第4話 探検2


 訓練用シミュレーターが構築した仮想現実上の自然はその進化の歴史まで考慮したうえで正確に構築されている。これも余談だが、地球にほんにいる叔母はこのシミュレーターをかなりデチューンしたものを地球にほんで売り出してかなり収益を上げたと言っていた。何でもVRマシーンとか、VRゲーム機とか言うらしい。地球にほんでは職業軍人の数が少ないので、少しでも軍隊、自国を守るということに興味を持ってくれればいいと父が言っていたが、そのときの私には父の言っていることがよくわからなかった。


 目の前の果物に見える植物が交配などにより結実したものであると仮定すると、何か交配を媒介する生物がいる可能性がある。今のところ虫に類した生物は目にしていないし、戦闘服にヘルメットをかぶった状態で毒虫に刺されることはないだろうが注意は必要だ。また、こういった果実が発達した植物が存在しているということは、果実を食料とする動物の存在を示唆している。


 容易に可食植物を発見できたのは喜ばしいことなのだが、今回の脱出訓練の趣旨が分からなくなってきた。宇宙艦からの脱出がメインだったならば、救難信号を出して数日我慢していれば状況終了となったのだろうが、敵基地がこの惑星上に存在している設定のため、救難信号を発することができなかったし、今もできない。今回の訓練は、宇宙艦からの脱出がメインではないと考えて良さそうだ。訓練の目的が惑星上でのサバイバルだった場合、かなりの長時間に及ぶことを覚悟する必要がある。少なくともそのつもりで物事に対応していかなければならない。


 食料が見つかった以上特に用事は無いのだが、好奇心でもう少し先に進んでみようと思い、スキャナーで周囲を警戒しつつジャングルを切り開いていった。


 右手のナイフが良く切れるので調子に乗って進んでいたのだが、振り返ると、50メートルほどジャングルを切り開いて道ができていた。戦闘服の中の空調は体温に合わせて温度、湿度などが調節されるので汗一つかかない。体力トレーニングより楽なことは確かだ。


 仮想現実とは言え、シミュレーション中はこれまでの訓練での代謝データをもとに疲れも感じれば空腹や眠気も感じる。もちろん痛みも感じる。いまのところ全く疲れを感じていないのだが、定期的に休みを入れた方が作業効率は高くなる。


 10分ほどその場に腰を下ろし、ゆっくり深呼吸して全身の筋肉から緊張を取っていく。


 太陽の高さから言ってあと3時間ほどで日は暮れそうだ。戦闘服の左手首のディスプレーで現地時間を確認すると15時少し過ぎている。いったん脱出ポッドに戻っても良かったが、入り江をまだ確認していなかったので、砂浜に戻り入り江を見ることにした。



 波打ち際に立って入り江の中を覗くと水はかなり澄んでいた。アナライザーで分析したところ、口に入れることも可能な食塩水、いわゆる海水だった。水浴びができればいいかと思ったが海水ではやめておこう。いずれシャワーを作る必要がある。簡単なのは、雨が降ってきたとき裸になって体を洗うことか。もう少し砂浜だけでも探検すれば小川が見つかる可能性もある。


 パッと目には水中に生き物の類は目に入らなかったが、スキャナーには生物反応がちらほらある。ゆっくり移動しているので魚がいるのかもしれない。果物に飽きたらなんとかして捕まえてもいいかもしれない。いずれ挑戦してやろう。父の釣り道具があればよかった。



 入り江で水中を注意深く見ていたら、陽が急に陰って来た。空を見上げると、黒雲が出てきている。この惑星の気象などに造詣はないが、雨が降りそうな雲模様だ。大雨ならシャワー代わりになるのでありがたいのだがどうだろう?


 いったんポッドに戻って様子を見た方が良さそうだ。


 ポッドのハッチの位置は足元の砂の上から2メートル。1.5メートルくらい飛び上がりさえすれば簡単によじ登れる。足元は悪いが、その程度は余裕だ。しかし、ハッチが今上向きの位置にあるのは出入りに都合が悪い。砂地の上にポッドは3分の1ほど埋まっているので回転しづらいが何とか転がしてハッチの位置をずらしてやりたい。


 横にまわってポッドを押して転がせないかと試してみたが、自分一人の力ではびくともしなかった。ポッドのスラスターを点火すればポッドは回転するだろうが、はっきり言って加減が分からないし、妙なエネルギーを放出してしまうと敵の監視網に捕捉される恐れもあるので、スラスターは使用できない。


 そうなると、転がす方向に砂を掘り下げて、反対側から梃子てこを利用して転がすしかなさそうだ。





 こちらは、訓練教官室。今回の訓練シミュレーションは訓練生一律で主観時間を100倍加速状態で行っている。


 訓練が始まって、訓練生たちの主観時間は6時間ほど経過しているが、教官室内では3分半しか経っていない。


 主任教官の目の前のモニタースクリーンには訓練状況の集計が表示されている。


「今回の訓練参加訓練生1000名中、艦から脱出成功したものが300名弱、脱出後敵艦に破壊されたもの270名。惑星にたどり着いたもの28名、うち惑星上の敵基地に撃ち落とされたもの25名、2名が突入降下に失敗、降下に成功したもの1名」


「私の記憶ではこのシミュレーションで降下に成功したものはいなかったが、今年は優秀者がいたわけだ。ところで、この訓練で最後まで生き残って状況終了となるのは、訓練生の主観時間でどの程度だったかな?」


「一応ここの時間で3時間。訓練生の主観時間では12日半になります。ただ今回の訓練では、全ての訓練生は降下に成功することなく死亡により状況終了することになっています」


「それじゃあ、降下に成功した後はどうなるんだ?」


「確認してみます。……。

 現在降下場所周辺の世界の細部が構築されつつあります。この後はシミュレーター内の仮想現実でのサバイバルが始まるのかもしれません」


「なんと。陸戦隊の訓練が始まってしまうのか?」


「それでは、強制終了しましょうか?」


「いや、せっかく生き残ったんだ、成り行きを見よう。それで、生き残っている訓練生は誰なんだ?」


 助手が端末を操作して、


「生き残っているのはあの・・アスカ・ヤマダです」


「うーん、艦長から特別待遇的なことはするなと指示が出ていたが、本人の実力だから止むをえまい」


「それではどうします? あと主観時間で10日以上サバイバルを続けさせますか? それとも何か試練的なものでも与えますか?」


「そうだな。それもいいかもしれんな。ただ、これまでのことを考えると切り抜けてしまいそうではあるな」


「一応は試してみましょう」





 

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