第3話 探検


 訓練シミュレーションそのものが実時間で12時間を超えることは通常あり得ないが、この手のシミュレーターを使った訓練は時間加速されている。残念ながら、今回の訓練での時間加速が何倍なのかは教官からは知らされていない。


 一般バイオノイドの場合だと最大設定値は200倍まであり得るが、私は地球人にほんじんとバイオノイドの混血のため時間加速の最大設定値は100倍が限度だと言われている。それでも12時間の100倍だと主観的時間は50日に及ぶ。因みに航宙軍の攻撃機パイロットと陸戦隊員は300倍。陸戦隊員のうち特殊作戦仕様として作成されたバイオノイドだと400倍の設定が可能だそうだ。


 シミュレーターの最大時間加速設定値について私は同期のバイオノイドたちに大きく後れを取っているが、幸い身体能力自体は一般バイオノイド並みにある。結果として、リアルでは他のバイオノイドに対してハンディキャップは一切ない。母に言わせると、私にはハンディキャップどころか特殊な才能が有るらしいが、その内容については教えてもらっていない。自分で実感できないような才能はあってもなくてもあまり意味はないので、母が私を励ますために言った言葉と今では理解している。



 それはともかく、シミュレーションに集中しよう。


 訓練シミュレーション上とは言え、主観的には現実なので、渇きもすれば空腹も感じる。従って水分も食料も摂取する必要がある。


 バックパックに入れた携帯食料は1週間分。脱出ポッドにはまだ4か月分近く携帯食料があることになっている・・・・・が、この訓練がいつまで続くか分からない以上まともな・・・・食料を用意するに越したことはない。


 実際のところ、水と二酸化炭素と窒素があれば、無味無臭ではあるがカロリー源としてのレーションの作成は化学合成器を使えば可能だし、その他のミネラル補給用の薬剤なども脱出ポッドに十分備えられているのでそこまで切羽詰まっているわけではない。


 余談にはなるが、私の父が地球にほんからアギラカナにやってくるまでのバイオノイドの食事は先ほどのレーションにミネラルを加えた物だけだったそうだ。それを考えると、バイオノイドの食生活は豊かになったと考えていいのだろう。かく言う私も母親の手料理で育っているため、正直ベースではあのレーションを口にしたいとは思えない。


 そういう訳で、バックパックを背負い小型小銃を肩にかけて砂地の上に降り立った私は、まずは周辺の調査をしながら食料を調達することにした。



 まずは目の前のジャングルに入って、可食植物でも探してみよう。


 スキャナーで周囲を確認したところ、熱源はないようだ。


 ベルトに取り付けたホルダーからナイフを取り出し、砂地から草木の生い茂るジャングルに一歩を踏み出す。若干草木の葉の上に砂が乗っかっているようだが、おそらく火山灰かなにかだろう。大量ではないし、足元の表土も火山灰のようには見えないので火山活動はそこまで活発ではないのかもしれない。いや、少なくとも今までは活発ではなかったと言えるが、火山について研究などしたことはないので、目の前の火山が将来的にどうなるのかは不明だ。



 私の手にしたナイフは陸戦隊員が敵艦への切り込み時に振るうパイレーションソードとは違い何物でも切り裂くことができるとは言えないが、植物などは抵抗を感じることもなく簡単に切断できる。そういった意味で私の着ている戦闘服も簡単に切断できるので扱いには細心の注意が必要だ。シミュレーションとはいえ、指が無くなればそれ相応に痛みを感じるし、処置を誤れば、状況終了となる可能性もある。



 右手に持ったナイフの刃先を注意しつつ周囲の草木を薙ぎ払って進んでいく。


 そんな感じで10メートルほどジャングルの中を進んでいったところ、緑の肉厚の葉を放射状に伸ばした腰丈くらいの草が生えていた。その草の先端に丸くて赤い実がなっている。実の大きさは30センチくらいあるので結構の大きさだ。


 さっそく円筒形をした携帯アナライザーをバックパックから取り出し簡易分析を行う。


 すぐに結果がアナライザーの側面のディスプレーに表示された。


 食べても大丈夫なようだ。しかもかなり糖度が高いようだ。クエン酸やアスコルビン酸もそれなりに含まれているようなので地球にほんで言うところの果物と言っていいのだろう。


 これも余談だが、アギラカナでは地球にほんから各種の種苗を輸入しており、地球にほん源産の果物も栽培され豊富に出回っている。


 詳しいことは知らないが、そういった諸々は私の父のおかげだと教官たちが言っていた。子どものころは、父のことを、何か書き物をするか母と一緒に出歩いているだけの人と思っていたのだが、実はアギラカナの艦長だったということを知った時には心底驚いた。そして、よくうちに遊びに来ていたおばさんたちも実はアギラカナの各部門の司令官だったことにも驚いた。


 それはさておき、さっそく目の前の赤い実を茎からナイフで取り外し、バックパックの中に入れた。持った感じはそれなりに硬かったので、バックパックの中で少々固いものに触れても傷むことはなさそうだ。しかし、この大きさの食べ物を一人で食べるとなると二、三日かかるもしれない。果物は刃物を入れるとたいてい傷みが早くなるのでそこは心配だ。


 さらに道を切り開きながらジャングルの奥に進んでいくと、さっきの植物と同じものが何本も生えていた。実が小さくて緑のものから、大きくなってはいるが、まだ熟してなさそうなものまでいろいろだ。この赤い実だけを食べていればいずれ飽きてくるのだろうが、それでもレーションよりはマシだろう。





[あとがき]

土日更新全8話のつもりでしたが、最終第8話まででき上ったので、本日より最終話まで毎日投稿します。

現在投稿中

『キーン・アービス -帝国の藩屏-』https://kakuyomu.jp/works/1177354055157990850 よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る