制作にかかわった者がそういった趣味を持っていて入れ込んだ可能性はあります」


「少々の遊び心は艦長がわれわれバイオノイドに求めている素養の一つだから否定はしないが、面倒なことになってきたな。このシミュレーション、まだまだ続きそうだぞ」


「ですね。アスカ・ヤマダのスコアですが」


「高いだろうな」


「この手のシミュレーションは平均スコアは1000ポイントになるよう調整してありますが、今のところ、1620ポイントです」


「6シグマを越える外れ値か」


「スコア自体も凄い数値ですが、要因分析での分類不能が35パーセントもあります。地球にほんで言うところの『運』?ですよね?」


「アスカ・ヤマダはコアが設計したマリア・ヤマダと艦長の子だ」


「?」


「そういうことだ。口外は無用だぞ」



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